壱の噂「公園の男の子」②
入学式の翌日。
午前の授業が終わり、午後に部活紹介が行われるため体育館に全校生徒が集まる。体育館には代表の部活動生徒が既に集合していた。運動部はそれぞれのスポーツのユニホームに身を纏い、文化部はそれぞれの部活で使用する道具などを持って待機している。
『皆さん、お静かに。───それでは、ただ今より桜ノ宮学園部活動紹介を開始します。司会進行は生徒会長、
部活内容やそれぞれが獲った賞などの紹介…部活動紹介はスムーズに進んでいった。そしていよいよ最後の部の紹介になる。
『美術部の皆さん、ありがとうございました。それでは最後はボランティア部、お願いします』
ボランティア部の名前が出ると、体育館がざわつき始めた。教員たちはどこか落ち着きのない顔をしている。あの話は本当のことなのだろうか。僕も周りに釣られて不安になってきていた。
ステージに上がってきたのは一人の女子生徒。ポニーテールにしている長い髪の毛が印象的だ。
──普通の人に見える、けど…。
彼女は壇上に立つと一礼をし、にこやかな表情で話始めた。
『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。そして桜ノ宮学園へようこそ。私、ボランティア部の部長をやっております
僕には他の部活動の紹介よりも素敵に見えた。やっぱりあの話は作り話だったのだろうか。しかし、教員たちのハラハラと青い顔をみるとそうも思えない。
『──などと、様々な活動をしています。…まぁ、これは表ではの話だ・け・ど?♪』
彼女の口調が突然変わった。同時ににこやかな顔から悪い笑顔に変わると設置されているマイクを乱暴に外した。そして、力強く人指し指でどこかを指した。
「あの指こっち向いてないか…?」
彼女が指している方向は明らかにこちらを向いていた。先程よりも一層体育館がざわつき始める。
そんなことお構いなしに、彼女は息をすぅっと吸うと吸った息を吐き出すように叫んだ。
『いぃちねぇん!A組ぃ!
とてつもなく大きな声だったせいか、マイクがキィィンとなる。大声と不協和音のダブルパンチだ。
いいや、そんなことどうでもいい。もしかしてもしかすると、今僕の名前を呼んだのか…?
「あの1年何したんだ…?」
「こんな場所で、それもアイツに名指しされるなんて」
「可哀想に…あいつ終わりだな…」
どこからともなく刺さる視線と刺さる言葉。
彼女を見たのは今日が初めてなのに、酷い濡れ衣だ。
『フフフフ…あんたのことは全てお見通し。つまり、お前の心臓は私が握っているということだ!我が部活に入部しろ!命令だ!入れ!』
彼女は(無い)胸を張って言った。
『それ以外は興味ないね!そんでもって誰の意見も聞く耳は持たんし聞かん!もう一度言うぞ、1年A組、円 祐介!私のところに来な!アァーユーオゥケーイ?』
そう言い終えると、やっとかというタイミングで教員たちがステージに上がり彼女のマイクを取り上げ、二人がかりで彼女を掴まえる。
僕はそんな光景を遠目に見ながら今起こっていることを整理しようとするが、頭が真っ白になって何も整理できないでいた。そして、段々と周りの声が聞こえなくなってくる。体の熱もどんどん無くなっているような気がする。
「円?顔色悪いけど大丈─────え!?」
瀬川くんが肩をポンと叩くと同時に僕は前方に倒れた。
「円!しっかりしろ!」
「おい顔真っ青だぞ…誰か担架持ってこい!」
「いや、そのまま担いで保健室いく!」
「おい息してねぇんじゃねぇか!?」
周り声がどんどんと遠くなっているのを感じながら、僕はそのまま意識を手放した。
まただ。また暗くて何も見えない。ここはどこだろう?早く、誰か灯りを…早くしないと───……
『円 祐介!』
近くで僕を呼ぶ声がした。だが人の気配は全くない。それでも声はだけがその空間に響いていた。
『私は、アンタの────を知ってる』
肝心な部分が聞き取れなかった。
「何……」
聞き直そうと声のする方へ向かおうと足を動かすと、それを止めるかのように誰かが僕の服の裾を引っ張る。振り向けば、そこには数名の子供が僕を見ていた。顔は暗闇だからかハッキリとはわからない。でも僕は彼らを知っていた。
『気持ち悪い』
一人がそう言うと、他の影たちも喋りだす。
『頭のネジ飛んでるよね、あれ』
『本当はどうせ目立ちたいだけなんじゃない?』
『怖い…』
『嘘つき』
『化け物』
『ばけもの』
『バケモノ!!』
そう言いながら彼らは僕を囲っていく。
覚えている。これは僕の過去だ。そう、ずっと受けていた僕の罰。
『こっちに来ないで、気味が悪いわ』
おかしいな、僕はなにもしていないはずなのに
「ごめん……ごめんなさい…」
どうして謝ってるんだろう。
“誰モ、君ノ味方ハイナイ。ナラバ私達が君ヲ”
“僕らが君を、導いて上げるよ”
僕の目の前に現れた奴はにたぁ、と嗤い
『いただきます♪』
と言った。その瞬間、暗闇だったはずが、いつの間にか目の前は真っ赤になった。
僕は喰われたのか…?身体中が酷く痛み、呼吸もままならない…でも僕はこの痛みを望んでいるのかもしれない。僕は………───
「─────っ!!!!!!」
ハッと我に返ったように目を覚まし、勢い良く起き上がった。
辺りを見渡すと、窓からオレンジ色の光に包まれた部屋の中にいた。見覚えのない天井、見覚えのないベット…よく見てみればここは保健室なのか?ベットの回りは中が見えないようにカーテンで囲われていて、カーテン向こうに人影が見える。
──今の夢は…一体…
恐ろしい夢を見た。身体中から汗が滲み出ていて、呼吸も少し苦しい。
息を整え自分を落ち着かせた。そして、今の状況を整理してみる。
──そういえばあの時……
先程体育館で起こったことが頭の中で鮮明に再生された。あの後の記憶がない…誰かが保健室まで運んでくれたんだろうか?きっと色んな人に迷惑をかけてしまったんだろうな…そう思うと気が重く、つい大きな溜め息を吐いてしまった。
「円君?」
溜め息が聞こえたのかカーテンの向こう側から僕を呼ぶ声がした。この声は養護教諭の
「気分はどうですか?」
ベットを囲っていたカーテンがサッと開き、オレンジ色の光が差し込んでくる。あれからずいぶん時間が過ぎたのだろうか。
「あ…あの、ご迷惑おかけしました…」
「君は何も悪くないですよ。倒れたときはどうしようかと思いましたけどね」
天宮先生はクスッと笑って言った。
「大丈夫ですよ。彼女にはきつく言っておきましたから」
彼女とはあのボランティア部の部長のことだろう。にっこり笑っているのだが声のトーンが少し低く、どんな仕置きをされたのだろうと逆に心配になってしまった。
「まぁ、あの子がきちんとやる子だとは思っていませんでしたが…今回は予期出来ませんでしたね。教頭先生からも注意されていたみたいですが…無駄だったみたいですね」
「あの人はどうして僕を呼んだんでしょうか…そもそも会ったこともなかったのに…」
「そうですねぇ…欲しいと思ったらすぐに手が出てしまうんですよ。特に君のような子は、興味を揺さぶられる」
笑っていた先生の顔が少し怖く感じた。でもこの不思議な感覚、前にもどこかで感じたような気がした。しかし全く思い出せない。
「僕は、何も持ってないですよ」
「そうでしょうか?でも確かに、他人の価値観と、自分の価値観とは月とスッポンのようにかけ離れていますからね。でも時期にわかるときがくる…かもしれませんね?」
先生の言っている意味はよくわからないけれど、この人は僕をもしかして知っているのだろうか。教師だから何かしら生徒の情報は知っているとはわかっていても、心の中の自分を知られているようで怖くなる。それを察したのか、先生はまた優しい笑顔に戻った。
「それが分かれば“青春”ですよ。学生の醍醐味でしょう?」
「青春、ですか…」
結局そういう話だったのか、と少しホッとした。──その時保健室の扉が豪快に開いた。
「頼もぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
そこにいたのは紛れもなく、あの壇上にいたボランティア部の部長だった。
僕は先程のことがフラッシュバックしてしまい気分が悪くなった。
「…鈴木さん?もう帰りなさいと言いましたよね?」
先生の笑顔がもはや笑顔になっていない怒りの笑顔で彼女に話しかける。
「ふっ、甘いね!アタシを止めることが出きる奴なんてこの世に存在しないんだよ!」
「いちいち煩い」
「痛いっ!」
彼女の脳天に拳骨が落ちた。その拳骨をした本人は、無表情で少しずれ落ちた眼鏡をくいっと薬指で持ち上げた。
この人は今日の部活動紹介の進行をしていた…
「生徒会長の……」
「えぇ、百地よ。この阿呆が迷惑かけてしまってごめんなさいね」
そう言いながらも百地さんの表情は相変わらず無い。なんというか、冷たいオーラが漂っている。
「阿呆とはなんだアホウとは!?」
「「本当のことじゃない」」
百地さんと先生が声を揃えて言うと、不満だったのか彼女はその場で地団駄を踏む。
「お前のせいだー!」
次は八つ当たりかのように僕の方を指差す。すると、百地さんから再び鉄拳が落ちる。
「人に指を指すな」
「今日の
なんだか彼女を見ているだけでも疲れてしまう。
「言っとくがアタシは謝らないからな!お前には絶対にこの部活に入ってもらう!」
「そんな理不尽な…そもそもどうして僕なんですか?意味がわからないですけど」
不満そうな顔から一変、にまぁっと嬉しそうな顔に戻った。
「よくぞ聞いた!率直に言わせてもらう。視えるでしょ、あんた」
視える。その言葉に僕はドキッとした。
「この世の中には視えるものと視えないものがある。例えば霊、妖怪、はたまた宇宙人とか…いるかいないかわからない存在。そんなのワクワクするじゃない!それにこの街には色んな謎が隠れてる伝説もあるし、アタシはその真実にたどり着くためにボランティア部の活動をしながらミステリー探偵団っていうのをやってるってわけ!」
「まだ1度も依頼はないけどね」
「鈴木さん、怪獣だから誰も寄り付きませんから」
百地さんと先生が茶化すように付け足して言う。そんな和気あいあいとした会話は僕の頭の中には入ってこなかった。
──ワクワクする?視えることが?
「冗談じゃない…」
「は?」
「あなたの遊びに付き合って僕に何の得になるんですか?」
彼女の言うとおり…僕は普通の人には視えないものが視える。そのせいで僕は10年もこの、異常な程の『霊感体質』で嫌な目に合ってきた。町から逃げ出したくてこの高校を志願したのもそれが理由のうちだ。
「ウンザリなんですよね…そういう好奇心とか…でも皆、心の片隅で普通じゃない僕を気味悪がる…だから全校生徒の前であんなことしたんでしょう」
まるでどぶ沼に突き落とされたような気持ちになった。逃げてきたはずなのに、何も変わってなんかいなかったんだ。何処にいても、僕は『バケモノ』でしかない。
「何言ってんの」
彼女は少し怒ったように僕に話始める。
「お前ね!それってすごいことなんだぞ。気持ち悪い?むしろ羨ましいよ。アタシなんてこんなにもミステリーを追求してるのに1ミリも視えないって言うのに!」
怒るというよりは、羨ましい!とでも言っているようにも聞こえた。彼女は続けて話続ける。
「確かにお前にとっても、他のやつらにとってもアタシがやってることはお遊びに見えるかもしれない。でもアタシはいつでも真剣だよ。遊びでやってるつもりは1ミリだってない」
思っていたより彼女は真面目な人なのかもしれない。曇りのない彼女の瞳を見て僕はそう思った。
僕はもしかすると、こういう人を待っていたのかもしれない。あんなことは二度とごめんだけど、でも……
「しっかしまぁ、お前もかなり捻くれてんのな。高校生だぞ!今のうちに青春エンジョイしなきゃ後悔しちゃうって」
「…ほっといてください」
「で?どうすんの?こんな楽しい先輩がいたら入部したくなっちゃうでしょ?」
「…その前に聞いておきたいことがあるんですけど…どうして僕に霊感あると知っていたんですか?この街に来て誰にも話したことはありませんけど」
僕が訪ねると、彼女はニッコリ笑って
「そりゃあ公園で独りで話してる変人がいたらおもしろそうって思うでしょ。いやぁ、あれはケッサクだったね!」
と言った。そして続けて「そんなことはいいから、返事は?」
「入るか、そんな部活!!」
前言撤回だっ!
「何だと貴様ァァァァ!!」
その後、僕の返答に不満な彼女から追いかけ回されたのは言うまでもないだろう。
「馬鹿ですよね、拒否権はナシとか言ってたくせに返事聞いちゃうんですもん」
「本当に、お馬鹿ですねぇ」
いったい全体、これから僕はどうなるんだろう…。
To be continued....
桜ノ宮ミステリー探偵団 かわる。 @ked_maple
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