体内を駆け巡るSUSHI
三栖泉
欲求・構造・海
「すしが食べたい」
悲しいかな、僕はこの欲求に気づいた瞬間から敗北を喫し、空を見上げて諦めを悟る。もう逃れられない。新橋で丁度いい寿司屋を探しに行く以外の思考は閉ざされてしまった。
「すしなんて魚と酢飯を組み合わせただけの単純な構造物じゃありませんか。どうして旦那がこれほどまでにすしを求めるんですかい?」
と脳内のオッチャンが尋ねる。仕方ないんだおじさん仕方ないんだと、はにかみながらいただきますの挨拶を済ませ、割り箸を横一文字に割る。そっとすしのやわらかなからだを箸で挟み、オイルマッサージのごとく醤油を塗って、口に運ぶ。
「人間め、だまされやがって。」
口に運んだ瞬間から、それまで箸の中で従順なフリをしていたすしが唐突に主張し始める。マグロは突如血液中をぐんぐんと泳ぎだし、サケは大動脈を遡ろうと飛び跳ねる。イカは爛々と輝く光を求めてゆらゆら彷徨い、エビはぷりぷりと泳ぎ、海を蹴る。
そうか、広い海原を悠々と泳いでいた魚たちは、太平洋に飽きたりて人間の体内を廻ることにしたに違いない。一度海を奪われた魚たちは人間の体液に海を見出し、再び海を支配しにやってきたのだ。
おっと。気づけば米が胃袋にしっかりと植え付けられ、大地にその穂を垂らすべく、水を引けと命令する。そうそう熱い茶が来なくては話にならんよ。海藻が入った味噌汁も必要だ。あれは魚を岸に打ち上げる潮だ。
人間が大方海になってしまったところで、やっと山の恵みたるワサビが人間の目を覚まさせ、ガリは浦島太郎の夢物語を諌める。
まあ大方どっこいよっこらせと考えてみれば、人間がすしを求めているのではなく、すしを構成する魚や飯が人間の海を大地を渇望してやってきているということさ。
まったく大海をグイグイ泳いだ魚どもが、今度は人間の血液を海と為すべく襲いかかるというのに、スメシに包まれたそのシュールな姿に惹かれている人間様は呑気なものです。
ご馳走様でした。
体内を駆け巡るSUSHI 三栖泉 @missizumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます