桜ノ宮ミステリー探偵団

かわる。

壱の噂「公園の男の子」①


 僕は真っ暗が嫌いだ。

 真っ暗なところには、がいるから。

 それなのにみんなは面白がって僕を狭くて真っ暗な物置小屋に閉じ込める。

 いくら叫んでも、助けを求めて開く筈のない扉を叩いても、聞こえるのは扉の向こう側で笑う声。


 そんなことはお構いなしでやってくる。暗闇で赤黒く光る瞳で僕を見る。そして、背筋が凍るような呻き声を出しながらこちらに近づいてくる。

 僕はその恐怖に耐えられず、開かないとわかっていても叫び、扉を叩いた。


 

 ──どうして僕ばっかりなの…?



 ポツリと溢れた言葉に、は返事をするように僕に言ったんだ。


「仕方ナイ、君ハ普通ジャナイカラ。〈バケモノ〉ナンダヨ」


 理不尽な言葉が酷く胸に突き刺さった。でも、それは否定できない言葉だった。


「悲シイ?」


「苦シイ?」


「痛イ?」


「外、怖イ」


「僕タチト一緒二ナレバ、ソレモナクナル」


 ──うるさい!話しかけるな!


 そう言って僕は耳を塞ぎ、顔を伏せた。


「大丈夫、怖くないから」


 の中から聞き覚えのある声があった。ハッと顔をあげるとそこには数年前に死んだ筈の両親がいた。


「ねぇ祐介」


 両親の頭や体から段々と血が流れはじめる。──あの時と同じように。


「どうしてあなただけ生きてるの?」


 その言葉はどこまでも響き続けた。

 僕は呪われている。生きていることこそが僕にとっての呪いなのかもしれない。


「待ってて、今そこに行くから……」















「──────っ!!!!」



 暗闇から景色は一変し、窓からは柔らかな朝の日差しが差し込んでいる。


「今の…小さい頃僕…?」


 全く記憶にないことの筈なのに何かが引っ掛かる。それに、あの声がまだ聞こえてくるような気がする。落ち着かなければ、と、ゆっくりと起き上がり乱れた呼吸を整えながら額から流れる汗をぬぐった。

 ふと時計を見るともう出かける時間だ。


「早くしないと遅刻だ…」


 重い腰を上げ、夕べ壁にかけた学生服を手に取った。それから出かける支度をして、鏡の前に立った。


「よし」


 鞄を手に取り家を出た。そして、今日から通う“桜乃宮学園”へ向う。数十分も歩けばすぐに学園へついた。

 校門には「祝!入学式」と大きく書かれた看板が置かれている。その看板の前で、入学生たちは親や友人などと記念撮影を行っている。僕はそれを横目で見ながら校門を通り抜けた。


 ──やっとこの日が来たんだ…。


 この学園のある街の、山の向こうの田舎町に僕は住んでいた。両親は交通事故で僕が5つの時に死んでしまい、あの田舎町に住んでいる親戚に預けられた。両親は酷く親戚たちに嫌われていたこともあり、あまり歓迎はされなかった。家では召使いのような扱い、学校では12年間虐められ散々だった。


 早く町から出たかった。そんな時に桜ノ宮学園のことを知った。受験生用のパンフレットに載っていたのだ。学年10位以内なら学費は全て免除。こんな条件のいい学校は他にはなかった。ただそれだけ偏差値も他の学校とは比べ物にならないくらい高い。そんな高校に田舎者のお前が受かるはずかないと馬鹿にされ続けた。それでも諦めず、この日を迎えることができた。


 期待を胸に、僕は教室に入る。


 ……とは言うものの、特に誰かと話したりなどすることもなく式を迎えることに。式は特に何事もなく1時間ほどで終了した。そのあとは各教室でのホームルーム。自己紹介やこの学園についての話とか……あっという間に時間が過ぎ、早くも帰宅の時間となった。

 それぞれが友人や、外で待つ両親の元へ行く。僕には入学式に来てくれる人もいなければ、友人もいない。一人は馴れている。ここで3年間無事に過ごすことが出来ればそれでいい。

 そう胸の中で思いながら鞄を手に取り、席を立った。すると、誰かが僕の右肩をぽん、と叩いた。


「これ、落としたよ」


 振り向くと、隣の席の男子が僕の生徒手帳を持っていた。どうも…とよそよそしくそれを受けとると、彼はニコッと笑う。


「どういたしまして!まー…まどか!だったよね?」


「あ…うん…。えと…」


「瀬川だよ!隣同士よろしくな」


 世間では彼のような人間を爽やかスポーツ系男子というのだろう。僕とは正反対なくらい輝かしい人だ。


「円は部活とか決めた?」


「え…まだ決めてない…どうして?」


「どうしてって、ここの学校部活は絶対だろ?明日部活紹介があって、一週間以内には入部届けを提出しなきゃいけないじゃん」


「そういえば、そうだったね…」


「なぁ知ってる?この学校のボランティア部のこと」


「ボランティア部…?」


 ボランティア部といえば地域の清掃とか、良いことをしてるイメージだ。


「中学の頃の先輩に教えてもらったんだけど、そこの部長が相当ヤバいらしい。詳しくは聞けなかったんだけど友達にも教えといてやれって言われてたから」


 ──凶暴なヤンキーの溜まり場だったりするのかな。まさか、こんなエリートばかり集まる場所にヤンキーなんているわけがないか…。


「あ…僕なんかに教えてくれて、どうもありがとう…」


「?どういたしまして!」


 誰かと普通に話すのが久しぶりで少し嬉しい。そう思う反面、怖いとも思った。こうやって誰かと話すことに馴れてないということもあるけれど、誰かと関わるということが僕にとっては恐怖に繋がる。


「もう、行くね…」


「うん。また明日な!」


 僕は逃げるように教室を出た。


「何あれぇ!せっかく瀬川くんが親切に教えてあげてるのに酷くなぁい?」


「何て言うか暗いよね~あの子。自己紹介の時も思ったけどユーレイかよ!って思っちゃった」


 クラスの女子達が僕が去るのを見ながら瀬川くんに言った。瀬川くんはそういった女子に


「別に、そういうのって人それぞれだろ?俺はあいつのこと、スゲーいいやつだと思うよ」


 と、ニカッと笑いながら言った。そのスマイルビームでクラスの女子たちは瀬川くんにメロメロにされてしまったとか、されなかったとか………。


 僕はというと、校門を出てからも先程のことをぐるぐると考えていた。


 ──つい、逃げてしまった…。せっかく話しかけてくれたのに。


 彼はすごく優しい人だ。でも、そんな優しい人でも、何かがきっかけで人が変わることもある。


「あいつらみたいに……」


 人間関係とか、僕はあまり得意じゃない。自分のためにも、他人のためにも、誰にも関わらない方がいいことだってある。お互い知らない方が幸せという方が多いのだから。


 ──気分転換に少しこの辺を散歩でもしよう。


 そう思い、ボロアパートに帰る前に近くの商店街をぶらりと歩いてみた。商店街を抜けてもう右に曲がったあとに少し進むと、人目につかないような狭い路地があった。そこを通り抜けてみると、隠れるように小さな公園があった。あまり誰も立ち寄らないのか雑草が膝の高さまで伸びている。公園にはブランコが二つしかなかった。


「なんだか寂しいな…」


 とは言いつつ、なんだか無性にブランコに座りたくなった。僕はブランコに腰を掛けた。古いせいか、ぎぃっと古い金属音が鳴る。


「うわ…漕いでも壊れないよね?」


「壊れないよ!僕いつもここで遊んでるもん」


 先程まで一人だったはずの公園で人の声がしたので思わず驚いてしまった。振り返ると小学生くらいの男の子がいた。


「ここは誰も来ないから秘密の場所なの。でも今日は人がいたからビックリちゃった。だから気づかないように近づいてみたんだ!」


 男の子は無邪気に笑いながら言った。しかし、驚いている僕の顔をみてハッと我にかえる。


「ごめんなさい!急にあんなことしちゃいけないよね…」


 先程まで楽しそうにしていた顔が、今度はしゅん、と悲しげな顔になる。コロコロ変わる男の子の表情が可笑しくて、つい笑ってしまった。


「怒ってないから大丈夫だよ」


「本当に?よかった…僕すぐ人のこと怒らせちゃうから。だから友だちもいないんだ。みんな僕のこと、嫌いって言うの」


 僕は勝手にこの男の子を昔の自分と照らし合わせてしまっていた。

 誰かに嫌われる辛さは誰よりもわかる。一人でいたいなんて本当はただの強がりでしかないんだ。


「僕もう帰らなきゃ!──ねぇ、お兄さん明日もここに来る?」


 男の子は僕の顔を覗きこむ。また来てほしい、そう言わんばかりの期待の顔で。


「あ…明日も、来ようかな…」


「やった!ばいばいお兄さん、また明日ね!」


 無邪気に手を振る男の子が見えなくなるまで僕は手を振っていた。そこで誰かが見ているとも知らずに。


「これはおもしろいモノを見てしまった。──事件の臭いがする♪」


 そんなことも知らずに僕は嬉しげにボロアパートに帰ったのだった。




 続

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