2016年10月 終わりの始まり
「おはようございます」
「おう! おはよう、ケイロくん」
十月に入っての出勤。いつも通り、タイムレコーダーの前に貼ってあるローテーション表を腕組みをしながら見ている追本さんに挨拶する。
「おはようございます、草野さん」
「出雲さん、おはよう」
うん。リーダーの草野さんもいつものように書類をあちこちに広げながら、何かをやっている(いまだに何をやっているのかわからないけど……)。売場に出るといつも通り、サブリーダーのシーさんがよくわからないギャグを引っかけてくるし、モモさんも淡々と
自分が学生でいられるのは今年度いっぱい。進路についてはギリギリまで悩んだけど、先月やっと結論を出した。学年の中でも一番遅かった方じゃないかな? あたしがここを辞めても、いつも通りのこの風景は続いていくんだろうな……。そう考えると、ちょっぴり寂しい気もする。そんなことを想いながらレジ接客をやっていると、なんだかこのいつも通り過ぎる感じに違和感さえ覚えるようになった。なんだろう、この違和感。なんだかみんな、無理していつもと変わらぬ動きを演じているような……。一歩引いて見てるから、そんな風に見えるんだろうか。客観的に見たら、こんなもんなんだろうか。
* * *
もう言うまでもなく、いつも通り追本さんと休憩がかぶる。追本さんもずっとこの現場に残るのかな。きっといつまで経っても、いろいろアイデア出しておもしろい(と自分では思ってる)ことやっていくんだろうな。
「どうしたの、ケイロくん? なんかボーっとしちゃって」
「あ、いや。あたしもう少しで卒業じゃないですか? あたしがいなくなっても、相変わらず追本さんはここで続けていくんだろうなーって、今日ずっと考えてたんですよ」
あたしがそう言うと、追本さんのおにぎりを食べる手が止まった。
「いずれ……わかることだから、ケイロくんには教えとくよ」
「な、なんですか? 急に」
そう言っていつになく真面目な表情を見せてくる追本さん。
「実はね、ついに来るべき時が来てしまった」
来るべき時……。いつもと違う追本さんの雰囲気。あたしは、この時点でわかってしまった。
常にそう言われながらも、結局何事もなかったかのように過ぎ去っていく話題。それはいつしか、天気の話題とそんなに変わらない、日常会話の一つになっていたと言ってもいいくらい。だから、いつまでも訪れることがないだろうという安心感がどこかあった。そう、永遠にこの場所は変わらないんだっていう、錯覚に陥っていたんだと思う。
「年明け一月いっぱいで、この現場、終わりになることが決定した」
――心の準備はできていたはずなのに。
追本さんの言葉が稲妻のようにあたしの頭と心を通過していった。急に周りの風景がいつもと違って見えた。いつも通りの休憩室。いつも通りにそこらへんで休憩しながら雑談をしているクライアントのスタッフさん達。そんないつも見るふわふわした夢が突如として覚まされた感覚。
こういうと冷たいやつみたいだけど、正直三月までで辞めようと思っていたあたしには関係のない話。少しだけ、早まっただけ。なのになんだろう。この落ち着かない感じは。
「青天の霹靂ってやつだよね。まぁ、雲行きは怪しかったわけだから、ちょっと違うけど……。もう
「そんな強硬策って、あるんですか……」
「僕も会社のやり方とかはよくわかんないけど、そこまでするってよっぽどだと思うなー。切羽詰まり過ぎだよね」
そう言ってカラカラと笑う追本さん。その笑いは、なんだか本当に乾いていた。
「ともかく、残り四ヶ月ないくらいか。雇われの僕らができることは、今まで通り、今まで以上に頑張るだけさ」
「そう……ですね」
良い区切りなのかもしれない。終わりが決まったんだ。あたしも、学生でいられるのとバイトをやっていくのとが同じ時期で終わるのは、良かったのかもしれない。物事にはいつか終わりが来る。それはゆっくりと向かってきてるようで、いつの間にか目の前にある。そのことを、身をもって理解した気がする。ただ、いつ終わるのかわかっているだけでも、幸せなのかも。そこに向けて、ラストスパートをかけることができるんだから。
【2016年10月接客ランキング結果】
75.00/Aランク
90位/210位(全社)
【結果考察】
やったね! Aランクに返り咲き! 18人中10人がSとAランク取得者。半分以上がAランク以上って、理想的な形になってきたと思う。終わりも決まったことだし、どうにか全体Sランク達成したいよね。それが無理だとしても、80点を越えたい! それも、夢物語なわけじゃない。ここまできたら、できない方がおかしいって思えちゃう。有終の美を飾るためにも、あたしも頑張らなくっちゃね!
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