第2話 雨とエリーゼ

「雨だ」

「雨だねぇ〜」

「雨かー」

生憎の雨に景子ちゃんも依子ちゃんも不満そうに窓の外を見つめる。「冬の雨は冷たいから嫌だよねぇ〜さらに寒くなるしぃ」依子ちゃんは濡れてびちょびちょになったピンク色のマフラーを憎々しげに見つめた。「干しといたら?」「あっ景子ちゃんあったまいい‼︎」無造作に机に置かれていたマフラーをつまんだものの

「つめたっ」と手放し床に落としてしまった。

「大丈夫⁇」とマフラーを拾い渡したが濡れているゆえに床の汚れが付いてしまっていた。

「ばっかだねー」馬鹿という言葉に依子ちゃんは一瞬眉をぴくっとさせたものの「うわーんどうしよぉー」泣きそうな顔でゴミを払い始めた。

良かった…なんとか堪えたみたいだ。依子ちゃんが景子ちゃんの言動に対する不満を直接言うようになってしまったら、依子ちゃんとの秘密の時間がなくなってしまう。景子ちゃんの完璧ゆえの他人からの反感は私を満たす。 女王様も腹の中では平民によく思われてないのだ。


女王様の取り仕切る朝の会がはじまる。

連絡事項のひとつひとつをよく通る声で読み上げていく景子ちゃん。その顔は喜びと自信とそれから少しの驕りに満ちている。

同じように前を向く依子ちゃんと目が合った、意味ありげに微笑む。わたしもちょっと笑って人差し指を口に当てる 〝秘密のジェスチャー〟

私たちは私たちの心を満たすためにとっても正直だ。

「咲子ちゃん2時間目ってなんだっけぇ⁇」

「うーん音楽だよね景子ちゃん?」「そうだよもしかしてリコーダー忘れたとか?」「そこまで馬鹿じゃないから!ひどい」景子ちゃんを軽く睨むまね「ごめんごめんじゃあ行こっか」「「うん」」教室移動はいつも三人で並んで行く。たわいの無い話、きっと明日には忘れて同じ話をしているかもしれない中身の無い会話。

私たちは音楽室に一番に着く。そこで余った時間に景子ちゃんがピアノを弾く「エリーゼのために」いつか景子ちゃんが教えてくれた。


その時は景子ちゃんの家の白色のピアノを弾いていた。景子ちゃんの家はとにかく白くて大きくて絵本に出てくるお城だとなんども羨ましがった。

そのころふわふわしたワンピースを着ることが多かった景子ちゃんはお姫様そのものだった。

太陽の光がやわらく当たる景子ちゃんの部屋に響く「エリーゼのために」ピアノの隣の椅子はわたしの特等席……何もしなくても満たされたあのころ…………


お互い随分変わったね。一見あのころから変わっていないようにさえ見えるピアノを弾く景子ちゃんの横姿を見つめながら咲子は苦々しげに笑った。

気づけばクラス全員がピアノを囲い、景子ちゃんのピアノに聞き惚れていた。先生までもうっとりとしていて、弾き終えたころにはコンサートのような拍手に溢れた。

夢のような演奏会は終わり授業が始まった。

「きりーつ」「れーい‼︎」「ちゃくせき」

景子ちゃんのはきはきした号令が終わるや否や先生は焦ったように今日がリコーダーのテストであること、出席番号順にテストを受けること、を説明した。演奏会に聞き惚れてしまっていたから仕方ない、あの様子じゃ七、八分ロスしたんじゃ無いだろうか、

「ない‼︎‼︎‼︎」

突然悲鳴のような声が響いた。隣を見ると景子ちゃんが涙目になって机の中をまさぐっていた。「どうしたの⁇」「リコーダーが…私のリコーダーがないの‼︎」「うそぉ…移動してる時はあったよねぇ⁇」依子ちゃんは振り返って心配そうに言った。「誰⁈私のリコーダーをとったの‼︎誰⁈」怒ってるはずなのに景子ちゃんは泣きそうだった。

…景子ちゃんのリコーダーを隠した⁇景子ちゃんを嫌ってる誰かが?クラスメイトが?あの演奏を聴きながら⁇

朝の会を取り仕切る景子ちゃんの嬉々とした表情を思い出した。きっと今私はあの時と同じ表情をしている。

雨は朝より強くなっている。

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典型女子 やんぬるかな @asaritabetai

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