第47話 指切りげんまん

「アロ殿、早過ぎる。これでは馬がもたない」


侯爵領に向けて、ナポレオンさん、風魔さんと一緒に馬で走る。


カトリーヌが火炙りにあうかもしれないと思うとついつい早くなってしまう。


風魔さん達の活躍でナポレオンさんを助け出してからは、目まぐるしく時間が過ぎた。


神官戦士の人達はナポレオンさん入れて15人、子爵邸には情報収集だけと思って忍び込んだのだけど、衛兵を一人倒してしまったから、安全のために皆をすぐに助け出さないとダメになった。


僕が穴に落ちたせいです。ごめんなさい。


ただ、こんな事態も想定していたようで、半兵衛さんがすぐに対処してくれた。


助けたその足で、すぐに街の門を抜ける。


門は閉まっているし、門にいる兵士に捕まってしまのではと思っていたら、簡単に通してもらえた。


さすが半兵衛さん!


「うふふ、サターキが封印と紋章を残して逃げてくれるなんて、偽造がやり放題……全てあなたのせいにしてあげましょう……」


悪い顔をしている半兵衛さんはちょっと怖かったけど、事情を知らない門兵さん達は半兵衛さんが印篭のような物を見せると平伏して門を通してくれた。


「アロ、こちらは食料と路銀です。オールソン殿、クゥマと一緒にカトリーヌの救出に向かってください。今から向かっても助けられるかは半々でしょう。無理はしないように」


「あれ? 半兵衛さんは?」


「さすがに本隊と離れ過ぎてしまうので奴隷身分の私ではついていけません。一度、関羽、張飛と一緒に本隊と合流して、サターキ伯爵領を完全に占領するために動こうと思います」


半兵衛さんと別れなきゃいけないのは嫌だけど、カトリーヌを助けるためにはこれしか無いみたいなので、我慢して3人で救出に向かった。


風魔さんの道案内に従って、馬が潰れない程度に急いで進む。


野宿を挟み1日ほど走ると夕方には大きなみずうみに出た。


「……ここは舟で行くと早い。この時間からは出ないから、明日の朝一番の舟に乗れるよう手配して来よう」


舟に馬を乗せることができないから、ここで売ることになった。情報収集を兼ねてナポレオンさんと一緒に港町を歩く。


ナポレオンさんは人の輪に溶け込むのがすごく上手だ。すぐに商人達と仲良くなって盛り上がっている。


陰キャな僕とは大違いだ。素直にすごいと思うけど、手持ち無沙汰になちゃったよ……


あれ? 今、目が合った人、知っている気がする。


片付けが始まりつつある露店街で目があった人は、どこかで以前に会ったことがあるような気がする。どこだったっけな?


すごい勢いで視線を外されたのが気になるけど、顔見知りだったら話易いかもしれない。


「こんばんは、あの、ちょっとお聞きしたい……」


あれ? 聞こえなかったのかな? すごい勢いで走り去って行く。ちょっと待ってよ!


すぐに追い付くことができた。ゆっくり移動していたから帰るところだったのかな?


すごくカクカクしているからもしかすると足が悪いのかもしれない。


「ごめんなさい。ちょっとお聞きしたいのですけど」


「は、はひいぃぃぃぃぃぃ」


変な喋り方だな、この辺の方言? ええっと、声を掛けたけど何を聞けば……


「一度お会いしたことありますよね? ええっと、教えてください。侯爵領に一刻も早く行きたんです! どうすれば良いかご存知ではないですか?」


やっぱり見たことある。どこで会ったのかな? この世界に来てから会ったことがある人なんて、あんまりいないはずなんだけど。


あっ、固まっちゃった。いきなり変なことを聞いて驚かれたかな……


「し、知らない。お、俺は何も知らない……」


「アロ殿、どうしたのだ……おや、お前は辺境伯領から山に逃げたやつの一人だな。こんなところに居るということは、助けられた恩も忘れて、逃げ出したのか!」


あ~、そういえば、山の中で文句を言ってた人だ。ナポレオンさんよく覚えているな、僕はすっかり忘れていたよ。


「こんな者と喋るのはやめておいたほうがいい。目先の利益だけで行動する軽薄な連中だ。もしかすると吾輩らを売ったのはこいつかもしれませんぞ」


「ち、ちが……」


ナポレオンさんが珍しく腹を立てている。ちょっと怖いくらいだ。


「明日の朝すぐに舟旅です、今日は早めに休みましょう」


「……ふ、舟は止めておいたほうがいい。この時期は……」


ナポレオンさんはすぐに帰ろうとしているけど、ちょっと待って、何か重要そうなことを言おうとしている。


「適当なことを―――」


「ナポ……オールソンさん、ちょっと聞いてみようよ。この人は大丈夫だと思う」


上手く言えないんだけど、ちゃんと聞いておいたほうが良い気がする。嘘が心配だったら、そうだ!


「僕達を騙したりしないよね。ちょっと、小指を出してください」


「な!? え?」


どうしていいか分からないみたいだから、腕をつかむと小指を結んだ。


「指切りげんまん、噓ついたら針千本飲ます。指切った。」


うん、これでどうかな? あれ? 二人とも固まってるけどどうしたの?


こっちには『指切り』って無いのかな? どうしよう変に思われたかも。


「ええっと、何か言いかけてたよね。舟はダメなの?」


「……は、はひ、はい。こ、この時期は湖が荒れるので速度が遅く、と、時には途中で取り止めることが多いです。お、お、お勧めしません」


「……南回りの陸路では侯爵領まで4日。舟で湖を越えて、その後に陸路を行けば2日で着く……この2日は大きいのだ、それでカトリーヌを侯爵から助けられるかもしれん。危険だろうが賭けるしかあるまい」


「あ、あのときに助けてくれた聖女様が、残虐で有名な侯爵に捕まったのか?」


「ふん、そうだ。誰かは知らんが、助けてやったやつの誰かが吾輩らを敵の内通者として売ったのだ。貴族共は王都近くまで敵に攻められた責任者が欲しかったから、丁度よかったのであろう」


「そ、そんな……そ、それなら俺にも協力させてくれ……北回りの道を使えば、1日で着く……」


「白々しい、そんな道は聞いたことがない。嘘を言っても……」


「……嘘じゃない。地元民しか知らない猟師の使う獣道だ。走竜を使えば、間違いなく1日で着く。俺の祖父はここで渡し守をしている。一番元気な走竜を貸してやる」


なんだかよくわからないけど、1日で行けるなんて願ったりだ。


ナポレオンさんを見たら、向こうもこちらを見た。


これってチャンスだよね。




◇◆◇◆◇◆


俺の名前は聞かないでくれ。街人Aで充分じゅうぶんだ。


もう二度と会うことはないと思っていたが、人生何があるかわからない。


辺境伯領で親の代から商売をしていて、毎日そこそこもうけていた。


それが、隣国からの侵略で一夜にして全てを失った。


今考えれば、財産は失ったが家族の命を失わずに済んだのは不幸中の幸いだ。


聖女となぜか敵国の一部の人間のおかげで命からがら逃げることができた。


そこは感謝している。感謝はしているが、この理不尽は誰かにぶつけないと収まらない。


俺には田舎があって、祖父が渡し守をしている。


渡し守とは、ビオラ湖を海路で行く場合の舟の手配や、陸路で行く場合の馬や走竜の貸し出しなどをする職業だ。


逃げた先の山で辺境伯領に留まる道もあることを聞いたが、奴隷扱いなどまっぴらごめんだ。


同じように考える仲間とともに無一文で山から逃げ出した。


追ってが来るかとも思ったが、何事も無く侯爵領に続く道にたどり着いた。


出て行く者に興味はないらしい。


金も食べ物もない移動だったから、途中で死を覚悟した。


そうか、どうせ逃げれないと思って追わなかったのか……


商人仲間に会わなければ本当にやばかったかもしれない。


足元を見られ借金は負ったが、なんとか逃げ延びることができた。


若い頃は散々面倒を見てやったのに薄情なやつだ。


まあ、俺でもあの状況だと吹っ掛けるだろうから仕返しは少しだけにしておいてやる。


一緒に逃げた仲間の中には街の代官に取り入って、聖女や神官戦士達の裏切りを弾糾だんきゅうして報酬を得ている者達がいた。


仮にも俺達の命を救おうとしてくれた者達だ。


貴族共は戦争に負けている責任を押し付けられる者を求めているから喜ぶだろう。


だが、人としてどうなのだ。


商人は信用が第一だ。商人抜きにしたって俺は絶対にそんなことはしない!


一人でそんなことを誓っていても、やつらを止められないので意味はない。


力の無い自分が歯がゆい。


祖父の元で一からやり直し、渡し守を手伝いながら細々と商売を始める。


新しい生活にも少し慣れてきたかなと思いつつ夕方の片付けをしていたら信じられない者を見た。


小鬼アロだ! もしかして、逃げ出した人間を始末しに来たのか!?


「こんばんは、あの、ちょっとお聞きしたい……」


俺はすぐに逃げた。全速力でだ。恐怖からか足にあまり力が入らない。ガクガクと震える。早く、早く逃げないと……


「ごめんなさい。ちょっとお聞きしたいのですけど」


すぐに追い付かれた。すごい脚力だ。


見た目は少年だが、相手は戦場奴隷から解放されたという化物……俺はもうダメかもしれない。


「は、はひいぃぃぃぃぃぃ」


頭が真っ白になった。何かを聞かれている?


必死に答えていると、もう一人やって来た。この男も山で見たことがある。


俺はお前達や聖女を売ったことはない。そこまで不義理な人間ではない。それだけは声を大にして言いたい。


「明日の朝すぐに舟旅です、今日は早めに休みましょう」


ちょっと待て、この時期の舟は危険だ。高確率で足止めをくらうぞ。それは……


「適当なことを―――」


くそ! 信じてもらえない……あれ? おお、小鬼アロは信じてくれるのか。


「僕達を騙したりしないよね。ちょっと、小指を出してください」


へっ?


「指切りげんまん、噓ついたら針千本飲ます。指切った。」


…………何を言われた……嘘ついたら針を千本飲ます……それはどんな拷問だ。治療もできず癒えることもなく、食事もできず、長期間にわたって体内からの痛みに悶え苦しむ……


なんて恐ろしいやつだ。見つめてくる目は真剣そのもので本当にやりかねない。


恐怖で歯が勝手にカタカタと鳴り始めた。


えっ? 聖女が処刑!? 聖女を助けに行くのか? それなら渡し守でも一部しか知らない極秘ルートを教えてやる。走竜も一番元気なやつを貸すことにしよう。


どんな協力もするから無事に聖女を助け出してくれ。そうでないと安心して寝れなくなりそうだ。

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