かませ稼業を引き継ぐ人がいない!

ちびまるフォイ

かませ、逃げ出した後…

「とにかく! 俺はぜったいかませ稼業なんか継がないからな!」


「サトシ、この家は代々かませ稼業をなりわいとしてきたんだ。

 社員もたくさんいる。それを蹴って、いったい何になりたいんだ」


「そんなの知るか! 誰かのために負け続けるかませ稼業なんてまっぴらだ!」


「サトシ、お前の名前も、かませ稼業を継いでほしいということからつけたのに……」


「……え? なんで俺の名前はサトシって名前なんだ?」


「お前が生まれたときな、テレビでポケモンのアニメがやっていて……」


「稼業関係ねぇじゃねぇか!!」


俺は家を飛び出して河川敷にいって、川に向かって石を投げていた。


「くそ……誰がかませ犬になんてなるもんか。

 かませ稼業なんてなくったって、なにも変わるもんか」


子供のころは、かませ犬としていつも負け帰る父の姿をかっこいいと主思っていた。

いつか自分もこうなるんだろうなと思っていた。


それが成長するにつれ、雄々しかった父親の後ろ姿は

ひどくみっともない中年のみすぼらしい背中に見えて来た。


「俺はぜったいにあんな風になるもんか……」


俺はしばらく家に帰らなかった。

帰ったらまた稼業を継げ継げと言われるだけだったから。




数日が過ぎた。


『本日で、この国の生産力は40%落ちています。これはどういったことでしょう』


『子供の学力がみるみる下がっています。なにが起きているんでしょう』


『出生率がまた下がりました。原因はなんなんでしょう』


ニュースでは繰り返し、この国がじわじわと追い詰められていることを報道している。

コメンテーターも評論家も大学の偉い先生も首をかしげている。


「かませ犬がいなくなったんだ……」


俺がかませ稼業を継承しなかったことで、かませ役がいなくなった。

そして、誰もが"競いあって勝利する"がなくなり、今の状況になっている。


それがわかるのは、この裏稼業を知っている俺だけだ。


「し、知るもんか!! 俺が悪いんじゃない! 俺は稼業なんて継ぐもんか!

 俺は自分の人生を最大限に満喫してやるんだ!!」


できるだけ家から遠い歓楽街へと遊びにでかけた。

町を歩いていると、偶然に女性とぶつかってしまった。


「あ、すみません!」

「いえ、私こそ……」


ふたりで地面に落ちたカバンの中身を拾おうと偶然手と手が重なる。


「「 あっ……/// 」」


まさにチョロ……運命だった。


目くばせだけでお互いの気持ちに気付いた俺たちは、

出会って3秒で恋に落ちた。


「今日、私の部屋に来てくれる?」


彼女は恥じらいながら誘った。

かませ稼業では絶対にありえない展開に心躍った。


彼女の部屋につくと待っていたのは、ガラの悪そうな男だった。


「なんやてめぇ、人の彼女に手ぇ出すとァ、いい度胸じゃねぇ!」


「え!? え!? なにこの展開!?」


「ごめんね、私、つつもたせ稼業なの~~」


彼女はペロッと舌を出して悪びれずに言った。


「この落とし前はきっちり払ってもらうぞ!

 いいか、てめぇが人の彼女を取ろうとしたって会社にばれたくなけりゃ

 今すぐ金を用意して持って来い!!」


「会社……ね」


「なんだてめぇ?」


「俺には……ばらされて困るような勤め先もないんだよぉ!!」


俺はやぶれかぶれで思い切りこぶしを振るった。

かませ稼業からもドロップアウトしたあげくに待っていたのはハニートラップ。


そんな自分の境遇からもはや失うものなど何もない。


バキっ。


思いのほか手ごたえというか拳ごたえがあった。

目を開けると、ガラの悪そうな男が倒れていた。


「うそ……!?」


勝つと思ってなかったのは、俺だけでなく彼女もだった。


「あなたがそんなに強いなんて思ってもなかった……」


「俺自身驚いているよ……」


「ねぇ、私をここから連れてって!

 本当はこんなつつもたせ稼業なんて嫌だったの!

 後継ぎがいなくなったっていい! 私は自由になりたい!!」


そう訴えかける彼女に、自分の姿を重ねていた。


「わかった、もうつつもたせ稼業なんてやらなくていいようにするよ!」


俺は彼女の手を引いて部屋を出た。

まもなく夫婦になって幸せな家庭を築いた。


幸せを痛感していたころ、道を歩いていると、ケンカが行われていた。


「ぐはっ……! ま、負けたぁ!」


片方が地面に倒れていた。その顔に見覚えがある。



「あの人……! 部屋にいたガラの悪い男じゃないか!」



髪型や服装は大きく変わっているが顔は変わってない。

明らかにキャラが変わっていることに違和感を感じた。


「あんた、嫁のところにいたガラの悪い男だろ、なにやってるんだ」


「ああ、それは秘密してください。営業妨害です」


「営業?」


「ぼく、かませ仕事やっている従業員なんです。

 誰かに負けることで、世界を円滑に進めているんですよ」


「かませだったのか……!!」


妻にそのことを聞いてみると本当に驚いていた。

結局、俺たちの恋愛結婚はたった一人のかませ役にしてやられていた。


「そうか……かませ稼業って、本当に大事なんだな」


「あなた、どうするの?」


「……決めた、俺、あの稼業を継ぐことよ」


「本当に? でも、あの稼業は私の……」


「ああ、君とこうして出会えたのも、その仕事あってこそだ。

 その仕事の後継ぎがいなくなるのは寂しいじゃないか」


「でもあなたにできると思えないわ! 根本的な問題があるじゃない!」


俺は妻の手を握って、そのうるんだ瞳を見つめた。


「大丈夫。君がいれば、どんな仕事だってできる」


「あなた……///」


俺は稼業を継いで仕事をはじめた。









「はぁい、お兄さん、俺とえっちなことしないぃ♥」



彼女のつつもたせ稼業の方をついだ俺は、

今日も街角でハニートラップを仕掛けている。


俺の今の姿を連絡したきり、父からは連絡が来なくなった。

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