夫婦湯呑と寿司のネタ

λμ

夫婦湯呑と寿司の思い出。

「なんか面白そうなのやってる。寿司小説だって」

「はぁ?」

 裕香の楽しげな声に、思わず間の抜けた声を返した。

 しかし彼女は気にもせず、

「いやほら、これ。面白そうだよ。書いてみれば?」

 と、言った。

 裕香の指し示すノートパソコンの画面には、

『スシがスキ! キング・オブ・寿司小説 決定戦』

 と、800字内の小説が募集されていた。

「書かない?」

「……どうかね。ネタがないから」

「寿司だけに?」

「……ちょっと、茶ぁ入れてくるわ」

「もうアガリ?」

 楽しげに連打される寿司ネタ――具材という意味でなく――は、すこぶるウザい。いい返しが思いつかないところが特に。

 寿司ねぇ……ってなに考えてんだ。

 急須と湯呑をもって居間に戻ると、裕香が、ぽちぽち、キーボードを叩いてた。

「なに? 書いてるわけ?」

「うん。ちょっとね」

「どんな話よ?」

「ひ・み・つ」

「あっそ」

 俺は炬燵の上に夫婦湯呑を並べて急須を揺すり、茶をいだ。

「いれたよ」

「ありがと」

「で、どんな話を書いてるわけ?」

「ひみつって言ったじゃん」

 裕香は頬を膨らせ、そう言った。だが、目が笑っている。

「どうしたら教えてくれる?」

「どうしよっかなー」

「書いたら、以外でお願いするわ」

 たちまち裕香の眉間に皺が寄る。

「なにそれ。書けばいいのに」

「だからネタが――」

 あ。

「一個あった」

「ほほう? どんなお話?」

 俺は茶碗を手に取り、一口すすった。

 寿司にまつわる話なら、あの日をおいてほかにはない。

「ほら、お前まで泣いちゃってさ」

「――いやいや」

「カッコよかったよなぁ、お義父さん。『よろしくお願いします』ってさぁ」

「いやいやいや、ないって。それはないって」

「よし。書くわ。ちっと貸してみ」

「いやないって! それはないって!」

「いやほら、優秀作には寿司券だろ?」

「そうだけど」

「またお義父さん誘って、寿司食いに行こうぜ?」

「無理! てかまず見るな!」

 まさか二人そろって、同じ寿司ネタを選んでいたとは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夫婦湯呑と寿司のネタ λμ @ramdomyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ