第36話日常の果てに生まれる非日常

「最悪だ・・・・・」


心底疲れきった表情で、喉の奥から絞り出す様にそう呟くと光流は頭から机に突っ伏した。


此処は私立櫻ヶ瀬学園国際高等学校一年三組。


光流達が毎日勉学に励む教室である。


その通い慣れた教室の一番後ろの席で、仲良く揃って太陽に見放された向日葵の様にぐったりと机に頭を預けている姿が三つ。


光流、楓、華恵だ。


三人共、非常に憔悴しきった様子で、若干死相が浮かんでいる様にも見える。


だが、それは無理もない。


あの後、三人はそれはもう大変な思いをしたのである。


『偽神』と呼ばれる老人が倒され、玲により刻の止まった空間から解放された三人は白い光に包まれ、目を閉じた。


その直後ーー


「ワンワンワンワンッ!!」


三人の耳に飛び込んできたのは異様に吠える犬の鳴き声と、


「子供達の上に板が落ちたぞ!!!」


「大変!誰か、救急車!!」


目の前で起きた凄惨な事故に大人達が怒号や悲鳴を上げる姿だったのである。


そこで、三人は思い出した。


自分達が死の運命に在ったことを。


そして、三人を死の運命から救いだしてくれた玲の、時を止める術は・・・この場に居た者達の時間を全て等しく事故の直前で止めていたことをも、思い出す。


(これは・・・やばくないか?)


光流達の額を嫌な冷や汗が伝い、流れ落ちていく。


瞬間、


「事故現場は此処ですか?!怪我人の方は?!」


運の悪い事に、其処に救急車に乗った救急隊員が駆け付けた。


「・・・・・こ、こっこでぇ~す、なんて、言えないよねぇ」


青ざめた顔に冗談めかした表情を浮かべながら、楓が光流の腕をそっと掴みながら、救急隊員達には聞こえない程小さな声で呟く。


光流もやはり、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で


「・・・当たり前だろ。って言うか、これさ、僕らやばいんじゃないか?」


そうーー大人達は突然の事故に騒然としている為、光流達が無事であることに気付いていない。


幸いな事に落下してきた木の板が、まるで壁の様に積み重なり、三人を目の前で覆い隠してくれているからだ。


どの様な手段を使ったのかは知らないが、恐らくは玲が光流達が下敷きにならない様上手くずらしてくれたのだろう。


それらを、まるで盾の様に前面に出しつつ・・・集まってきた群衆達にばれない様、板の後ろに少しずつ後退していく三人。


幸い、三人の後ろには大きく穴の空いた木塀があり、その向こう側には入居していた店が閉店となり、数週間前から廃墟となった空き店舗がある。


其所の庭を抜ければ誰の目にも触れず、しかもかなり近道をして学園に辿り着くことが出来るのだ。


(ああ、もう本当にすんません・・・・・)


そう心の中で集まった人々に詫びながら、木塀に空いた穴の場所まで猫の様に四足でそっと下がっていく光流達。


すると、がんっという音と共に楓が伸ばした右足が木塀にぶつかる。


「あいたっ・・・!」


思わずそう漏らしてしまう楓。


まぁ仕方ない。かなり大きな音だったし、余程痛かったのだろう。


だが、その声に、群衆が一瞬にして光流達の方に注目する。


『あっ・・・!』


人々の目線と三人の目線がぶつかったその瞬間、


「「「す、すいませんでした~!」」」


三人は我先に木塀の抜け穴に駆け寄ると、その中に身を滑り込ませ、大人達が呆気にとられている隙に何とか這う這うの体でその場から逃げ出したのであった。


同じ学園の生徒が少なく、何より誰にも顔を見られていなかったのがせめてもの救いだろう。

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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙 @Nanashie333

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