少年と夏の化粧台

品会 文緒

少年と夏の化粧台

序文

 これはもうずいぶん昔の話になる。

 昔某巨大掲示板にも書いたことがあっただろうか。

 このサイトの読者諸賢は私のつたない文章を読むのが途中で飽きてしまうかもしれない。なので簡単にこの作品の重点を前書きにて紹介しておきたい。

 この話には異世界も美少女も甘酸っぱいラブストーリーも学園も登場しない。主要な人物はほぼ私一人である。実際に起こったことをモデルにしているので私自身にも最後までわからないことが含まれる。謎が解けた時のカタルシスは期待してはいけない。

 それでもいいという方のみ、飽きるまででもいいのでこの話に目を通していただきたい。


本文


 これはもうずいぶん昔の話である。20年以上は軽くたつだろうか。私は当時小学生の高学年であり、母親でも手を焼くようないたずら好きな少年であった。

 夏真っ盛りで刺すような日差しが印象的なある日のこと。私はその日も学友に対していたずらをし、そのことについて母親にきつく叱られていた。蝉の声が遠くに聞こえる昼下がりのことであった。

 「あんたという子は、友達に迷惑かけて恥ずかしくないの!?何回も何回もいろんな大人に叱られてるのに反省の色が見えないじゃない!今度という今度は蔵に閉じ込めるよ!」

 当時私が住んでいた家はなかなか立派な屋敷であり二階建ての大きい倉庫のような場所があった。

 そこはかくれんぼなどで遊んだことはあったが、暗くて湿っぽく、おまけに夏でも肌寒く感じるような場所であった。夏に遊ぶのに持って来いのように思われるが、なんとなく不気味な感じがして私はそこではあまり遊ばなかった。特に一人では遊んだ記憶がない。

 

 「別に蔵でもなんでも閉じ込めればいいだろ!そんなん怖くもなんともねえよ!」

 当時反抗期の真っただ中だった私は親に反発するのが常であった。青筋を立てて怒鳴り散らす母親に負けじと大声で虚勢を張った。本当は蔵に閉じ込められるのは心の底から怖かったのだが、当時の私は無知で負けず嫌いな子供であった。

 セミの鳴き声がやむまで言い争った挙句、母親が業を煮やして次のようなことを言った。

「今日という今日は許さないからね!一晩蔵で反省してな!」

どうやら母親も本気らしい。それまでどんなに怒られても、父親や祖母の仲裁などで事なきを得ていた今回は母親の怒りを鎮める役目はだれもいなかった。その結果脅しの文句にいつも使われていた言葉が、脅しではなくなってしまったようだった。

 母親に連れられ外に出た。強く握られた腕にわずかな痛みが走った。

先ほどまでぎらついていた太陽は既に沈み始めていた。もうそんなに時間がたったのだな、とか夕日が今日はやけに赤いなとかそんなどうでもいいことを考えていたような気がする。

改めて蔵を見ると記憶にあるよりも幾分か小さいように思えた。しかし西日を背に受けて暗く映る入り口の戸がまるで獲物を捕食する巨大な生物の口のように見えていた。私はその時点で泣きそうなほどおびえていたが、バカなプライドが素直に謝罪することを拒んでいた。もう私にはその時点で蔵で一晩過ごす以外の選択肢は消えていたのだ。

 

 「あんまり勝手に物弄るんじゃないよ!高いものも多いんだから!大人しくここで反省しな!」

 影になっていたので、今となってはその時の母親の表情がどうなっていたのかはわからない。怒っていたのか、あるいは、それから起こるかもしれないことを少しでも心配していたのか。

母親が鍵を開けた後、戸の入り口に手をかける。遠くから聞こえるヒグラシの声がいつもよりも元気がないように感じられた。私は重い足取りで蔵の中に足を踏み入れた。

 中は予想していた以上にかび臭く、湿っぽく、不気味であった。目の前には何に使うかもわからない巨大な機械(農作業に使うものだと思われる)や山のように積み上げられた段ボール。布のかけられた鏡のようなもの。埃にまみれた人形。そしてひと際目を引く赤銅色の化粧台。それらが入り口から射し込む光に照らされて淡く照らされている。

 日常から切り離されたようなその異様な雰囲気に思わず不安を覚え、後ろを振り向く。

 「今更謝っても許さないからね!ちゃんと反省しな!」

 私の心情を表情から察したであろう母親が眉間にしわを寄せながらも、近くにあった電灯のスイッチを入れた。怒りを表現するためかやや強めに戸がしめられた。私はいよいよその暗い蔵の中で一人になったのだ。

全体を照らすには少し心もとない灯りがともっていた。怒り心頭の母親であったが流石に戸を閉めた後の真っ暗闇の中にわが子を閉じ込める気はなかったらしい。

 はっきり言って私はその時点でかなり反省していた、正確に言えば蔵の雰囲気に怯えきっていたのだが、それを母親に伝えるためには一晩という時間をその恐怖の空間で過ごさなければならなかった。

 どれだけの時間がたっただろうか。一時間か二時間、あるいはもっと長かったかもしれない。私は暫くその中で過ごすうちに、少しずつであるがその恐怖を克服しつつあった。

 別に何が起こるわけでもない、少し肌寒い気もするがまだまだ暑い季節だ。特に凍えるわけでもない。私は徐々に暇を持て余してきていた。

 そこで私が目を付けたのはそこいらに大量にある、普段は目につかない物品である。子供特有の好奇心と、母親の「周りのものは高いから触るな」という言葉が生来のいたずら心に火を付けたのだ。

 私は周りのものを適当に弄っては、飽きる、弄っては、飽きるを繰り返していた。子供なんてそんなものだ。怖さにも飽きたように私の興味は次から次へと移っていった。

 しかし、そんなことを繰り返してうちに私はこの後、とんでもないことをしてしまうことになった。

 最初から異彩を放っていた。しかしそれゆえなかなか弄る気にならなかった。化粧台だ。

 その化粧台は当時の私の身長と同じか、それより少し大きいくらいであったと記憶している。重厚感のある赤みがかった茶色がやや小さめの黒い布の下に覗いていた。

 私は、好奇心に任せてその布を無造作にはぎ取った。

 本来化粧品を置くであろう台の上には、わずかに積もった埃以外何も乗っていなかった。

 何となく、何もないことに落胆した私は台の下に備え付けられた2つの引き出しに気が付き、1つ目の引き出しを開けてみたが中には特に何も入っていなかった。何だここにも何もないのか、と1つめの引き出しをしまいもせずに2つめの引き出しを開けた。

 その中にも何もないように思われたが、奥に小さい円筒形のものがあることに気がついた。

口紅だ。蓋を取り、クルクルと持ち手を回すと血のように真っ赤な紅がせり上がってきた。小学生とはいえ女子ならあるいはそれに興味を持ったのかもしれないが、あいにく私はそれにはなんの興味も持てなかった。そして、引き出しの探索を終えた。

 残るは、扉のようになっている三面鏡である。私は特に何を思うでなく、そのどこに繋がっているともしれない扉に手をかけ、開いた。

 そこには、3人の私が写っていた。ほう、なるほど、普段あまりまじまじと見たことはなかったが面白いものだ。私は扉の角度を小刻みに変え鏡に移された像が互いの鏡に反射しあう様子を楽しんだ。だがこれにも飽きてしまったのか、今考えても、どう考えても、自分でも理解できない行動をしてしまった。

 私はズボンとぱんつをずりおろし、三面鏡に肛門を映し出したのだ。鏡はキレイに磨かれていたので、シワの一本一本までくっきり見える。ほうほうこうなっていたのか。なるほど。キンタマの裏も見てみよう。おお、三面鏡で映し出すと大迫力ではないか。よしよし、ここまでやったからにはやはりチン○も見ておこう。ポーズは仁王立ちにしよう。うお、これは面白い!シュールすぎて吹き出してしまった。

 思わず爆笑してからもケツの穴をひくひくさせている様子などを見て一人で笑い転げていた。そのとき、不意に声が聞こえた。

 「…もうやだ、わたし、いくね」

 遠くからではない。すぐ側からだ。心臓が跳ね上がり口から飛び出そうになる。同時に、こんなことをやっているところを、声から察するに若い女性に見られていたのかと小学生ながら恥ずかしさで一杯になった。

 思わずパンツとズボンを履き直し、「ごめんなさい!」と叫んでいた。しかし、あたりには当然のように誰もいない。薄明るい中にところ狭しと敷き詰められた物品だけが私を見つめていた。

 気のせいだったのか、いや、確かに聞こえた。しかし人が隠れられるスペースも時間も無い。ならばやはり、気のせいだったのだろう。自分に言い聞かせ、剥ぎ取った布に包まれながら夜を明かした。

 次の日の朝、私は戸の鍵を開けている音で目を覚ました。慌てて布団代わりにしていた布を化粧台にかけ直し、母親に言われたとおり何もいじらず、真摯に反省し続けていた少年を演じた。

 演技が功を奏したのか、私は特に何も言われず日常へと戻った。いつも通りに学校に行き、遊び、ご飯を食べ、いつもの布団に潜り込んで微睡んでいた。しかし、その日の夜に両親が隣の部屋で言い争っているのが聞こえた。普段温厚な父が珍しく声を荒げているのが気になった。とは言え壁越しだから正確な内容は聞き取れなかったし、半分寝ているような状態だったので記憶もおぼろげだ。次のようなことを言っていたように思う。そしてそれが、この一連の出来事に関する最後の記憶となる。

 「なんであの子を蔵に閉じ込めた!〜〜〜様(聞き取れなかった)のことを忘れたのか!」

 「あの子が化粧台なんか使うわけ無いでしょ!今日も見てたけどなんともなかったし」

 両親が何を言おうとしていたのか。化粧台を使った私に、何かがあったのか。両親が共に他界している今となっては、それを確かめる方法はない。

 すべては遠い夏の日の物語である。

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