2017 ある冬の日

スティーブンジャック

2017 ある冬の日

 2017年、今日も寝不足で眠たい目をこすりながら布団から出る。三十分で準備を済ませ学校へ向かう。警備員を除き誰も来ていない学校、僕は自転車置き場に自転車を停め、一人、校庭で朝練を始める。いつからだろう、誰も僕についてこなくなったのは...僕が通う松登美高校は昔から公立校の中では陸上の強豪校として有名だった。中学で男子200メートルにおいて県5位だった僕は松登美高校へ進学を決めた。もちろん松登美高校陸上部には僕より速い人達がたくさん入部してくると思っていた。しかし、いざ入部してみると、先輩方は三人インターハイ出場を果たしてはいたが、一年生で一番速い選手は僕だった。顧問の高橋先生も一年生には聞こえないように先輩に「今年は不作だ。」と言っていたらしい。先輩方が引退し、時が経ち、僕は部長になった。口下手な僕は、行動でみんなを引っ張れるような部長になることを志した。部長になってすぐの時期にミサンガを渡した。少しでも団結してくれればいいと思ったからだ。あれから四か月が経とうとしている。あのミサンガを巻いている部員は一人も見当たらなくなった。話を聞くとミサンガを巻いてたら生活指導の上町先生に怒られた、とのことだった。でも実際は違う。団結しようなんて気はさらさら無かったのだ。さらに部員は厳しい冬の練習に耐えかねてさぼりが目立つようになってきた。僕がどれだけ早くから練習を始めて、どれだけタイヤ引きの本数を増やそうと、「瞬のやつがんばってるなあ。」「なんでそんながんばれるんだよ。」などと言って自分たちはすぐに手を抜き始める。女子の部員も「がんばってるね。」などと笑顔を浮かべながら語りかけてくる。問題もしょっちゅう起こす。部内での人間関係は最悪だ。そんな練習もまともにできないようなやつは大した結果も残せずに散っていくし、それは自業自得で好きにさせておけばいい。そう思ってはいたものの、実際に本気で練習してる人を見たらまじめに練習し始めるだろうと思っていた。しかし、現実はほど遠いものだった。僕もみんなと同じように練習は手を抜いて部活後にカラオケだって行きたかった。高校生らしく、誰が嫌い、誰とは仲良くしたい、そんな話で盛り上がりたかった。でも僕がそれをしてしまったら今まで松登美高校陸上部を築き上げてきた人に申し訳ないと思った。だから僕だけは頑張り続けようと思った。そして、いつかみんなが気付いてくれればいいと思っていた。

 帰りのホームルームが終わり今日も校庭へ向かった。すると顧問の高橋先生が早くも校庭に出てきていた。いつもはウォーミングアップが終わったころに出てくるのになぜだろう、と思いながら、様子をうかがっていると、「瞬、お前に話がある。」明らかに何か問題があった様子だ。「聞いたぞ、部内でいじめが起きているらしいな、お前何か知らないのか?」いじめが起きてる?そんなこと聞いたこともないし誰かがいじめられているところも見たことがなかった。「確かにみんな仲がいいわけではないし雰囲気は最近良くないですけど、いじめは見たことも聞いたこともありません。」そう言うと「そうか...実は今日の朝いじめを目撃したという部員から相談されてな...昼にいじめられている本人に話を聞こうとしたんだが、いじめられてませんの一点張りで。」と言った。「そのいじめられているという人は誰だったんです?」高橋先生は深く息を吸うと怒りの形相で「誰がいじめられてるかなんて今は関係ない!問題なのはいじめが起きるような環境が陸上部にあったってことだ!お前部長だろ?なんで気付かないんだよ!誰かが自殺なんてしたらこの部は終わりなんだぞ!ちゃんとしろよ!」と爆竹のような勢いで怒鳴ってきた。一番練習した、一番早く来た、いろんな誘惑を振り払いがんばってきた...何より一番ちゃんとしてた。それだけは自信がある。それに加えて部の雰囲気にまで気が行くほど出来だ人間じゃない。「自殺したいのはこっちだよ。」聞こえるか聞こえないかの声で一言残して高橋先生のもとから去り、いつものように誰よりも早く部活の準備を始めた。みんなが集まった後、ミーティングがあったが内容は二週間後の大会の申込に関するもので、いじめの話には触れなかった。今日の練習は100メートルの折り返し走5本2セットだった。1セット目の三本目あたりからいつものように周りの部員たちが手を抜き始めた。顧問はそれを見ても何も言わない。そして1セット目が終わり五分のインターバルの入った。その時だった。「瞬、お前インターハイ行けんじゃね?がんばれよ!応援してるからな!」一番さぼり癖のある木崎が言った。もう限界だった。「人に押し付けんじゃねえ。」気付くと木崎の胸ぐらをつかんでいた。「どいつもこいつもがんばれがんばれってうるせーんだよ!がんばったこともないお前らに言われてもむかつくだけなんだよ!」高橋先生が止めに入ってきた「やめろ!」「先生もだよ!なんでみんなには何も言わないんだよ!さぼってるやついっぱいいるだろ!なんで俺の頑張りはみとめてくれないんだよ!」何かが崩れた。その場から逃げるように走り去った。五分後、僕は学校の屋上にいた。死んでしまおうと思った。早く死んでお母さんに会いたい。頑張ることの意味が分からない。そう思った。

 一年前、お母さんが死んだ。乳がんだった。死の間際一言「瞬、頑張り続けなさい。きっと報われる。」そう残して。お母さんが言ってたことを信じて今日まで頑張っていたけどもうダメだ。早くお母さんに会いたい。早くいかなきゃ。そう思い屋上の淵に足を乗せた時のことだった。「待って!」振り向くとそこにはマネージャーの晴香がいた。「お前、何してるんだよ。」そう言うと「瞬君、もう頑張らなくていいよ。」息を切らしながら言った。「私、木崎君たちにいじめられてたの。瞬君が頑張ってるのにさぼってるから、ちゃんと練習しなよって言ったら次の日から酷いことされるようになっちゃって。」晴香は続けた「すごい辛くて、大げさかもしれないけど死のうとも思った。でも瞬君が周りに流されず一人、頑張り続けてる姿を見て、私も負けてられないなって思えた。瞬君の背中に何度も助けられてたの。瞬君だってきっとすごい辛かったと思う。それでもここまで頑張ってくれて本当にありがとう。その思いは言葉で伝えなくてもきっといつかみんなに伝わると思う。だから大丈夫、今は辛いって言っていいんだよ。」涙が止まらなかった。お母さんが死んだときに泣いて以来、もう泣かないと心に決めていた。でも自分の頑張りが誰かを励ますことに繋がっていたこと、何より今まで頑張ってきたことが初めて認めてもらえたような気がして涙が溢れだした。「辛い。」その言葉を口にしたのはいつぶりだろう。きっとこれからも頑張っていかなきゃならないし、その覚悟は出来ている。でも今は泣いていいし、好きなだけ弱音を吐いていい、そう思えた。涙でぼやけた視界の中で晴香を見ると、ジャージの袖をまくり上げていた晴香の左手首にあのミサンガが巻かれていたことに気がついた。

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