30:兄弟の保健体育

 「お兄ちゃん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな……?」

 「まさか、三回連続で相談しに来られるとは思わなかったぞ!!?」


 俺は、思わず吠えてしまった。

 

 ユウのやつ、ずいぶん俺の部屋に足しげく通ってくるなぁ。

 

 これが、悩み多き思春期ってやつか……?

 

 「ほ、ほんとにごめんね……❤」

 「いや、まぁいいんだけどさ……。で、今度は何が問題なんだ?」

 

 矢でも鉄砲でも持って来い、という気持ちで泰然と構える。

 

 と、ユウはドアを開け、頭だけ外に出す。廊下に両親がいないかを確かめているようだった。

 

 「なんだ、そんなに聞かれたくない話題なのか」

 「う、うん……。あのね、お兄ちゃん」

 

 ユウは俺の傍にぴったりとくっつき、耳元に口を寄せてきた。ほのかに温かい息が耳にかかり、ちょっとばかしゾクッとさせられる。

 

 「お、オナニーって……したことある?」

 「なっ……?!」

 

 ユウは声を震わせていた。

 

 単なるエロ雑談をしにきたのではなく、真剣に悩んでいることが見て取れる表情。

 

 なるほど……。

 

 こりゃあ、確かに、絶対に両親には聞かれたくない話題だ。エロ動画を鑑賞しているところを見られるのと、同じくらいイヤかもしれない。

 

 「……そりゃ、あるけど」

 

 俺は、正直に答えた。弟相手に見栄を張ってもしょうがない。

 

 高2男子なんだし、オナニーしたことがないほうがおかしい……というか、むしろ一生の中でもオナニー最盛期って感じではないだろうか。


 「あ、お兄ちゃんもあるんだね」

 

 「あるんだね」って……。

 

 ひょっとして、ないとでも思ってたのか? いつも、妄想ばかりしている俺が!?

 

 「もちろん、ユウもあるだろ?」

 「う、うん……実は、こないだはじめて、やった……んだけど」

 

 ユウは、決まり悪そうに床を見つめた。顔がみるみるうちに真っ赤になる。

 

 「へー、こないだか……」

 

 中二ではじめて覚えた、ということなら、特に遅くも早くもないって感じかな。

 

 幼稚園でもう覚えていた俺は、明らかに早すぎだと思うが……。

  

 「あ、あの、ボクこういうことよく分からなくって。こんなことしてるのって、ヘン……なのかな?」

 「いやいや、ヘンじゃないヘンじゃない。世の中にはさ、幼稚園からオナニーしてるサルみたいなやつもいるらしいぜ?!」

 

 ユウは、ぽかんと口を開けた。そんなこと、想像もできないという風に。……悪かったな。

 

 「そうなんだ。じゃあ、特にボクは、ヘンではないんだね」 

 「むしろ、してないほうがヘンだと思うけどな? そんなに、心配しなくて良いぞ」

 

 ユウの頭をふわっと撫でる。と、くすぐったそうな顔になった。思いつめたような表情は、いつの間にか消えている。

 

 「なんだ、それを聞きにきただけか?」

 「う、うん。こういうこと、みんなはどのくらいやるのかなって、気になっちゃって。でも、学校の皆には聞けないし……」

 「……だろうな」

 

 そんなものを中学校の連中に聞いた日には、「ユウがオナニーに興味を持っている」という事実が、学校中に広まってしまいかねない。

 

 ……まぁ、ユウのエロボイスで「オナニー」という単語が囁かれた瞬間、同級生たちが全員卒倒してしまうという可能性もあるか。

 

 「こういうのって、保健体育の授業とかでやらなかったか?」

 「やったけど……あんまり詳しくはやってないから、よく分からなくって。それで、お兄ちゃん、あの……」

 

 ユウは、またもじもじってした。

 

 「最近ね、やり始めてから……毎日、しちゃってるんだけど♡ いくらなんでも、毎日……って、ヘンだよね?」

 

 と、消え入るような声で言う。

 

 「ボク、もしかして、変態になっちゃったんじゃないかって……❤」

 「毎日……だと……?! 俺は一週間に一回くらいしかやってないぞ!? なんて変態なヤツなんだ、ユウはっ!」

 「えええええぇぇぇぇぇっ……!?❤」

 

 ユウは、サーッ! と青ざめた。

 

 「そ、そんな……やっぱりボクって、へ、変態だったの……!? そ、そんなぁ……❤」

 

 力尽きたように、へなへなと膝をつくユウ。

 

 ぷっ……。こいつ、ホントに反応が可愛いやつだな。

 

 俺は、ニヤニヤ笑いながら、ユウの肩をぽんと叩いた。

 

 「……うそうそ、マジにとるなよ! 俺だって、ほぼ毎日やっちゃってるしさ! あははははははははっ」

 「?! び、びっくりしたぁ……❤ も、もぉっ……お兄ちゃんったら!」

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