第2話 星の墓場にて
これはまるで操り人形の夢。
鯨に飲み込まれる、夢。
******
マグカップの水面の、かすかな細波が消えた後。
ふっと、一瞬だけ自分の重さを失う。
『重力装置のシンクロを確認しました。』
自動操縦装置の可愛げのない声。
「ん、お疲れ様。」
「
「
正規の軍隊などで運用される場合、アタシの乗るような哨戒艇やスクーターの離着艦制御はもちろんのこと、同じ艦隊に所属する船舶の観測データを収集・演算し、航行データとしてフィードバックする役割を持つ。
簡単に言えば、「艦隊の頭脳」になる、ということだ。
離着艦などの複雑な操作は、その「頭脳」のはじき出したデータにのっとって行われる。
ゆえに、コンピュータ艦は宇宙空間での戦闘において真っ先に狙われる艦船でもある。
頭脳を打ち抜けば、残る手足はただ足掻くだけ。いわば「死に体」だ。
そうなった船がどうなるか。
同じ軍に属するコンピュータ艦に拾われてネットワークに復旧するか。
運よく逃げ延びて、どこかの惑星や衛星の周回軌道に身を潜めるか。
どちらも、出来なかったなら―――。
『…再度報告します。ドック内の気圧・酸素濃度が復旧しました。』
沈みかけていたアタシの思考を、装置の音声がそう呼び戻した。
「あ、あぁ・・・・・・『お疲れ様』。」
『音声認証を確認。以上で自動着艦
……良くないな。
今日はなんだか調子がおかしい。操縦中に気分の良くないものを見たせいかもしれないが。
あまり感傷的になるのはよそう。考えたって仕方の無いことだ。
ドック内の環境が戻ったなら、問題なく艦内に戻れるはずだ。なるべく早く狭い舟からはおさらばして、気分を入れ替えよう。
「ロイ、今どこにいる。」
操縦席の無線を船内通信に切り替えて呼びかける。
あの捻くれた同乗者は、着艦する少し前に「お客様」の様子を見に行ってから、しばらく席を外したままだ。メインルームと、船倉と、後はバスルームくらいしかない船内で、心配するようなことは無いだろうが。
『―――船倉の搬入口。荷降ろし中だ。』
しばらくして、少し疲れたような返事が戻ってくる。
同じ「
こいつの場合、気づいても返事しない可能性はあるが。それはともかく。
「降ろす荷物なんかあったか?」
いつもの遠征任務ならともかく、今回のフライトではほとんど荷物は残らなかったはずだ。
残っているとすれば、帰りの燃料代のために多めに持ってきた鉱石類の残りと、目的地で積み込んだ持込物くらいか。それでも、荷降しが必要な量じゃあない。
『阿呆か。それを取りにセレスタくんだりまで飛んできたんだろうが。』
そう言われてやっと合点がいった。
…と、同時にこいつのカタブツさに頭が痛くなる。
「『お客様』のことか?」
『…まだクライアントじゃないさ。船長が受けると決めるまではな。』
…うん、えー、っと。
「もう少しそのカタさ、何とかならねえの。」
あと意固地さと素直じゃない所と人見知りグセ。
言えば拗ねそうだ。口には出さない。
『…俺は規律に従ったまでだ。改めるならお前のほうだろう。』
規律、ね。
…確かに乗船の対価を貰ったわけでもないし、「積荷」扱いになるのかもしれない。
「それにしたって、もうちょっとこう…うん、まあいいや。」
たぶん、こいつに何言っても無駄だ。この攻め方じゃ勝てねェ。
…単に、危険な依頼に団を巻き込みたくないんだろう。で、このままだとそれが叶わないんで拗ねてる、と。
こいつの場合、いちいち筋が通ってるから厄介だ。
「…『依頼の内容は、「月の面影」の船長以外には話さない』、ねぇ。」
年の程では18にもならないだろう彼らが、三星皇国の軍人を相手によく貫いたものだ。
下手を打てば、死罪にもなりかねないだろう。何せ、彼らは「敵国」の密航者なのだから。
『…面倒事になるいつものパターンだ。』
忌々しい、といった風にロイが吐き捨てる。
『俺達の名前を出せば、三星側は手を出さないと踏んでいるのさ。何せ、俺達は反
「亡国の忘れ形見、自由の戦士…だっけか。随分と大きく出たな、あのオッサンも。」
『今は、お前もその一員だがな。』
「ハ、自由の戦士、ねぇ。ただのコソ泥がずいぶん出世したもんだよ。」
今のちょっとかっこいいな。決め台詞にしよう。いや、そういう話じゃあない。
「…名前が知れ渡れば、アタシ達も動きづらくなると踏んでるんだろうな。」
三星皇国とアタシ達は、協力関係にはあっても、同じ陣営というわけではない。
皇国の私掠証に則って『私掠船』を名乗っていても、「月の面影」海賊団はあくまでフリーランスだ。
皇国側としては、いざというときのために、いくつか保険をかけておきたいのだろう。
「その辺は、船長殿にうまく立ち回ってもらうしかないねぇ。」
しかし、まぁと続ける。
「そうやって触れ回ってくれてるおかげで、アタシ等にも仕事や『お客様』が回ってくるんだから、悪い事だけじゃあないだろ。」
『オレとしては、面倒な「積荷」は熨斗でも付けて送り返してやりたいところだがな。』
ロイが、フンと鼻を鳴らして応える。
「あぁ、あーはいはい、こいつぁ悪うござんした、と。」
…ホンッットにしつこいな、こいつ。
もしかしたら、ちょっと私怨入ってるのか。セレスタでの押し問答もあった事だしな。
今回の…ああ、「クライアント」に対して、普段よりも幾分厳しいような感じだ。本人が意識しているかは分からないが。
「それで、二人は今どこに。」
ミの無い話は、ささっとうちきるが吉だ。確かにアタシの「お客様」呼びも少々わざとらしかったかもしれない。
それにしたって、あの船長が依頼を断ったことなんて無いだろうに。
『「
「なんだかんだでやさしいんだな、副船長殿は。」
にやり、と口角を上げてわざとらしくそう言うと、通信機の向こうでギクリと身をすくめたのが面白いくらいに伝わってくる。
『、なんの、話だ。』
無理に声作らなくて良いぞ。もちろん言わない。キレるから。
「いやぁ、さすがだなと思ってさ。「積荷」サン達を起こさないように、わざわざ着艦前から船倉で準備して、着いたらすぐにベッドで寝られるように考えてたんだなーと思ったらさ?」
いやあ、まねできないわー、と、少し語尾を上げながら、煽る。
『っ、この…ッ。』
おー、ひきつっとる。
通信に出なかったのもそういうことか。眠りの邪魔にならないよう、音声を切っていたのだろう。
セレスタからこの戦場跡まで数日間、それ以前のことを考えればさらに長い間、彼らは固い船倉の床で寝起きしていたわけだ。
とても健全とは言い難いだろう。彼らくらいの年齢ならば、特に。
流石の気遣いだ。
『良いからお前も早く降りてこいッ。通信終了ッ。』
「待てって。悪かった、悪かったってば。」
いかん、弄りすぎた。
…ココでムキになっては、自分で認めているようなものだとこいつが気付くのは、一体いつになることだろう。
分かりやすすぎる。アタシも大概だが。
「もうちょっと待てよ、今回は燃料の再計算もあるんだしさ。」
くっ、と喉の奥で笑いをこらえながら、ロイを引き止める。
今回の遠征は予定以上に船内の重量変化が起こっている。
収支報告を正確に行うには、ある程度のデータが必要だ。
『っ、キャス、聞いてるだろ。』
『そないに怒鳴らんでも、ちゃんと聞こえとるよー。』
ロイの、ほとんど八つ当たりに近い問いに、キャス――カサンドラ・L・クラークが、少し間延びした声で応える。
『フル、燃料計算やったら後でしとくから、データだけ送っといてー。』
「ん、今まとめたから。機関室でいいかな。」
『お願いー。』
航行中のエンジンの回転数と、簡単な積載物リスト、搭乗者のバイタルデータをまとめて、機関室に転送する。
「後は任せた、機関長っ!」
かたんっ。勢いよくボタンを弾く。特に意味は無い。
『任されたー。』
よし、これでほんとに任務完了だ。
『…終わったなら、早く降りてこい。』
「言われなくても、すぐ行くよ。」
副船長殿も、話題の矛先がそれて落ち着いたようだ。
「
備品や食料を残して、ほとんどの物はロイが「
『…ロイ君はあれやなぁ、もうちょっと素直にならなあかんなー。』
『、ッ!』
あ、トドメ入った。
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