四つ目

 白い扉にノックをし、語り手は本を握る。手汗が妙に気になった。

 魔術師の返事と共に扉が開かれる。その隙間に風のように滑りこむと、フユトは腰の刀を思い切り振った。切れる感覚があるはずであった。


「ケケケケケ にい、さん…はじめま、して ケケケ」

 化け物は貼り付いた笑みを浮かべ、彼を壁に追い詰める。首筋に剣先を沿わせ、表情を変えた。悲しげに眉尻を下げる。

「よわ、い」

「そうか。お前はなぜ裏切った?」

「おど、りこが、そうい、ったから」

「そうか。死ね」

「ことわ、るっ」

 深々と剣が壁に突き刺さる。扉のところにいた語り手は、すでにどこかへ消えていた。

 安心したように刀を鞘に納め、そのまま化け物に振りかぶった。

「ケケケケケ」

 壁に刺さったものはそのまま。別の剣でそれを受け流す。

「裏切りに、死を…」

「ことわるっ」

 広く無機質な部屋では、障害物なんて存在しない。


 そのままの状態が、長い間続いていた。しかし。


「遅くなってるぞ」

 左胸を突かれ、化け物は倒れる。

「全く…少し寝てろ。帰るぞ」

「い、や、だ。いや、いやだ…いや、いやあああああ!!」

「黙れ」

 思い切り頭を叩く。意識を失ったらしく、そのまま動かなくなってしまった。

 ため息を吐き、化け物と呼ばれた彼を背負う。自分より一回り程小さい彼は、とても軽く感じた。温かい体温が伝わってくる。

「一応、愚弟か? いや、確か従兄弟だの再従兄弟だのレベルで離れてて……愚弟その五でいいか」

 足音なくその場を離れる。


 魔術師も語り手も。いつの間にかその建物から消えていた。

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駄作。あるいは当てれぬ未来予知 宇曽井 誠 @lielife

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