ミノタウロス転生に"愛"足りてますか?

三國氏

ミノル転生

「おりゃああああ!」


 鉄製のフルプレートの鎧を着た男が自身の半分以上はある大剣を振り下ろす。

 その剣先は今まさにミノタウロスの胴に深々とした傷跡を残そうとしていた。

 初めて向けられる殺意に体は硬直し、命乞いするために言葉を発することすらできず、それでもミノタウロスは動かない足を必死に後ろへと動かそうとした。


(動け動け動け動け動け動け動け動け)


 ミノタウロスは何度も何度も頭の中でそう念じたが、それでも足は動かない。しかし上半身だけは何とか後ろに逸せたおかげで致命傷だけは免れることに成功する。


 ドシャン!


 胴体に薄く切り傷を負ったミノタウロスは体のバランスを崩し、湿った土の上に派手な音を立て尻餅をつく。

 それを見たフルプレートの鎧の男を始めに、後ろに控える4人の男たちがドッと笑い始めた。


「だっはっははは。おいっ、今の見たかよ!ドスンだってよ。なんだこのミノタウロス、ガタガタ震えてるぞ」

「ミノタウロスは強いっていうからレベル上げてきたってのに拍子抜けだな。これならこの辺もすぐ抜かれそうだぜ」

「ほらダット、さっさとトドメさそうぜ。どれくらい経験値貰えるんだろうな」

「はははっ、そうだなサクッと殺しちまうか」


(怖い怖い怖い怖い怖い怖い────逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ)


 切られた胴体の痛みのおかげで少しだけ体の自由を取り戻したミノタウロスは、上手く動かせないながら必死に両手と両膝を使い逃走を試みる。

 ミノタウロスの巨体は赤ん坊がハイハイするかのように進んでいく。しかしその姿からは赤ん坊のような可愛さなど感じられず、ただただ哀れで滑稽だった。


「こんな惨めなモンスター見たことねぇー!どうする?もうちょい見るかこのミノタウロス」

「それアリ!もう少しいたぶってやろうぜ、モウモウ泣いて逃げ回るに違いねぇ」


 男たちは顔を醜く歪め、モンスターをいたぶることに愉悦を感じ始めた。


 ──────しかし


「だ、だずげでぇ、じにだくない。いだいよぉごわいよぉ」


 惨めに逃走を続けるミノタウロスが突然命乞いの言葉を絞り出す。

 しかしそんなことはありえない。モンスターの知能は低く、言葉を発することなどありえないからだ。

 男たちは驚愕のあまり硬直し、攻撃を一時中断する。


「……気の所為だよな?今、一瞬───」

「馬鹿言ってんじゃねえよ!ありえねぇから、マジでありえねぇから!」

「落ち着け阿呆、聞き間違いに決まってる。モンスターは喋らない。ほら逃げちまう、やるぞ」


「たじげでぇ、ごろざないでぇ、ゆるじでゆるじで」


「ほらっ、やっぱり喋ってるじゃねぇか!」

「気味が悪りぃ、なんだよこいつ。早く殺っちまおうぜ」


 先程ミノタウロスに傷を負わせたフルプレートの鎧を着た男が剣を頭上に振り上げる。

 その男の表情からはあるものが消えている。それは恐れ。

 どんな状況であろうともモンスターと戦う際には恐れというものが存在する。相手の命を奪うという行為に対して必ずついて回るのがそれだ。

 命を奪うということは、逆に命を奪われる可能性があるという恐れ。或いは命を奪うという行為そのものに対する恐れ。それは命をやり取りする上で必ず存在するものと言ってもいいだろう。

 しかし男にはその恐れは一切存在しない。あるのは絶対有利に立ち、一方的に相手の生殺与奪を握っているという傲りや慢心。

 ただしそれもこの時まで──────



 ドチャドチャドチャドチャドチャドチャ


「ぐごおおおおぉあああああぁ」


 激しい地鳴りのような雄叫びが男たちの後方から響く、それも一つではない。十数もの雄叫びが重なり合い大気を震わせたのだ。

 腹の奥底を震わせんばかりの雄叫びに、男達は恐れを呼び起こす。


「群だ!ミノタウロスの群が来た!」

「このミノタウロスとは様子が違うぞ、ヤバい陣形を作りなおせ」

「7、8、9、10……もっといるぞ」


 男達は戦意を失ったミノタウロスに完全に背を向け、迫り来るミノタウロスの群れに向き合う。

 先程までの絶対勝利者として傲りに満ちていた表情からは一切の余裕が消えている。


 湿地に慣れているミノタウロスは足場に気を取られることもなく、一歩一歩物凄いスピードで迫り来る。

 ミノタウロスの背丈は2メートルをゆうに超え、先頭に立つミノタウロスに至っては3メートルに届かんばかりだ。それ故に必然的に一歩の歩幅が非常に大きい。


 筋骨隆々な体に牛の頭のミノタウロスは手に巨大で太い棍棒を握りしめ振り上げた。

 フルプレートの鎧の男は膝を落とし、足に根が生えたように力強く踏ん張り、そして体の半分を覆えるほどの巨大な盾を必死に構え防御の態勢を整える。


「マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー」


 魔法職の男は少しでもミノタウロスの勢いを緩めようと、何度もミノタウロスに向けて魔法で作り出した弓を飛ばす。

 しかしミノタウロスはそれを避けようとも防ごうともせずに突進を続ける。


「ぐごおおおおぉあああああぁ」


 先頭を走る一際大きなミノタウロスは両手で振りかぶった棍棒を、鎧の男が構えている盾目掛けて力任せに繰り出す。


 バゴォォン!!


 棍棒と盾が衝突したその瞬間、鎧の男はありえないような速度で吹き飛ばされる。


「どうなってんだよっ!ミノタウロス強す───」


 グチャン!


「マ、マジックアぁぁぁ───」


 グチャン!


「は、話せばわかるよな。俺だけでも見逃───」


 グチャン!


「う、うわあぁぁぁあ───」


 グチャン!


 ほんの一瞬の出来事だった。盾を持った男が吹き飛ばされ、残りの4人も抵抗する間も無く頭を棍棒で打ち砕かれた。

 頭を砕かれた4人は即死し、盾を構えていた男は盾と鎧越しの強烈な衝撃により、身動ぎ一つ出来ず地面で悶えている。

 そこに先程先頭を走り盾の男を吹き飛ばしたミノタウロスが大股で近づいていく。


「うごぉぉおぉぉ」


 ミノタウロスの一撃により鉄製のヘルムは容易くひしゃげ、中にある頭部は熟れ切った果実のごとく押し潰される。

 確認するまでもなく男は即死、断末魔の声すらあげることなく男は一撃の元に死亡した。




(牛?でも体は人間?なん、なんなんだよこの化け物!ミノタウロスって奴なのか……いや、現実世界にミノタウロスなんているはず……あー、どうなってるんだ)


『おい貴様!』


 鎧の男を始末したミノタウロスは地面に這いつくばっているミノタウロスへと話しかけた。


「ひっ!」


 一難去ってまた一難。剣を持った冒険者の次は、ミノタウロスの群れに囲まれてしまった。

 しかし今度は逃げようとはしなかった。勿論勇気とかそういうことではない。先程の殺戮を見た後では逃げようとする気力すら湧かなかったからだ。


『見ない顔だな、貴様はどこの群れだ?」


「群れ?い、いや僕は別に群れとかじゃ」


『なんだはっきり喋れ。貴様はどこの群れのミノタウロスかと聞いているんだ』


「ミノ……タウロス……?一体何を言って───」


 そこで地面に転がっている刀が反射し映し出している自分の姿を薄っすらと視認する。


「ありえない……ありえない……あり……」


 慌てて地面に転がる剣の元まで近づきそれを拾い上げ、その刀身に自分の姿を写す。

 ───見間違いなどではなかった。

 その刀身が写していたのは紛うことなきミノタウロスの姿そのものだった。


「う、うわあぁぁぁあああ」


 ぷつん


 命を奪われることの緊張感やその他諸々の緊張の糸が一気に切れた。自分の姿がミノタウロスになるという理解不能な出来事にパニックを起こし、そして遂に脳がショートした。


 手に持っていた剣がするりと手からこぼれ落ち、ミノタウロスは力なく顔面から地面へと倒れ込んだ。


『どこぞの牛の骨ともわからんが軽い傷を負っている。一先ず連れ帰って手当してやんぞ』


 薄れゆく意識の中でミノタウロスのリーダー格らしき男のそんな言葉が聞こえた。

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