寿司について、あるいは真の言葉の効用について
大澤めぐみ
僕は君のためなら毎日でも寿司を食うよ、と少年は言った
少女が少年に質問をする。「ねえ、わたしのことが好き?」
少年は即座に、迷いなく答える。「好き」
少女は続けて質問をする。「どれくらいわたしのことが好き?」
また少年は即座に、迷いなく答える。「とても好き。大好き」
「食べ物で喩えるとどれくらい好き?」
少女にそう問われて、はじめて少年はすこし考えるそぶりを見せ、答える。
「寿司ぐらい好き」
僕は聞き耳をたてながら感心している。寿司ぐらい好きと言われて、悪い気がする女の子などいないだろう。寿司はとてもおいしいからだ。
「お寿司はとてもおいしいものね」
僕が予測したとおり、少女は満足そうな笑顔を見せた。僕には彼女が十全に満足しているように見えた。しかし、少年は少女の笑顔の陰にわずかに潜む哀しみの色を見落とさなかった。
「どうしたの? なんだか、哀しそうだ」
少年がそう問うと、彼女はまるで堤防が決壊するみたいに眉尻を下げた。
「だって、お寿司はとてもおいしいけれど、毎日は食べないわ」
たしかにそうだった。お寿司はとてもおいしいけれど、毎日は食べない。そんなことをしたら、ほどなく痛風になってしまうだろう。痛風は怖い。それは風が吹くだけでも、とても痛むのだ。
哀しそうに首を横に振る少女の肩に、少年の手が添えられる。
「僕は君のためなら毎日でも寿司を食うよ」と、少年は言った。
できるわけがない、と僕は思っている。少年の、少年であるが故の向こう見ずな言葉を、青臭い妄言だと鼻で笑って済ませてしまおうとしている。
「ありがとう」
少女は肩に当てられた少年の手に掌を重ね、そっと頬を寄せた。少年の言葉は、その実現可能性や言明的真誤とは無関係に、ただ少女の哀しみを癒した。
それこそが言葉の効用なのだと、ふと僕は気が付いていた。
兎渡幾海は寿司職人である。彼は毎日、寿司を握る。
もちろん毎日、寿司を食べる。得体の知れないものを客に出すわけにはいかないからだ。
彼は今日も寿司を食べる。毎日、毎日。
寿司について、あるいは真の言葉の効用について 大澤めぐみ @kinky12x08
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