第4話 白地図をてに

僕の目の前には教授の大きな背中が見える。

大人一人が中腰になってやっと通れるほど狭い通路。

僕と教授は携帯用の懐中電灯の小さな明りを頼りに前に進む。

二人の息づかいだけが、石でできた通路に小さく反響している。

「待て、行き止まりだ」

教授が立ち止まった。

「崩れてるんですか?」

「いや、石の扉のようだ。しかし、これを俺一人で持ち上げることは出来ないぞ。ジャッキはあるか?」

「いえ、他のスタッフが持って帰った荷物の中です」

「くそっ」

当然ながら携帯電話は圏外だ。

明日で発掘許可の期限は切れる。半ば無理やりに納得させた発掘許可だ。発掘調査の不発に肩を落としながら帰路につく僕らが、休憩中に偶然見つけた遺跡の入り口。しかし引き返してこの遺跡の存在を話しても恐らく、延長は認められないだろう。有無を言わさずに延長を認めさせるだけの物的証拠がなければ、僕らの発掘調査は徒労に終わり、そして、教授の夢はまた遠のく。

「くそっ、ここまで来て。……いや、待てよ、このくぼみの横に何か書いてある。えーっと、王に恭順を示すもの……」

教授がふと黙った。

「教授?」

「おい、お前確か、最後に泊まった村ののみ市で変なお守り買ってたよな」

「ええ、金運のお守りだって。村に伝わる由緒ある形の彫刻で、全て一ミリの狂いなく同じ形に仕上げるそうです」

「いま、持ってるか?」

「はい」

 僕はそのお守りを教授の手に渡す。

 背中越しに見ると、教授は、そのお守りを通路をふさぐ壁に開いた小さな穴に差し込んだ。

「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」

 その時、石と石がこすれるような鈍い音が細い通路全体を震わせた。

その音と共に目の前の石の壁が少しずつ、上に持ち上がっていく。

音が鳴りやんだとき、壁は完全に通路の天井に呑み込まれていた。

通路の先にはどうやら広い空間が広がっているようだ。

「おい吉田、ランタンをつけろ!」

僕はリュックから小型のランタンを取り出す。小さい割に明るい代物だが、細い通路の中を照らすには適さないのでリュックにしまっていた代物だ。

ランタンに照らされて現れたのは、黄金の輝きを放つ、像や調度品の数々だ。

「間違いない、ここが、この場所こそが、失われたファラオの墓だ!」

教授が喜びの声を上げる。

「では、あの中心にあるのが……」

僕の声に反応し、教授はゆっくりと、僕の指さした方を見た。精密な細工を施された石棺には、何者かがこじ開けた形跡は一切ない。

教授が石棺に近づき、そこに刻まれた文字を読む。

「『王への恭順と感謝の意をもって、王の第二の生の安泰を願う。たとえその名が歴史から消え、人々の記憶から失われても、ここに記す王の数々の偉業とその偉大さは永遠である』」

 僕は黙って、教授を見ていた。

 広い石室の中には教授の読み上げる、歴史からその名を奪われた王の生涯が、数千年ぶりにこだましていた。時折漏れる、その王の存在を信じ続け、愛し続けた男の嗚咽とともに。

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『ソフィーのアトリエ』サウンドトラック 赤子捻捻 @akagohinehine

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