第5話 少女の横顔

少女は昔の夢を見ていた。


慣れ親しんだ屋敷に、見知らぬ男たちが入って行く。家財道具を次々に運ぶその光景は、幼いアリシアにとって恐怖だった。


「本日をもって、フォントレット家は解散する」


アリシアには、その言葉の意味が解らなかった。


「すまない、アリシア。強く生きてくれ」


両親はそう言い残し、アリシアと老婆を置いて去っていく。


――お父様!お母さま!どこにいくの!?


声が出ない。


――待って!置いていかないで!私、「調教士」テイマーになったの!


どんどん遠ざかる両親。


――今なら私もお金を稼げるから!だから、待って!お願い!一人にしないで!


 老婆の手を振りほどこうとするが、突然その手が黒くたくましく変化する。

驚いて、思わず老婆の顔を見る。しかしそこには……顔半分ほどもある口を歪ませ、片目をつぶってウインクする魔人がいた。


「俺がついてるよっ!」




「ぎゃああああああああああ!!」




気が付くと、目の前には赤い夕空が広がっていた。


「びっくりしたー」


呑気な声がする。首を傾けると、真横に黒い魔人がいた。獣車の中で窮屈そうに体を屈めている。


「ひいいいいいいいいいいい!!」


アリシアが体を目いっぱい離したが、狭い車内でほとんど意味を成さなかった。


「おっ?気が付いたのかい?」


聞き覚えのある声が聞こえた。遺跡に来るときに獣車に乗せてもらった男性だ。


「ウ、ウィリアムさん……?」


「アリシア、元気だね。良かった」


ウィリアムはパウントに跨っていた。


「あれ……?遺跡……にいたはず」


アリシアは現状が解っていない。


「一時はどうなる事かと思ったよ。ヴェノンさんがアリシアを抱えて遺跡から出てきてね。最初は魔物かと思ったんだけど……」




『すみません。代えのパンツとか持ってません?』




「そんな事言う魔物なんていないもんねえ」

「いやあお恥ずかしい。初対面の人に言う事じゃなかったですね」


小太り中年とムキムキの化け物が和気あいあいとしていた。そこでアリシアはようやく魔人?と契約した事を思い出してきた。どんどん記憶が蘇り、魔人?が目の前のオークを一瞬にして殲滅させた事と、あまりのショックに粗相をした事を鮮烈に思い出した。


そーっと自分の下着を確認する。濡れて……ない。


「あ、水洗いして乾かしてまた履かせたから大丈夫」


 しれっと言い放った。蓮には年の離れた妹がいたので、よく面倒を見ていた。

おしめを代えた事やミルクを作ったこともあり、その感覚でアリシアの世話をした。

言葉を失くすアリシア。そして烈火のごとく顔を紅潮させていく。


「ちなみにやましい気持ちはないよ?こういうのは順番が必要だし、なによりムードがね。いくら俺でも人工呼吸とキスの問題と同じで、そういう気持ちには……」


 狭い獣車の中、本日二度目のトーキックが蓮の金的に入った。コンテニュー?から復活したものの、今度はアリシアが塞ぎこんだ。


「ヴェノンさんは亜人なのかい?」


「いやー。違うと思うんですけどね」


自然と男二人の会話になる。


「亜人じゃない?ふうむ。だったら、ははは。アレかな。魔人!」


「どうなんですかねえ」


アリシアの心境は複雑極まっていた。


「獣人が消えたと思ったら魔人が出てきたか。」


「消えた?」


「ああ、そうか。ヴェノンさんは魔人だから知らないのかもしれないけど、

4年位前に魔王が討伐されたんだよ」


「魔王?」


さすがにウィリアムが首を傾げる。


「よほど世間と接してないようだね。ヴェノンさんは異世界にいたのかな」


「あー多分そうです。異世界かここ」


「ははは。魔王は世界に混沌をもたらす者だよ」


そう言い蓮をちらりと見た。口には干し肉がはみ出ている。


「その魔王を討伐したのが、勇者……じゃなくて、「調教士」テイマーだってとこが、いかにも現実的と言うか、夢がないというか」


「勇者?」


「ふふ、勇者は魔王と対を成す戦力の持ち主さ。彼に会ったことはないけど、噂話だけでいい人だって解るね。だから、魔王に殺されたって聞いた時は正直ショックだったなぁ」


大きなため息をついてウィリアムは肩を落とした。


「でもその後に魔王が倒されたから、その従属たる獣人、魔物が消えたんだ。世界は平和になったけど、「調教士」テイマーが魔王と契約して倒したもんだから、英雄扱いされて世界的に大ブームになっちゃってね」


ぶつぶつと一人喋りが加速していく。


「今じゃ、王国主催の「調教士」テイマー大会なんてのもあるくらいさ。優勝者には天地がひっくり返るほどの賞金が――」


その言葉にアリシアは反応し、顔をウィリアムに向ける。


「賞金、1億「E」エル


「そうそう。1億だよ。1億。そんなに貰って、何に使うんだか……」


「……」


それ以降、アリシアは黙ってしまった。しかし、その顔は先ほどまでの少女のそれではなく。覚悟を決めた者の顔を思わせた。


「漏らしたとは思えない……」


「何か言いました?」


「イヤなんにも」



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魔人は喜んで調教された @satonosuke

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