S.F.(SUSHI Fiction)

SUSHI Fiction

 散歩の道すがら、罠にかかった寿司を助けてやった。ネタはマグロだ。

 私は過激な寿司愛護主義者ではないが、時にはこうした気まぐれも起こす。


 前世紀の大量絶滅で生物多様性は大きく損なわれ、気候変動と新種の病原体が家畜家禽を蝕み、地球上にはごく限られた種類の動植物だけが残った。そして、当時の人類にはそこが、自らの爪痕が残る滅びの荒野ではなく、ようやく旧い造物主が去った楽園エデンと映った。

 彼らは――巨視的に『我々は』というべきか――自然の回復ではなく改革によって生物多様性を確保した。かつて船乗りが山羊を離島に放牧したように、大地を人類に都合よく改良した生物で満たしたのだ。

 はじめは扱いやすい家畜や家禽を。やがて食味や加工性にこだわった改良が進み、その延長として加工済み食品に近い生物が生み出され、旧世紀に存在した食べられる動物エディブル・アニマルはすっかり生きた食品リヴィング・フードに置き換わった。人類の知恵という奴は、神が与えるのを渋っただけあって、加減を知らない。


 ウニの実る林を抜けて私は帰路につく。玉子寿司の群れがさえずる角を曲がり、飛び交う生姜ガリを横目に見ながら、居室であるワンルームの扉を開ける。

 台所のない居住空間は前世紀人には奇妙に見えるだろう。全ての生き物がそのまま食べられる現代に、調理という文化は失われている。一方で魚肉をスライスし、一方で茹でた米と酢を混ぜ合わせ、両者をいちいち一口分ずつに握っていく、という面倒な工程を食事の度に行うと知った時は大層驚いたものだ。

 虫籠からよく育った帆立の握りをつまんで頬張る。口に広がる旨味と甘味。帆立の飼育には自信がある。マグロを逃がして帆立を食べる矛盾もこの味の前には些細な事だ。

 二貫目を口に運んだちょうどその時、万能端末スマホが鳴る。危篤だった大叔母の訃報、それから彼女のについての報せ。人類の知恵という奴は加減を知らない。口の中には、シャリと共にうっかり齧った自分の指の旨味が広がっている。

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S.F.(SUSHI Fiction) @yakiniku_tabetai

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