第4話 交渉

ああ、私は。

この人たちを、憎みたくはないのだ。


*****


父がいなくなった後、私たちを支えてくれたのは、父の同僚たちだった。

本国頼りの小さな開拓地だったが、その分住民同士の交流は多かったのだ。

ギルドからの年金はしっかりと管理され、幼い私たちには教育と、ささやかな仕事が与えられた。


楽な暮らしではなかったが、暖かな時間だった。

……きっとそれが続くと、疑いもしなかった。


仕事の合間、コロニーの子供たちを見ていたことがある。

不思議なことに、幼い子ほど、不穏な空気に敏感なものだった。

弟も、そうだ。


半年ほど前からだろうか。

徐々に、徐々に異変は私たちの星を蝕んでいた。


*****


照明の落ちた廊下を歩く。三人と一機分の足音がいやに大きく聞こえる。

不機嫌そうな背後の男の気配に、背負ったズックがずしりと重たくなった。

名高い「海賊」の、怒気を孕んだ眼差しを思い出す。なんて命知らずな行いだと、人は言うだろう。


……それでも、見せるわけにはいかない。これは私たちの切り札だ。

隔壁内に持ち込む前に、船長と話がしたい、と。そう頼み込んだのも、交渉をこちらに優位にするためだ。

決して信頼はできない。彼らは敵国の人間で、名高い船乗りで。何より、狡猾な略奪者だ。


しばらく歩くと、先導する小柄な影……この船の主計長だという女性、ハンナ・クラークがこちらを振り返る。

追随するコミュ・ドローンが手元に駆け寄ると、またリリ、リリ、と、鈴が転がった。


『船長はこの奥に。ここからは、監視がつきます。』


「『わかってる、ヨ。』」


無機質な兵士ドローンがどこからともなく現れる。冷たく光る銃口が、無慈悲な正確さで私の眉間をにらみつけていた。

深く、深く息を吸い込む。気圧されるな、と小さくつぶやく。自分に言い聞かせるように。

――もう一度だ。気圧されるな!


一歩前へ踏み出すと、ドアは静かに開かれた。


「はじめまして、リオナール。お騒がせな旅人さん。」


似合わないほどに、穏やかな声だった。目の前の男、海賊を束ねるその首魁である男。

ハンナと同じウェーブのかかったブロンドを首元で束ね、ゆったりと腰掛けるその男。


この男に会うために。私たちは来た。


「僕は「月の面影ムーン・フェイシス」、リチャード=L・クラーク。僕に、話があるそうだね?」


「『……あなたに、見せたいものがある。』」


背後で、静かにドアの閉まる音がする。同席者は三人。

主計長ハンナと、黒髪の男。船長リチャードのそばには、気だるげな女性が控えているのが見えた。


どさり、と背中のザックを下ろす。重みで口の緩んだそれを、私は思い切り蹴り飛ばした。


「ッ!」


じゃらり。複数の銃口がこちらを向く。首元には、冷たい刃が一瞬のうちに添えられた。

黒髪の男が、一瞬のうちに抜刀していたのだ。

本当は、今の刹那に首を刎ねることも出来たのだろう。静かに手を上げて制した、目の前の男がいなければ。


「それは、プロム鉱だね?」


足元に散らばった、ほのかに青い鉱石を指して、目の前の男は尋ねる。

こくりと頷いても、首もとの冷気は消えず、船長リチャードは一瞬たりとも目を離さなかった。穏やかな態度は崩さないが、目の奥には冷たい光が宿っている。


「『ここに10キロ。船倉の荷物にもう40キロ。残りは故郷と途中のゲートに100キロずつ隠してあル。』」


「それだけあれば、この船をもう三隻は買えるね。」


冗談めかして肩をすくめる。


「ずいぶんと気が早いね。いきなり報酬の話しかい?」


「『子供の話でモ、真面目に聞く気になっただロ?』」


さぁて、と船長リチャードはおどけてみせる。


コロニーすべての蓄えと、領事館から運び出した備蓄のすべてだ。

文字通り、私たちの最後の希望がここにはある。

もはや、彼らの助力なしでは成し遂げられない。


私たちの、目的。


「『――を起こしたイ。あなた達ノ、力が要る。』」

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