31:兄弟・彼女の保健体育

 「……で、なんで私が呼ばれてるの?」

 

 俺の部屋のクッションに腰掛け、明日香は不満げに言った。

 

 普段は、ユウ目当てでやたらとうちに来たがっているくせに。 


 「なんだ、何か不満か?」

 「不満っていうか……お、オナニー……の話題とか、恥ずかしいじゃん! なんで女の子にそんな話させるの?!」

 

 と、明日香は口角泡を飛ばした。

 

 なぜ明日香を家に招いたかというと、話は簡単だ。

 

 ユウがオナニーについて悩んでるので、少しでも相談相手を増やそう、という算段である。

 

 俺一人が相談に乗る――というのも悪くはないけど、それではユウも、いまいち分からないかもしれない。

 

 かといって、ユウの同級生には相談するわけにはいかない。

 

 俺やユウと特にしたしくて、相談できそうな同年代の相手――といったら、まず明日香だったのだ。

 

 「……と、言うわけなんだ。協力頼むぞ」

 「で、でもさぁ……」

 

 珍しく、明日香の歯切れが悪かった。

 

 女子にそんな話をさせるのが恥ずかしいのか、ユウもさっきから下ばかり見ている。

 

 ……まったく、こいつらは!

 

 「あーぁ、例の写真、まだあるんだけどなぁ……。協力してくれたら、明日香にやろうと思ってたのに」

 「えっ!?」

 

 ばっ! と明日香が立ち上がった。

 

 「た、タッちゃん……あなたって人は!」

 「フッ、なんとでも言え」

 

 例の写真、とは、ユウのデザートを写したアレのことだ。

 

 よっぽどその写真が欲しいらしく、落ち着かない様子で首を横に降り始める。


 「ああああああああっ……なんて究極の選択!」 

 「……おい明日香。お前ヘンな薬とかキメてないよな」

 「ないよっ……! わ、分かったよ、オナニーの相談に乗ればいいんでしょ? 乗れば!」

 

 顔を真っ赤にして、明日香はどすんと尻を落とした。うち、一階でよかった……。

 

 「それで……ユウ君は何で悩んでるの?」

 

 ユウが、オナニーの頻度で悩んでいる――ということを、俺は伝えた。

 

 「俺もユウも、ほぼ毎日やっちゃってんだけどさぁ。あははは」

 「えっ、ユウ君って、もうオナニーしてるの!? ま、マジかぁ……っ♡」

 

 何を妄想してるのか知らないが、明日香は気持ち悪い好色な笑みを浮かべた。

 

 「うふふ、えへへへへ……っ❤」

 「キモいぞお前……。ま、どうでもいいけど、それよりも、明日香はどんな感じなんだ? ほら、サンプルが俺一人だけだとさ。ユウも、良く分からないだろうから」

 「え、わ、私っ?」

 

 明日香は、ぽりぽりと額を掻いた。

 

 「ほら、ユウも教えて欲しいって。真剣に悩んでんだからさ」

 「う、うん。明日香さん、お……お願いします」

 

 と、ユウは自発的に頭を下げた。

 

 「ううううっ!? わ、分かったよ……教える、教えるから。……私なんかで、ユウ君の参考になれるなら嬉しいな♪」

 

 ニコッ☆ と明日香は笑った。


 「御託はいいから、さっさと吐いちまえよ」

 「タッちゃん、ちょっとせっかち過ぎでしょ!?」

 

 明日香は、咳払いをし、

 

 「わ、私は……そうだね……い、一週間に一回、やるかやらないか――くらいかなっ?」

 

 と、ドヤ顔でポーズを決めた。

 

 そんな明日香に、俺とユウの視線が注がれる。

 

 「……」

 

 兄弟ともに沈黙していると、明日香のこめかみに汗がつたった。

 

 ……おい、これ絶対ウソだろ?

 

 なんでか知らないが、人はオナニー回数を少なく申告したがるものらしい。

 

 明日香は分かりやすいので、そんなウソをついてることが手に取るように分かる。たぶん、ユウにだって見破られただろう。

 

 「で、ほんとは一日何回やってるんだ」

 「はぁっ!? ……ちょっ、一日何回もやるわけないじゃない、何言ってるの?! 私は、毎日きっかり午後九時にやってるんだから、そんなエッチな子みたいに――あっ」

 

 明日香は、石のように硬直した。

 

 語るに落ちる、とはこのことだった。

 

 

 「――いや~、良かったな、ユウ! やっぱり、一日一回くらいなら全然ヘンじゃないって。女でさえ、そのくらいやってるんだし!」

 「う、うん、そうみたいだね……❤ ボク、安心したよっ❤」

 

 あははあははっ、と俺の部屋に笑いが満ちた。

 

 これでユウの悩みも解決か。よかったよかった。

 

 かたや、明日香は……

 

 「うぅ……なんで自分から言っちゃったんだろ……。もっと見栄張ればよかった、私!」

 

 ぽかぽか、と自分の頭を叩いていた。

 

 普段からあれだけ欲望さらけ出しまくりじゃ、今だけ見栄を張ってもしょうがないんじゃ――と思わなくもない。

 

 でも、今は何を言っても通じなさそうなので、放っておこうか。

 

 あぁ、そうだ。

 

 追い討ちかけとこっと。

 

 「じゃ、これから毎日、夜九時になったら明日香の携帯に電話するな」

 「ヤメテ!!!」

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