2016年11月 センスオブワンダーズ
「三月まで……延長ですか?」
「だね。乙和見さんが交渉して、最終的にそうなったみたい」
十一月に入ると同時に、ついこないだまで半袖でも大丈夫なくらいだった夏の残り火もすっかり消え、まるで別の土地に来てしまったかのような冬の乾いた寒さを感じるようになっていた。ただ、目の前の追本さんは、季節が変わっても別段格好も食べるものも変わり映えがない。この人、本当に季節行事とかと無縁なので、こっちまで自分が何月にいるのかわからなくなってしまう。なのでいつの間にか、気温とビーバーハウスの売場の変化を見ることが、季節が変わったことの指標とするようになっていた。
「なんか、微妙な延長ですね」
「やっぱりケイロくんもそう思う?」
「はい。自分の中ではすっかり一月いっぱいで終わる気持ちだったんで」
「だよねぇ……」
そう、あたしの中では一月は試験やら何やらで忙しくなることは目に見えていたので今年いっぱいで辞めようと考えていた。なのに、三月……今年度いっぱいになるとわかると、少しだけ気持ちが揺らいでいた。
「何を考えての延長かわかんないけど……。まぁとにかく、全体Sランクのチャンスが少し増えたってことで」
追本さんはそう言うと、A4用紙をひらひらとさせた。
「新しい接客向上対策、引き続きやっていくよ!」
「先月はなんとかまたAランクに返り咲きましたもんね」
「そう! チャンスはまだある! 最後まで諦めないよー」
そう言ってにたにたする追本さん。ここにきてまだ新しいチャレンジをするところは彼らしいというか、なんというか……。他のリーダー達はかなりモチベーション下がってるみたいだったけど、何をやってくれるのやら。
「それはそうとさ、ケイロくん」
「はい?」
「来週あたり、ご飯でも行かない?
「? 良いですけど……」
なんだろう、突然。追本さんがご飯に誘ってくる時はだいたい何かあった時。タマちゃんも誘ってるってことは、あたしのこととか、自分の恋愛相談ではなさそうだし。ま、たぶん今後のこととかって感じかな?
* * * * *
「えー、本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」
「あ、はい。どーも?」
なに? 追本さん、いきなり硬い挨拶始めちゃって……。タマちゃんも困惑してるよ?
「とりあえず、ご飯頼もっか」
「そ、そうですね……。えっと……」
がっしりとしたメニュー表をめくりながら眺める。今いるお店、普段あたし達が絶対来ないような、恐らくシニア層をターゲットにした落ち着いた個室のある和食料理屋なんだけど。タマちゃんと追本さんは以前ここで高校生会をやったらしくて、勝手知ったるなんとやら。サクサクと注文を決めていく。全然決まらないあたしは、とりあえずみんなが頼んでいたうどんの付いた定食に落ち着いた。
「来た来た。まぁ、食べよっか」
「あ、はい。いただきます」
三人の食事が揃ったところで、みんな黙々と食べ始める。
「それで……、今日は何の集まりなんですか?」
「ん? あぁ。なんかね、珠奈が進路のことで悩んでるみたいだったから、話を聞いてみようかなと。おっさんの話だけじゃアレだし、同年代のケイロくんのことも聞かせてもらいながら、ね」
そう言って追本さんがヘタクソなウィンクを飛ばしてくる。
「なるほど」
「それで珠奈くん、進路は決まったかね?」
「まだですよー。行きたいところはあるんですけど、都内だし、一人暮らしはできないんですよね」
ご飯を食べる手を止めて、タマちゃんが興奮気味に言う。
「なんで一人暮らしできないの?」
「お母さんが……許してくれなくて」
「あれ? 珠奈のお母さんって、そんな厳しい人だったっけ?」
追本さんが不思議そうにそう言う。あたしもそれは同感だった。何回かバイト中に買い物に来てるタマちゃんのお母さんを見たことあるけど、すっごい優しそうで気さくな人だった。タマちゃんは一人娘でもないし、反対とかしなさそうな印象だったけど……。
「お母さん、すごい心配性で。お姉ちゃんの時も大変だったんですよね」
「そうだったんか。これは僕じゃ参考にならんから、出雲家の場合を聞かせてもらおうかな」
そう言ってあたしにふってくる追本さん。
「う、うちですか? うーん」
「こっちに出てくる時、何にも言われなかった? ほら、出雲ちゃん一人娘の上に県外だし」
タマちゃんも興味あり気に、身を乗り出さんばかりに聞いてくる。今までは自分の家族のこと、あんまり他人に話したくなかった。でも、真剣に悩んでるタマちゃんを見て、少しでも参考になるなら――と。
「あたしは反対とかはなかった……かな。まぁ、親の本心はわからないけど」
「と、言いますと?」
「小さい頃は結構いろんな習い事させられてたんです。ピアノ、書道、水泳、演劇もそう。高校時代ずっとやってたソフトボールも、元はと言えば親のすすめだったし」
「そんなにやってたんだ。遊ぶ暇ないじゃん」
タマちゃんに話してるのに追本さんが食いついてくる。そっか。追本さんにも話したことなかったんだっけ。
「ですね。まぁ、今にして思えばいろいろチャレンジさせてくれた親に感謝してますけど……。当時はとにかく嫌でしたね」
「いろいろやらされて遊べなかったから?」
「それもありますけど……。なんていうか、親とはいえ、他人が決めたレールの上を歩いてる感じがすごく嫌だったんです」
そこまで言ったあたしは箸を置いて、タマちゃんの方を向いた。
「だからね、タマちゃん。自分のやりたいことがあるんなら、それをはっきり伝えた方が良いよ! あたしもそうやって本音を親に言ったら、ちゃんとわかってくれたもん」
「なるほど……。それで、一人娘が県外で一人暮らしする許可を得たわけか」
テーブル越しで聞いていた追本さんはすでに食べ終わっていて、腕を組みながらうんうんとうなった。
「そっか……。ただね……」
タマちゃんは少し暗い表情を見せながら続けて言った。
「私は出雲ちゃんや追本さんと違って、やりたいことがないっていうか……」
「でも行きたいとこはあるんだよね? そこが都内で、反対されてるんでしょ?」
追本さんは腕組みをしたまま、タマちゃんに問い詰めるように聞いた。
「そうなんです。パティシエもいいなーって思って、それがたまたま都内だっただけで……。ただ、お母さんと対立してまでどうしてもっていうわけではないんですよね。そうなると、他にやりたいこともなくてどうしよっかな……っていうのが悩みといえば悩みになっちゃってますね」
タマちゃんは箸を置いて、無理に笑おうとした。いつの間にかあたしは、追本さんと同じように腕組みをしてしまっていた。正直、なんて言ってあげたら良いのかわからなかった。やりたいことはあっても、お母さんともめたくないからやりたいことがないっていうことにしている……。あたしにはそういう風に聞こえた。親の反対を押し切ってでもやるべき、あたしはそう言いたかったが、タマちゃんのお母さんのことを思うと、単純にそういうわけにもいかないのだ――
「それはさ、親の反対を押し切ってもやるべきっしょ?!」
ドヤ顔でそう言い放ったのはやっぱり追本さんだった。話聞いてたのかな、この人……。あたしとは状況が違う。親の反対があったからタマちゃんは悩んでるっていうのに。そう返されたばっかじゃん。ほら、タマちゃんも唖然としちゃって――
「やっぱりそうですかねぇ」
「そうでしょ」
「……もう少し、お母さんと話をしてみようと思います」
「うんうん、それが良いよ」
あれ……、あれぇーー? なんかタマちゃん唖然としてたと思いきや、前向きに返事してるし……。そんな、追本さんに気を遣うことことなんてないのに!
* * * * *
「追本さん、よくあの場面で親の反対押し切って……って言えましたね」
「ん?」
店を出たあと、何かを決めたかのようにさっと自転車で走っていくタマちゃんの後ろ姿を見送りながら、あたしは追本さんに言った。
「そりゃ、おっさんがあそこでそう言うのは普通でしょ?」
「それはそうかもしれませんが、タマちゃんだっていろいろ考えて言い出せずにいたんじゃないですか」
「おっさんっていうところは否定してくれないんだね……」
そう言って追本さんは、ハァっと大きく溜息をついた。自分で言ってへこむなら言わなきゃいいのに……。
「自分でわかっていても、誰かに背中を押してもらいたいときってのはあるもんさ。もちろん、僕の言葉だけじゃない。ケイロくんの体験談も彼女に響いたからこそだと思うよ。だから、二人合わせてワンダーズさ」
「そういうもんですか……。ワンダーズの意味がちょっとよくわからないですけど」
「ま、何かに影響を受けるって、決して一つじゃないってことね」
そう言って、また一人で納得している様子の追本さんを見て少しあたしはイラっとした。でも、追本さんの言う通り、あたしの体験談が少しでも役に立ったなら、それはそれで良しとしようかな。
「さ、明日からもまた頑張るぞ!」
陽気に帰っていく追本さんの後ろ姿を見ながら、あたし自身もこの先のことを少し考えた。誰かに意見を聞きたかったり、誰かに反対されたり。それでも最後に決めるのは自分自身。そう、最後に決めるのは……。
【2016年11月接客ランキング結果】
79.19/Aランク
67位/215位(全社)
【結果考察】
あれ! 過去最高得点! 夢の80点まで、あと少しじゃん!! ここにきて、追本さんの新しい取り組みが成果を出してる? それはわからないけど、チャンスはあと四回! できれば85点以上のSランク! せめて80点は越えたい! あたしも、最後の最後まで気を抜かないように頑張らなきゃ!
世界を変えるっ、アルバイト!? 堀内とミオ! @Tommy_Meguluwa
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