イクラとシャリとノリ

@shisosoda

イクラとシャリとノリ


 抱き締めたままで、終わってしまいたいと。


 望んだことは幾度もある。そう、彼女と出逢ってからずっとだ。あのまっしろな柔肌を離したくない。紅色に染まる頬を、永遠に眺めていたい。彼女が零れてしまわないよう閉じ込めているのは、ぼくの方だ。だけどぼくの心をとらえて離さないのは彼女だ。


 ぼくは病気なのだろう。これは彼女という熱にうかされて狂った愛なのだろう。ぼくに愛された彼女は、きっと不幸なのだろう。みんなまっすぐだというのに、ぼくだけは彼女に貼り付いて曲がっている。黒く日に焼けた肌も、その下はすっかりグズグズの脂肪になってしまった。――それでも、彼女が許してくれるのなら、ぼくは。


 そうして、舞台に上がった。幸せな時間だった。このまま流れていけたらどんなにいいだろうと思った。だけどぼくは知っていた。彼女には行きたい場所があったのだ。暗く熱い地獄のような場所を彼女は望んでいた。


 ぼくは、彼女をそこに行かせたくなかった。止めようと思った。「やめようよ」と言おうとして、病気の僕に寄り添ってくれていた彼女のことが脳裏をよぎった。だから、精一杯の笑顔を作って「ついて行くよ」と言った。「だって、ぼくはきみが好きだもの」と。彼女は頬を紅色にして、ほんとうにうれしそうに笑った。ぼくの一番好きな表情が、それだった。


 回り、廻り、彼女は乾いていった。ぼくが触れているところだけは美しいままを保っていた。多分、ぼくは彼女が心配で、すごく情けない顔をしていたんだと思う。彼女は「大丈夫よ」と笑った。だからぼくも、乾いていく痛みに耐えられた。


 そうして、終わりがやって来た。ぼくらは大いなる流れから外れ、舞台ごと根こそぎ引っこ抜かれた。彼女の手は震えていた。ぼくはそれをぎゅうと握った。彼女は笑った。


 地獄の窯が開く。臭気と熱と溶解液に満ちた赤い沼。ぼくらはそこへ突き落された。


 ぼくは白い岩に磨り潰され、取り残され、――ああ、彼女は。

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