回るッ! マッチョ寿司!!

おおさわ

『新規オープン記念! 握り放題4000円ボッキリ!』

「いいぃっらぁっしゃいまっせえええええええええええええええぇーっ!」


 お、おおぅ、随分と威勢の良い……そして、体格の良い大将だな。俺は軽く会釈をし、店内を見回るのもそこそこにカウンター席に座る。

 まだ飯時には早い。他に誰も客はいないようだ。


 『やま』のような大男、この大将、いーい笑顔だぁー。スキンヘッドに青筋立てて、日焼けした肌に白い歯を見せて満面の笑み。

 ん?

 黒いタンクトップから伸びる腕は、接客業の基本姿勢とする左手を右手で……んん?


 後で知ったが、『モストマスキュラー』という姿勢だそうだ。


「さ、何に致しやしょうっ!?」

「あ、あぁ……取り敢えず、『ぎょく』ね」

「ぎょく、と言いますとっ?」

「はぁ? いや、寿司屋で『玉』っつったら……」


 大将は笑顔のまま眉根を寄せて、僧帽筋を盛り上がらせて肩を竦める。


「お客さぁーん、ウチは寿司屋じゃねえんでさあっ!」

「えぇっ!? だって、看板に……『すし』って……?」

「あれは、寿司――ことぶき つかさ――って読むんでさあ!」

「ややこしいわっ!」

「あっしの名前なんですけどねぃっ?」

「どうでもいいよっ!」


 俺は、申し訳無いほどに唾を飛ばしてツッコミを入れた後、肘をカウンターについて頭を抱えた。なんてこった、寿司の気分だったのに……道理で『あがり』も出てこなけりゃ、『がり』もない。

 店を変えるか? しかし、もうただでさえがりがりな身体の俺の腹と背はくっつきそうだ。とにかく腹が減っているんだ。飯屋には違いないんだ、妥協しても良い。何かそれっぽいものとかあれば……


「ぎょく、ってのはさあ、玉子焼の……」

「あぁ~! 玉と書いて玉子焼の!」

「そうそう!」

「玉玉の!」

「そう……そう?」

「タマタマ!」


 んんん~?


 大将。いや寿司屋ではないのなら、その呼称はおかしいか? まあいい、もうそう呼んでしまったんだ。大将が調理に入る間、俺は改めて小綺麗な店内に視線を『ちらし』ながら見渡す。

 壁にはメニュー表があり、見慣れない料理の名前が並んでいた。


(リラックス、ダブルバイセプス、ラットスプレッド、サイドチェスト、サイドトライセプス、モストマスキュラー……何だ? まったく分からんぞ?)


 カウンター席には、さながら回転寿司屋よろしく回転レーンがあり、それに載って料理の皿が運ばれてくる仕組みらしい。見れば見るほど回転寿司の様相を呈してくるのだが、寿司屋ではないと言う。


「へいっ! どうぞ!」


 筋骨隆々の腕が、カウンター越しに小皿に載った見目麗しい黄金色の玉……金の玉子焼きを渡してくる。

 ほぉ……腕は悪くなさそうだ。

 その見事な輝きに、思わず受け取った俺だが。


「いや! 回さないのかようっ!?」


 俺の叫びに、皿の上の金玉子焼きがブラブラ揺れる。

 何の為の回転レーンなんだ、これは!?


「お? お目が高い! 回りやすか?」


 大将が、ニッと白い歯を見せて微笑み、サムズアップよろしくメニューを親指で指し示す。


「え、回る、回り? いや、えーと、じゃ、じゃあ?……り、リラック……」

「ぃい喜んでえぇーっ!」


 こちらの注文に被せ気味に応答した大将は、仁王立ちのまま全身に力を入れる。おそらく全然リラックスしてはいないだろう。


「ハッ!」


 裂帛の気合を店内に響き渡らせ、大将は足下のターンテーブルが回転するまま、ポージングを続けてフロントからサイド、全身の筋肉を見せつけてくる。


「……」

「ハァッ!」

「お前がっ! 回る!! のかよぅっ!!!」

「はっ?」


 どういう趣旨の店なんだ、ここは! とにかく寿司だよ、俺は寿司みたいなものが食いたいんだよ! 両目を閉じて天井を仰ぐ。脳味噌が『とろ』っと溶けそうな疲労感だ。あぁ、そうだ、魚だ、魚なら何でもいい!


「マグロの『づけ』とか、アナゴの『つめ』とかさあ! こう、照り照りしてさ!」

「照り、テカり? 光る……!」

「そう! それ! 『光りもの』なんかいいねっ!」

「ご期待下さいッ!」


 大将は、手にしたプラボトルのキャップを外し投げ捨て、片手で頭上に持ち上げると、全身に浴びせる。


「えっ!? サラダオイル!?!?」

「創業以来、作り足してきたローションでさあ!」

「はあぁっ!?」


 テカテカと光る筋肉の盛り上がりと熱い血管の流れを確かめるように手の平でねっとりと撫でながら、何故か視線だけはこっちに向けつつ不敵な笑みを寄越す。


(お前がッ! 光るのかよおおおおおおおおおおおおおおおおおぉーっ!)


 金色の玉子焼きを頬張る俺の様子を、ぬめっと光る笑顔がじっと見つめてくる。


 気が散る。やめろ!

 てか、いつの間にタンクトップ脱いだ!!

 創業ッ!? 新規オープンだるぉおおっ!!!


 オイリーな裸身は、店内の照明を受けて映える陰影をくっきりと主張してくる。視線以上にそそり立つ乳首ビンビンで自己主張してくる。


「さあ! お次のメニューはっ?」


 サイドチェストかな? おい何考えてるんだー、流されるなー、落ち着けー、腹だ、腹が減ってるから、冷静さを欠いてるんだ、毒されるなー。


「……刺身みたいなのは、あるの?」

「勿論でさあ!」


 大将は、上半身にグッと力を込めて包丁を握ると、僧帽筋から三角筋、上腕の二頭筋から三頭筋にかけて浮き上がった血管を浮き上がらせ、マグロの赤身に刃を入れるのだが……ふっと悲しげに顔を上げて見つめてくる。


「お客さぁん、困りまさあ」

「え?」

「掛け声、くれないとー」

「は? 掛け声? 刺身で?」

「これ、キレてますよね?」

「うん、赤身が切れてるね」

「う! うぅん! キレてますよねっ!」

「え!? あ、うん? 切れてるね!」

「キレてるー!」

「切れて、る!?」

「キレてる、キレてるうーっ!」

「切れてる! 切れてるっ!」


 ……そんな、意味不明な応酬を繰り返して、いつの間にか刺身の小皿が出来上がっているのを確認する。何か、『なみだ』が流れそう。とても、疲れて、そして、ふと、疑問を投げかける。


「あのさあ……レーンで回さないの?」

「おっとぉ、ぉっほっほぉ。こいつを、お望みで?」

「えぁ? まぁ……せっかく? 回転レーンが? あるわけ? だしぃ?」

「ぉーっぅしっ! きた! ぉし! ぅぉし!! おぉーっし!!!」


 そ、その気合は何だ……!?


 大将は、レーンの一番遠い場所に刺身の載った小皿を置くと、軽くストレッチをしながら、各部筋肉の状態を確かめるように両手でさすり、揉みほぐし、首を回しながらその場でリズムを取るように跳ね上がる。


「シー、スゥー、シー、スウゥー……」


 『げた』を脱ぎ捨て、鼻で大きく吸い込み、頬を膨らませすぼめた唇から息を吐く。やがて……


「ふっ! ん!! ぬうぅっ!!!」


 大将は、レーンの傍らに設置されたハンドルらしきものを両手で掴むと、全身の力を込めて回し出す。


「あっ! あおっ! うぇおあぁーっ!」


 顔色なんか、火にくべられた鉄、そう『鉄火』のように真っ赤で、すぐに『むらさき』になるほどの力の込めようで。どれほど重く、固く、力を加えなければならないのかを物語る。


「んんんぬぬぬぬんがっ! ああああああああああああああああぁーっ!!」


 それはもう『てんち』を貫くほどの雄叫びだった。


 ハンドルに連動してレーンも回り始め、刺身の盛り合わせ皿が俺の元に辿り着くまでの間、大将は奇声を発し、上半身をパンプアップさせながら、ぎりぎりとハンドルを回し続けた。


「ハァ! お待たゼェ! シー、スゥー、シーやしたハァ!」


 何かを成し遂げたかのような清々しい笑顔とは裏腹に荒い息。


「アッ、ハイ」


 あれ? 何だろう、お刺身って、ここまでしなきゃ食べられないものだったっけ?

 俺は、鮮度の良い赤身の一切れを舌に乗せ、ねっとりと絡みつく感触に、怖気を覚える。


 不味い。いや、品物は美味い。

 だが、この店は、何か、不味い……!

 もう『おあいそ』だ。次だ! 次で最後だ。これ以上、付き合っていられるか!


「『鉄砲』……」

「海外のコンテストのついでに撃たせてもらったことはありやすね!」

「『軍艦』とか……」

「在日米軍や海上自衛隊にゃ、生憎知り合いはいないんでさあ!」

「『五目』は……」

「五目並べなんて、ガキの時分に遊んだっきりですねぃ!」

「『かっぱ』くらいなら……」

「お客さぁん、馬鹿言っちゃいけませんや、ありゃあ、妖怪ですぜ!」


 心底心配そうにこちらを見つめながら、大きく反り返り、太く、いぼいぼしたきゅうりをこちらに向けてくる。


 やめて? ね、本当!? やめて!?!?


「『いなり』……」

「えっ?」

「いなりはっ!」

「い、いやぁ……」

「あるんだろっ!?」

「は、はぁ、あるって言やあ、あるんですが。お客さんにだって……」

「……握って」

「へ、へえぇ!?」

「いなりを握ってくれよっ!」

「い、いなりを、ですかいっ!?」

「そうだよ!」

「や、しかし……」

「何だよ! あるんだろ? さっさとさあ! ほら? 握れよ!」


 目を閉じた大将は、全身の筋肉を弛緩させ、鼻から大きく息を吐き出し、小さく何度も頷いた。


「分かりやした、あっしもいなりを持つ男。そして、1人の商売人でもある」

「うん」

「お客さんのご注文とあっちゃあ、お断りも出来ねえ」

「うんうん」

「幸い、この業界、そっちの方々もいないわけじゃあねえ」

「うん……ん?」


 大将は、カウンター席から出て、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。


「道理で、お客さん、最初に『玉』をご注文なさるはずだあ」

「え?」

「え?」


 何をやっているんだ? 俺は、ただ、いなり寿司を注文しただけだぞ?


「とにかく、いなり、握りやすよ? いいんですね?」

「あ、あぁ……いいけど……?」


 そうさ、あの、じゅわっとジューシーで甘すぎず、しょっぱすぎず、酢飯を包み込む、しわしわの油揚げで……


「知り合いにもね、『あにき』って呼ばれる方がおりやしてね……」


 兄弟弟子だろうか?


「本当に、握って……いいんですかい?」


 え? 何で、にじり寄ってくるの?? いや、近い!? 近い近い近い!?!?


お食事処 寿司――新規オープン記念! 握り放題4000円ボッキリ!――


 にぎ。


「あっ///」


 大変、お粗末様でございました。

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