第3話 いい感じの店員さん


 午後6時。最後のお客さまを見送り、店の扉の鍵を閉め、店内に戻ると、コックのレイさんがネル店長と休憩室から出てきたところだった。レイさんはもう後片づけも終えたらしく、私服に着替えている。普段、凛々しい白のコック姿しか見ていないので、赤いチェック柄のスカートから伸びる、黒タイツに包まれた形の良い脚にドキリとする。

「ルーくんお疲れ。早く着替えておいで」

 そう言って笑う店長は、今年65才の紳士だ。今日の服も私服なのだろうが、このままかなり格式高いレストランに言っても大丈夫なくらいキマっている。

「ありがとうございます。でも、いいんですか店長。クリスマスイブにこんな早く店閉めちゃって。かき入れ時じゃないんですか?」

 レストラン「ドムス・アウレア」は、イタリアンを中心とした小さいながらも雰囲気のいい店だ。普段から良くカップルの来客はあるし、さっき見送ってお客さまもそうだった。

「この年でガツガツ仕事しても仕方ないしね。君たちの給料払えるくらいには繁盛してるし、若い人のせっかくのクリスマスイブをバイトでつぶしちゃうのは悪いし。それに……」

 そう言って店長は、一枚の封筒を取り出した。

「これが手に入っちゃったもんだから」

 封筒から出てきたのは店長の好きな劇団の公演チケット。なるほど。

「最高のクリスマスだよぉ」

 幸せな老人である。

「ねえルーくんはこの後どうするの?やっぱりデート?」

 レイさん興味深げな目で僕に尋ねた。

「まさかあ」

 僕はおどけながら、本当のことを答えた。

「レイさんは何か予定あるんですか?」

「私はデート」

 なんてこった。最悪だ。


 3人で店を出るともう空は暗くなっていた。しかし、町の活気はむしろ増したように感じる。道行く人たちがそれぞれ、心のどこかでいつもと違う何かを期待していて、それが町全体の空気を浮き足立たせている。僕の気分は最悪だが。

「では、二人とも、よいクリスマスを」

 店長はそう言って、そそくさと人の流れの中に消えていった。

 さて。このあとどうしようか。

 すると僕のそでが誰かに引っ張られた。というか、この状況下で引っ張る人はレイさんしかいない。

「デート、行かなくていいんですか」

「うん。今から行くけどさ。その前にルー君にちょっと聞きたいことがあってね」

「はあ」

「参考までに聞かせてほしいの。クリスマスイブに飲むお酒って、やっぱりワインとか、シャンパンがいいのかなぁ?」

「と、いうと?」

「日本酒とかは、アウトだろうか」

 デートで飲むお酒の相談か。レイさん。なかなか、無自覚に僕の心をえぐってくる。答えたくねえ。相手の男に利する回答をしたくねえ。

「相手に、よるんじゃないでしょうか。僕は気にしませんが、人によってはムードを壊された、と感じるかも」

 ふーむなるほど……、と考え込むレイさん。僕はというと、早くこの場を去りたい気持ちになっていた。家に帰ってテレビでも見てさっさと寝よう。寝て今日のことは忘れよう。そうしよう。

「よし」

 そう言ってレイさんは僕の腕をつかんだ。

「行くよ。ルー君」

「へ?」

「日本酒のそろってる、良い店があるんだ」

「へ?だって、デートは」

「だから今から行くよ。君と」

「へ?」

「この後、暇なんでしょ」

 そう言って、レイさんは僕の腕を引っ張ってぐいぐい歩き始めた。一体、何がどうなっているのか分からない。でも、一つだけ確かなのは……

「最高のクリスマスだよぉ」

 僕はそう言って、レイさんと一緒に、クリスマスイブの人の流れの中に身を投じた。

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