第17話 自己紹介

 昔から、私は心配性でした。

 それも、人の事ではなく全部自分に対してだけの事でしたが。


 それも悪いもので、一度解決した事を二度も三度も蒸し返してしまう事がよくあります。

 今だってそうで、あの子のことを、天海凪咲の事を認めた筈なのに、それでももしかしたら、彼女もいつか私を捨てると考えてしまいます。


 分かっています。あの子はきっと、そんな事はしないと。でも、幼い頃に養われてしまった思考回路は、そう易々と例外を作ってはくれないようでした。



 時は無情に過ぎ、待ち合わせの時間になりました。


 いつも通り小路さんの家の前で待ち合わせをし、彼女の兄の持つ車に乗りました。


 向かったのは広い丘。周りに建物が無く、明かりの無いそこでは夕日も一層鮮やかに見えました。


「はい、皆ここ座ってね」


 常葉さんが大きなレジャーシートを敷き、四人で座りました。


「星空早く見たいけど、夕焼けもいいですなぁ~」


「そうだね。私はこっちの方が好きかな。勿論、星空も好きだけど」


「ふふっ、冬は空気も澄んでいますし、その時にまた見に来ましょうね」


 横で三人が楽しそうに喋っているのを聞きながら、空を見上げました。

 茜色の夕日は少しずつ色を変え、夕日がしっかり地平線に消えると、茜色から群青色へと空の色を塗り替えます。


「·····さて、折角なので飲み物でも。弥生と行ってくるけど、皆は何か飲みたいものある?」


「あ、じゃあ炭酸がいいな!」


「オッケー。奏さんは?」


「·····何でも」


「うん、分かった。じゃあ直ぐ戻ってくるね」


 そう言って常葉さんと小路さんは立ち上がり、何処かへ行ってしまいました。



「·····」



 気まずい、そんな空気が辺りを包んでいます。

 あの別れ方をして、話す言葉が見つかりません。嫌いじゃないと、好きだと言えば、解決できる問題ではあったけれど、私にはそれを言える勇気がありませんでした。


 何か話題は無いか、それとも此処は何もせず静かにするべきか。

 なんて考えを他所に、天海さんはふと、座りながら私に寄ってきました。


「綺麗だね、奏ちゃん」


「·····うん」


 返事が聞こえたのか聞こえなかったのか、天海さんはそれ以降話を続けませんでした。

 辺りは少しずつ群青色を強くしていき、段々と薄暗くなっていきました。


 突然、天海さんが私の前に座ってきました。芝生の上に正座をして、私を見ないように頭を下げています。


「奏ちゃん·····、私ね、奏ちゃんの事、好き。大好き」


「·····」


 天海は顔をあげ、涙を含ませた目で私を見つめてきました。


「奏ちゃんはもしかしたら、私の事嫌いかもしれない。けどね、私は奏ちゃんと、初めてあった時から好きなの。だから·····」


 息を飲み、彼女は目をぎゅっと閉じて大きな声で叫びました。



「私と、お友達から始めてください!!」




 嫌な事を思い出しました。

 あれはいつだったか、私がまだ純粋だった頃です。


「もう一度、私と友達になってください」


 散々私をいじめてきた同級生に、私はこう言った事がありました。そして、それを鼻で笑われてしまった過去も·····。



「·····ねえ、天海さん」


「は、はいっ!」


 気が付いたら、私の口は一人でに動き、言葉を紡いでいました。

 それを自覚しましたが、私はそれを閉じず、深呼吸をして話を続けました。


「·····私、貴方の事、好きじゃない」


「えっ、う、うん。そだよね·····」


「嫌だって言っても付きまとって来るし、声は大きいし、何より私に好きだって言ってくる所が、私は好きじゃない」


「·····奏ちゃん」


「·····だから」


 きっとこの後を続けたら、私はきっと、また後悔する事になる。もう傷つきたくないと願ったのに、また同じ事を繰り返すのだろう。

 今も、もしもを考えてしまって怖い。けれど、もう一度、縋ってみるのもありなのかも知れない。


 私はきっと、頭が凄く悪いのだろう。なら、それでいいかもしれない。馬鹿は、馬鹿らしく、馬鹿正直に生きよう。これが、今日ここに来て夕日を見ながら考えた結果だった。


 私は·····


「――だから、貴方の事をもっと知って、好きになりたいなって·····」


「え、えと·····それってつまり·····」


 涙を拭いて、天海さんが見てきます。

 もう言い切るしかありません。所詮この世は、なるようにしかならないのだから。



「·····月乃奏、今日から貴方の友だちになりました。·····えっと、よろしく·····」


「っ·····」


 あぁ、友だちなんて久しぶりに口に出し、凄く気恥しいです。天海さんはずっと俯いてしまい、早くこの場から逃げ出したくなりました。


「奏、ちゃん!」


 不意に顔をあげた天海さんは、涙を浮かべていました。そして、私の胸元に顔を寄せ、それはもう子どものように泣きじゃくりました。


 怖かった、ずっと寂しかった、嫌だと言われるかと思った。

 立場は違えど、彼女も私と、同じ事を考えていたようでした。

 口に出すのが怖い、嫌われるのが怖い、彼女はずっと笑いながら耐え続け、今こうして、安心とともに崩れてしまいました。


 散々泣いた後、天海さんはゆっくりと顔を私から離しました。胸元は彼女の涙や鼻水で汚れてしまいましたが、今は気になりません。



「私は、天海凪咲。ずっと前から奏ちゃんの事が大好きでしたっ!これからよろしくねっ!」



 そう言って天海さんは、きっと今までで一番眩しい笑顔を見せてくれました。


「·····うん」


「·····えへへ」


 こうして、私たちの初めての自己紹介と一緒に、私に新しいお友達が出来ました。



「お、お待たせしましたー!」


「お待たせー!奏さんは凪咲と同じものをどうぞー」


「おかえりー、やよちゃん、来未ちゃん!えへへ」



 それから少しして、買い物に出かけた二人が帰ってきました。


「ふふ、私たちがいない間にいい事でもあった?」


「えへへぇ、うん、奏ちゃんとね、お友達になりました♪」


 常葉さんがにやついた表情で天海さんを見ています。今になって思えば、あの時間は常葉さんと小路さんの二人で作り出したものだったのかもしれません。


「そっか。それは嬉しかったね。おめでとう」


「はい、私達も嬉しいです。あっ·····」


 小路さんが言葉を詰まらせ、空を指さしました。皆でその先を見ると、既に星の瞬いていた空では、いくつもの流星群が流れていました。


「奏さん奏さん」


「·····?」


 突然常葉さんが、耳元で私に呼びかけました。そちらを見ると、彼女は笑顔でこう告げました。


「おめでとうございます、それと、ありがとうございます」


「·····何もしてないけど·····」


「いえ、これで私たちも、凪咲の友だちになる事が出来ますから♪」


「·····友達、じゃなかった、の?」


「はい。凪咲は『一番最初の友達は奏ちゃんがいい』と言っていたので、あの子の初めてのお友達は、貴方なんですよ」


 その言葉にハッとして天海さんに目を向けると、彼女は目を閉じて流星群に願い事をしていました。


「これから先、凪咲と仲良くして上げてくださいね。あ、出来たら私たちとも♪」


「·····うん」



 いくつもの流星群はまるで私たちを祝福するかのように、天高く降り注いでいました。

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