第48話 急がば回れ
ビオラ湖を北回りでグルっと迂回すると、走竜でひたすら真っ直ぐな道を走る。
走竜一匹で走るのがやっとの短い草の生い茂った細い道。
だから、風魔さん、ナポレオンさんと一列になって全速力で移動する。
走竜は二本足で走る毛の無いダチョウのような……
う~ん、違うな……どちらかというと有名な恐竜映画に出てきそうな感じかな……なんちゃらラプトルだっけ? 集団で走ってきて、人間を食べ散らかす恐竜のようにしか見えない。
どうして馬ではなく走竜かというと、走竜は馬ほどの速度は出せないけど、持久力が並外れているので長距離を移動するのに便利だから。
便利なのに馬ほど使われていないのは、世話も調教も大変で数が
揃えるにしても高価過ぎて運用できないとか・・・・・・・ええっと、今回借りちゃったけど大丈夫かな?
馬ほど速度は出ないと言っても、人とは比べ物にならないほど早い。だから舗装されていない道を走るとスリル満点。
「信じられん、普通はこんな道を知ることもできなければ、走竜を人数分用立てられるなんて……」
「……アロに普通はあり得ない……」
「むう、吾輩もアロ殿の非常識さは知っておったつもりだが……」
「……いつも、想像を超えてくる……」
「むう……」
「えっ? 二人とも何か言った? 聞こえない」
風魔さんとナポレオンさんが何か言っているようだけど、声がまったく聞こえない。
山からの風が強すぎる。今通ってる道は谷のように窪んだところだから、直接風を受けないけど、頭の上でビュービューと音を立てている。
ここから出たらきっと立っていられないくらい強い風だ。
夜通し走ってようやく朝日が昇ってきた。
ビオラ湖を見ると高い波が立っている。あっ! 舟が岩場に座礁してる。
……舟に乗らなくってよかった……
急がば回れって言うけど、本当だね。
休憩をほとんど挟まずに移動したから、お昼を過ぎたくらいに侯爵領の街に着くことができた。
一睡もせずに夜通し駆けたので、眠いし、お腹が空くし、お尻が痛い……
風魔さんとナポレオンさんは途中で休憩しようと言ったけど、僕の我儘で休憩はしなかった。
何だかすごく嫌な予感がする……
侯爵が住む街はすごく大きくて立派だった。交易が盛んで人通りが多い街なのだそうだ。
だからか、侯爵領の門にはすごい行列ができていた。
こんなの並んでいたら、夜になちゃうよ。
困惑していると、風魔さんとナポレオンさんが行列の横を素通りして門に向かう。
あれ? ちょっと待って。
行列で待っている人に睨まれながら進むと、門兵が慌ててこちらに近づいてきた。
「こら! お前達、ちゃんと列に並べ」
「我々はサターキ伯爵の縁者である!」
風魔さんが印篭のような物を掲げると、すぐに門兵が違う入口を案内してくれた。
「サターキ伯爵の縁者の方とは珍しいですね。ニジェル侯爵への謁見ですか? 先ぶれは来ておりませんが」
「極秘任務である。聖女……いや裏切者が来ておるであろう」
風魔さんはいつも寡黙なのに、こういうときはハキハキと喋れるんだね。ちょっと頼もしい。
「ああ、なるほど、偽聖女の火炙を見に来られたのですな。皆様もお好きですな。ただ、残念ながらもうそろそろ終わったのではないですかな」
「なっ!」
カトリーヌ!
何も考えられず、気が付くと誰よりも早く走竜に乗り、全速力で走り出していた。
「アロ! 待て!」
風魔さんとナポレオンさんが大声で呼ぶ声を無視して大通りを突っ切った。
◇◆◇◆◇◆
……
…………
………………
本名ではない、密偵を輩出する里の長に受け継がれている名だ。
フウマではない、クゥマだ。アロには発音が難しいのだろうか? よく間違えられる。
アロとハーヴェンお嬢様の仲は徐々に縮まっているような気がする。
小さい窓の外を2人で肩を寄せ合い
秘書官のケニーのお蔭だろうか? カップリングはどっち押しかなどと、意味の解らんことばかり言うが、きっと必要なことなのだろう。
アロは毒に対する耐性が強いようで、危険な毒物を平気で食べる。
我々クゥマの里の者も、毒の耐性をつけるために毒物をわざと食べることがあるが、とことん薄めて少量ずつから徐々に慣らしていく。
村で一番毒の耐性がある者でも、猛毒リンゴは食べない。
人間はそこまで毒に対して耐性が持てないからだ。神聖魔法を使えるならば、もしかすると生き残れる可能性はあるが……アロは使えなかったよな??
……もしかするとアロは密偵向きなのではないだろうか?
試しに足音を消す方法や暗器の使い方を教えると、恐ろしいスピードで覚えていく……
見た目は純朴そうな青年で、失礼だが目立つ容姿でも無いので人に警戒され難い。
毒の耐性が強く、危険な毒物も扱える。
サバイバル能力や戦闘力も申し分無い。
魔気を使うことができないのが非常に残念だが、クゥマの里でも密偵としてここまで才能のある者を見たことがない。
そう思っていると、ついつい指導に熱が入ってしまった。
暗器の使い方やクゥマの里の者だけがわかる目印の残し方まで教えてしまった……やり過ぎてしまっただろうか……
……まあ、やってしまったものは仕方ない……
ハーヴェンお嬢様の伴侶で無ければ、今すぐにでも我の後継者になってもらうところだ。
子爵邸では、初めての密偵の仕事とは思えないほど大活躍をした。
オールソン殿や神官戦士達が捕まっていた地下牢をすぐに見つけたのだ。
牢屋番を昏倒させてしまったのは悪手だが、これだけ早く見つけることができたのならば全員を連れて帰ることも可能だ。
忍び込む途中ではぐれたときはヒヤっとしたが、さすがはアロだ。
帰ったらもっと鍛えてみよう。もしかすると我を越えるかもしれん。
カトリーヌが別に囚われているとの情報から、急いで侯爵領に向かうことになった。
ハーヴェンお嬢様の予測からすると、今から向かって、助けられるかは五分五分とのこと。
鬼才のハーヴェンお嬢様が五分五分と言うとは……厳しい任務になりそうだ。
アロ、オールソン殿と3人で馬が潰れる寸前の速さで進む。
この時期はビオラ湖が荒れることが多い、運はあまり味方していないようだ。
それでもイチかバチか舟を選ぶしかあるまい。
覚悟していたら、アロが地元の男を連れて来た。
この男、辺境伯領で助けてやったにも関わらず、我々に掴みかかってきた者ではないか!
……1日で侯爵領に着く北回りのルート!? 我々でも知りえなかった情報だぞ、本当にそんなルートはあるのか?
嘘だったら、指切りげんまん、針千本飲ます?? ざ、斬新な拷問だな……きっと生き地獄を味わうことになるだろう……
どこの風習か知らんが、クゥマの里の拷問が
走竜も借りての最短ルート、土壇場でそんな方法を手に入れるとは、アロには驚かされてばかりだ。
ただ、間に合ったとしても助け出せるかは別問題だ。適地のど真ん中に3人では正直心許ない。
カトリーヌとの縁が深い2人には悪いが成功確率が低ければ、我が憎まれ役になって止めねばならん。
助け出してはやりたいが、アロを失うわけにはいかない。
ハーヴェンお嬢様の恋敵になるだけと考えれば、非情にもなれよう。
サターキの封印と紋章を使って易々と門をくぐる。
門兵からできるだけ情報を得なければ……
「ああ、なるほど、偽聖女の火炙を見に来られたのですな。皆様もお好きですな。ただ、残念ながらもうそろそろ終わったのではないですかな」
「なっ!」
アロが一瞬で走竜に跨り、走り出した。
神足と言うほかない。我の訓練が身を結んでいると思うと嬉しいが。
待て! 闇雲に突っ込んでどうするというのだ!
英雄に英雄視される英雄譚 粉雪 @powderysnow
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