第11話 始まりのオートミール【後編】
オルド族の少年、カルムと妙な留守番生活をするようになって3日目。
私はある事実に気がついた。
「あなた、料理が下手ね」
「……うぐっ」
気にしてることを突かれたのかカルムは困惑の表情を見せる。
食材の切り方、煮込み方、盛り付け方、そして味の付け方。どれをとっても下手くそとしか言いようの無い惨状だった。
「で、でも美味しいって言って食べてくれてるじゃないか」
「私は基本的に好き嫌いとかはしないわよ。……というか、そんな贅沢を言えるような身の上でも無いしね」
食べられるモノならなんでも食べる。毒でも無い限りなんでも食べなければ生きていけなかったのだ。
そんな生活をしてきたのだからちゃんと食べられるモノが出てきて不味いなんて言うはずがない。
「それに、あなたの料理が美味しいと感じるのは本当よ」
「ひょっとして、ドロシーお姉ちゃんって味覚音痴?」
「…………かもしれないわね」
「それで褒められてもなんか複雑だなぁ……」
そんな会話をするぐらいにはカルムとの仲は良くなっていた。
5日目の昼。
今日はカルムと一緒にご飯を作ることになった。
「ドロシーお姉ちゃんってホントに器用だね」
私はカルムと並んでナイフを片手にジャガイモの皮を剥いていた。
カルムがまだ3個しか剥けてないのに対して私はすでに10個は剥いていた。
皮も薄く剥き、なるべく身を削ぎ落とさないようにしている。それに比べ、カルムの剥いたジャガイモは削ぎ取った皮の方が遥かに体積が多かった。
「これでもドワーフだからね。手先は器用なのよ」
「そういえば人の家の鍵を開けちゃうぐらいだもんね」
「…………ねぇ、カルム。あなた実は性格が悪いって言われない?」
「そうかな?」
「絶対そうよ」
まるで生意気盛りの弟が出来たみたいだった。
あのとき、もしも両親が生きていたら私にもこんな弟か妹が出来ていたのかな? この子と触れ合っているとそんなことを考えるようになっていた。
「見て、今度は上手く剥けたよ!」
「どれどれ……。ふむ、60点ね」
「判定厳しくない!?」
結局、カルムが剥いたジャガイモの皮は捨てるには勿体無いと思い一緒に煮ることにした。
作ったのは塩と新鮮なトマトで煮込んだ名前も無い簡単な料理だ。
味付けは私がすることになったが問題は無いだろう。出来上がったジャガイモのトマト煮を二人して食べる。
「…………ドロシーお姉ちゃん」
「何かしら?」
「これ、甘いんだけど?」
「おかしいわね。ちゃんと塩で味付けしたはずよ?」
食べてみると確かに甘い味がした。どうやら砂糖と塩を間違えたようだ。
「まぁ、これはこれで美味しいから良いじゃない」
「そういう問題なのかな?」
「食べられるなら一緒よ」
「やっぱり味覚音痴だ……」
そんなやりとりをしながら美味しく食べきった。
7日目の夜。
私の体調はすっかり良くなっていた。
もうじきカルムの両親が帰ってくる。その前にこの村を出なければならない。そんな理由でここ最近はリハビリも兼ねて夜に軽く出歩くようにしていた。
カルムのおかげで体調は全快。この村に訪れたときより健康的な状態だ。これならすぐに村を出て行っても問題無いだろう。
私はあのとき腐った卵を食べた小高い丘に座って満点の星空を見上げる。
少し肌寒い夜風が頬を撫で、木々をざわめかせた。
「あ、ドロシーお姉ちゃん、こんなところに居た。だめだよ。夜は危ないから出歩いちゃダメって父さんが言ってたよ」
「大丈夫よ。夜に出歩く馬鹿なんて泥棒ぐらいしか居ないわ」
「ドロシーお姉ちゃんが毎日夜に出歩くのは、泥棒だから?」
「…………かもしれないわね」
もちろん、あの日以降は盗みなんてして居ない。本当にただ散歩をしていただけだ。だけど、カルムにはあえて誤解を招くような言い回しをした。
これ以上、この子と仲良くならないためだ。
私は孤児で泥棒で犯罪者。
両親が健在で平穏な生活を送っているこの子とは住んでる世界が違うのだから。
「ねぇ、……なんで、泥棒なんてしてるの?」
「………………」
あたしはその問いに答えなかった。
「……ごめん」
「謝るぐらいなら聞かなければ良いのに」
数日間一緒に暮らして分かったが、カルムは本当に良い子だ。人の気持ちを気にかけ、すぐに謝ることが出来る。少しひねくれた言い方をするがそれは頭の良い証拠だろう。
「きっと……、家族の居るあなたには分からないわ」
むしろ、本当にひねくれているのは私の方かもしれない。
私は冷たい言葉を放ち、カルムから距離を取るように心がける。
これ以上は本当に戻れなくなってしまう。いつまでもあの家で暮らしたいと、そう思ってしまうから。
しばしの沈黙。
そろそろ風も冷えてきた。家に戻ろう。そう言おうとしたが、先に沈黙を破ったのはカルムの方だった。
「だったら、お姉ちゃんも家族になろうよ!」
「あなた何を言って……」
「ボクの家は一人っ子だからさ。きっと父さんや母さんに頼み込めばお姉ちゃんぐらい住まわせてくれるよ!」
カルムの目は本気だった。
この子はどうしてそこまで私のことを気にかけてくれるのだろう。
本当の家族でも無いのに。
「…………あのねぇ。そういうことは一人前になって、一人で家族を養えるようになってから言うものよ」
親を頼らなければ生きていけない子供が言えるようなセリフでは無い。
「じゃあ、ボク約束する! 将来、立派な大人になってお姉ちゃんを家族として向かい入れる!」
このとき、私は呆気に取られポカーンとしてしまった。
どう言ってもカルムは諦めてくれないようだ。
「それは……、随分と気の長い話しね」
―――でも、悪く無い。
所詮は子供の言う絵空事なのかもしれない。
だけど、そんな夢を思い描くのも悪く無いと私は思ってしまった。
「さぁ、夜風が冷えてきたわ。風邪を引かないうちに戻りましょ」
結局、私はカルムの言葉にちゃんとした答えを返さなかった。
その答えを口に出そうとすれば、きっとひとりで生きていけなくなってしまう。そう思ったから。
8日目の昼。
私はカルムが近所までお使いに出かけている間に家を抜け出した。この村を出るためだ。
もう、カルムと顔を合わせることも無いだろう。
とはいえ、せっかく村に居るのだから手ぶらで去るのは勿体無い。私はそう考えて近くのトマト畑に盗みに入った。
そこでこの村の女が二人。トマトの世話をしながら世間話をしているのを耳にした。
「そういえば知ってる? オルダーさんのところに泥棒が入ったんですって」
「泥棒!? いやねぇ。こんなチンケな村で何を盗もうってのかしら」
オルダーさんとはカルムの言っていたニワトリおじさんのことだ。私がこの村に訪れたとき、最初に盗みに入った家でもある。
おそらく、私のことを言っているのだろう。
「なんでもナイフが数本と銀貨が大量に入った袋が無くなってたんですって。それと実は食料も毎日少しづつ無くなってたらしくて、ついに昨日、底を尽きたんですってよ」
「どうして今まで気付かなかったのかしら?」
「気付かなかったんじゃなくて誰にも言わなかったらしいのよ。ほら、オルダーさんってズボラなくせにプライドだけは高いから。でも、食べるものが無くなったのが堪えたらしいわ。今朝、我が家に食べ物を分けてくれって頼みに来て、そのときに白状したのよ」
―――ちょっと待って!? 今なんて言ったの!? 食料が根こそぎ……。それに銀貨の袋ですって!?
そんなもの私は知らない。そもそも食料だってバレないように少し頂いただけだ。
―――私の他に泥棒が潜んでいたってこと?
言われてみれば最初に盗みに入った家はどこか不自然だった。今思えば、まるで私よりも先に誰かが盗みを働いた後のような、そんな状態だった気がする。
「あなたも鍵はしっかりかけて置きなさいよ」
「大丈夫よ。うちは主人が小心者だから」
その言葉を聞いた瞬間、私は強い胸騒ぎに襲われた。
カルムの住んでいる家の鍵は壊れたままだ。
もし、もしも、泥棒が鍵のかかってない家を狙っているのだとしたら。次にカルムの家が狙われる可能性は十分に高かった。
「……くそっ!」
私は無我夢中に駆け出した。
もうカルムもお使いが終わって家に戻っている頃合だ。
物が盗まれるぐらいで済むならまだ良い。だけど、もしあの子に……、カルムに被害が及ぶようなことがあったら、私は……!
「カルムッ!!」
私はドアを蹴破る勢いで家の中へと飛び込んだ。
「わぁっビックリしたっ!? ど、ドロシーお姉ちゃん!? もう、どこ行ってたのさ」
カルムは台所に立って料理をしていたところだ。
別段、変わった様子はどこにも無かった。
「あ……、いえ。その……」
「今日はドロシーお姉ちゃんに初めて食べてもらったオートミールのリベンジをするつもりだから。楽しみに待っててね」
どうやら私の胸騒ぎは外れたようだ。ホッと胸を撫で下ろし一息つく。
「ええ、楽しみにし―――」
「なんだぁ? 家にガキが残ってるじゃねぇか」
だから、その男がすぐ後ろにいた事に私は気付かなかった。
「……っ!!?」
強い衝撃が私の小さな背中を襲う。
「お姉ちゃっ!」
咄嗟にカルムが庇ってくれたおかげで身体を痛めることは無かったが、ドコッという鈍く重たい音が鳴り響く。
「カルムっ!? しっかりして!」
私の代わりに壁に強く激突したカルムはその場でうずくまるように丸くなっていた。
打ちどころが悪かったのか、頭からは血を流し、私の服にもカルムの赤い血が染み込んでいる。
「イヤァァぁああァーーーッ!!! お願いよ、カルム! しっかりして!」
その光景は、まるであのときの……。両親が私を庇ってくれたときの光景と酷似していた。
私を庇い、血を流し、死んでしまった大切な家族に……。
「へ、へへっ。二人同時に倒れてくれるとは都合が良い。おい、ガキの姉ちゃんの方。金目のモノを持ってきな。でないと、そこで倒れてる可愛い弟が死んじまうことになるぜ」
死。
その言葉に私は目の前が真っ赤に染まるような強い衝動に駆られた。
「許さない……」
ゆっくりと立ち上がり、男の前に歩み寄る。男と私の体格差はざっと2倍以上だ。
「おいガキぃ。聞こえなかったのかっ!! さっさと金目のモノを探してくるんだよ!」
だけど、そんな些細なことなど関係無い。
私は男が無用心に掴みかかろうと伸ばしてきた手を逆に掴むと手首を捻り、その場で関節技を決めた。
「いでぇッ、いででででででッ!! お、おい、離せっ! 今すぐ離せぇ!」
だけど、私は離さない。離すわけがない。この男はカルムを傷つけたのだ。
私は生まれ持ったドワーフ族の剛力でそのまま男の関節をさらに曲げた。
ゴキュッと鈍い音が男の身体から響く。男の腕はあらぬ方向へと曲がっていた。
しかし、そんな些細なことなど気にしない。
私は曲がった腕をさらに引っ張り男を壁へと強くぶつけた。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
男を壁にぶつけ続けた。
途中、男が泣いて何かを叫んでいたが私の耳には何も聞こえなかった。
―――許さない……。カルムを、私のかけがえのない大切な人をこんな目ニ合ワセタ貴様ヲ絶対ユルサナイ。
いつしか男は気を失っていた。
だけど、私がそれを止めることは無かった。
どれほどその拷問が続いただろうか。
突然後ろから抱きしめられた。
「ドロシーお姉ちゃん。もう止めて……。ボクは大丈夫だから……」
その言葉にふと我に帰る。
男はまるでボロ雑巾のようにボロボロで、腕の関節は外れ、白目を剥いて気絶していた。
「カル……ム……? ……カルム!? 大丈夫なの!?」
私は慌てて汚い男から手を離すと急いでカルムの怪我の具合を見た。
頭を怪我しているから血がたくさん出ているが、傷口は小さい。
これなら包帯を巻いておけば問題無いだろう。
「良かった……。本当に、良かった……!」
目から涙が溢れる。
心が熱くなる。
私は、また大切な人を失わずに済んだのだ。
「だって、約束したでしょ? 立派な大人になってドロシーお姉ちゃんを家族に向かい入れるって」
「……そうだったわね」
やがて、この騒ぎを嗅ぎつけた大人たちが駆けつけ事件は丸く収まったのだった。
そして、それから十数年後の現在。
「うぅ……っ、身体が……!」
私はカルム食堂の2階にある自室でベッドに寝転んでいた。
「だから卵は止めた方良いって言ったのに」
「だって、残したりしたら勿体無いじゃない……うぅ……」
「前に、腐った卵だけは懲り懲りだってテテルと話してたのはどこの誰だっけ?」
「うぐっ……、聞いてたのねカルム」
相変わらず油断の無い。
カルムはやれやれと良いながら手に持った土鍋という小さな鍋を私の前に差し出した。
蓋を開けると麦の煮えた優しく懐かしい香りがふわーっと部屋中に広がった。
「体調が悪くてもちゃんと栄養のあるもの食べないと治るものも治らないからね」
私はそれを木のスプーンで一口すする。
「…………美味しいわ」
「それは良かった」
薄味だがしっかりと味付けされ、麦もちゃんと煮えている。
あの頃に食べたオートミールとは大違いだ。
「ねぇ、姉さん。俺……、いや……、ボクさ、立派な大人になれたかな?」
「……それを私に聞いているようじゃまだまだね」
しかし、料理の腕は間違いなく上がっているし、こうしてお店を持って自立もしている。傍から見れば十分に立派な大人と言えるだろう。
「でもね、カルム」
今はそれ以上に確かなこともある。
「あなたが私にとって、かけがえのない大切な家族であることは間違い無いわ」
カルム食堂物語 西洋和菓子 @seiyou_wagasi
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