32:着物のお姉ちゃん
「やだぁ~~~っ! 写真なんて撮りたくないよぉ~~~~っ!」
そんな悲鳴が響き渡って、店の窓ガラスがびりびり震えた。
その日、俺とユウが店の手伝いをしていると、親子連れ客がやってきたのだ。
母親一人と、幼稚園くらいの男の子一人。
男の子は立派な袴を着ている。たぶん、七五三だろう。
けど、着慣れない服が気に入らないのか、やたらに大声で泣き叫んでいた。それだけならまだしも、店の柱に掴まって、絶対にカメラの前に行こうとしない。
うちの父は、カメラを構えつつちょっと困った顔をしている。
男の子の母親のほうも、必死になだめているのに、
「ほら、しょうちゃん、ちゃんとお写真撮って貰おうね?」
「やだ、やだやだやだよぉ~~っ!!」
……まったく効果はないみたいだ。
「ずいぶん強情な子だね、お兄ちゃん……❤」
「そうだなぁ」
一方、父もそこでへこたれるほどもぐりではなかった。
「ほら僕、ア○パンマンだよ。こっちにおいでー?」
と、アンパンマ○の形をした風船型の笛を取り出した。
風船部分を、手で「ぷしゅっ」と潰すと、空気が出て、笛の音が鳴る。という、オモチャらしい。
ピーッ!
が、鳴らしても、
「ヤダヤダヤダぁ~~~っ、ア○パンマン嫌い~~っ!」
やっぱり泣き止まない。
アンパ○マンが嫌いだなんて、なんて罰当たりなガキだろう……。
もしうちの母がいれば、なんとかなだめたかもしれないけど、あいにく今は買い物に出かけている。
「どうしよう、お兄ちゃん……あの子、ぜんぜん言うこと聞いてくれないね」
「そうだな……こうなったらユウ、お前が説得してみたらどうだ? きれいな女の子の言うことだったら、あのガキも聞く気になるかもしれないぞ」
「ぼ、ボク、女の子じゃないってば!」
ユウは、おずおずと店舗の中に入っていく。
なんだか、店に野生の美少年が迷い込んだみたいな感じだけど……。
いちおう、うちのロゴが入ったエプロンをつけている。店員だと分かるはずだ。
「ねぇ君、どうしたの? お写真、撮りたくないの……?❤」
中腰になって目線を合わせ、ユウはニッコリ笑った。
その瞬間――男の子は瞬時に叫ぶのを止めた。
目を見開き、口を大開きにし、みるみるうちに顔が耳まで真っ赤になっていく。
「あ、ぁ……!?」
と、言葉にならない声を発する男の子。
あっ……。
これは、初恋に落ちたな。
大体、小学生くらいで初恋に落ちる人は多いと思う。
俺らがいた小学校の場合、おそらくほぼ100%の生徒が――俺も含めて――ユウが、初恋の相手だった。
ユウが教室に入ってきたり、廊下に現れたりした途端、みんながユウを目で追ってしまう。だから、手元や足元がお留守になって、えんぴつや消しゴムを手から落っことしたり、廊下に脚をひっかけて転んだり――という事故が続出したくらい。
この間、小学校の時のダチに会ったら、初恋相手のユウのことが未だに夢の中に出てきて、辛いと言っていたし。
あぁっ……ユウはなんて罪深い美少年なんだ!
「ユウの連絡先を教えて」という頼みは、もちろん断ったけど。
――という感じの、ユウの超威力スマイルをまともに喰らい、その男の子は完全に固まっていた。
そのうえ、
「ほら、写真撮ろうよっ❤ うちのお父さん上手だから、いい写真撮ってくれるよ♡」
ユウは男の子の手を握り、カメラの前まで連れて行った。
手を握るという大胆なボディタッチに、男の子は足取りが幽霊みたいになっている。
その時、彼は急に叫んだ。
「あ、このお姉ちゃん、お店の前の写真に写ってた人だーっ! ね、そうでしょ?!」
そういえば、以前に撮ったユウの写真が、店の前に貼ってあったっけ。
「えっ……❤ う、うん、そうだけど……❤」
「……僕、お姉ちゃんと一緒に写真撮る! 撮りたい~~~っ!」
と、男の子はダダをこねだした。
このガキ、調子に乗ってるんじゃないか……?
「えええええっ……!?❤ そ、そんな、困るよぉっ♡」
「こら、しょうちゃん、ワガママ言わないの! お姉ちゃんが困ってるでしょ!」
「やだぁっ、お姉ちゃんと一緒に撮るぅぅぅぅぅぅっ!」
なんだか、余計に事態がややこしくなっている気が……。
そんな時、父が爆弾発言をした。
「なら、一緒に写ればいいじゃないか。
約十分後――
カメラの前には、袴の男の子と並んで、赤い着物をまとった美しい女の子がいた。
男の子に寄り添って微笑み、写真に華を添えている。
男の子は満足げで、無事写真撮影は終了した。
「いや~、ユウ。お前すごいな……マジで女みてぇじゃん」
「うぅっ……❤」
着物姿のユウに、俺は声をかけた。
「何恥ずかしがってんだよ。めちゃくちゃ似合ってるし、超キレイだぞ」
「……あ、ありがと♡」
ユウは、心底恥ずかしそうに返事をした。あーなんだこの可愛さ、マジで押し倒したい……。
うちは写真屋なので、万一の時のため備品に着物なども備えてある。ユウは、それを着用したのだ。
出来上がりの写真を見てみる。
ユウがすさまじい美人なので、写真の主役が完全にユウになってしまっていた。
もっとも、客はその写真で満足したようだけど……。
「素敵な写真をありがとうございました。これから神社ですので、いい七五三になりそうです」
「いえいえ。お気をつけてお出かけ下さい」
と父が挨拶している所に、男の子が再び、とんでもないことを叫び出す。
「ねぇねぇっ! 僕、このお姉ちゃんと一緒に神社いきた~~~~いっ! ねぇ、ねぇねぇっ!」
「……申し訳ありませんが、そちらは別料金になります」
エスっ気兄貴とおもちゃな弟 相田サンサカ @Sansaka_Aida
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