俺は騎馬隊同士のぶつかり合いが書きたいんだ

@nakamuraou

1-1

黒い、大きな塊がこちらに向かっている。剣を抜き、脚に力を入れた。

雪叡には、それだけで自分の意思を伝えられる。そういう調練を積んできたし、それができるだけの時を共に過ごしてきた。

景色が横に流れていく。指揮下の千騎の足音が聞こえる。黒い塊が向かってくる。

千騎を、小さくまとめた。同数の兵ならば、このまま突き崩せる。

突き崩したのち、二つに割れた兵をさらに2つに断ち割る。断ち割り、将を落とす。

脚をさらに強く締める。剣を前に突き出す。雪叡が疾駆する。後ろに続く馬群の音が大きくなる。

「突き崩せ。」

黒い塊に突っ込んだ。

だが、あるべきはずが衝撃がない。

黒い塊は自分たちの突撃をかわすように二つに分かれていた。

そして、再び一つに戻ろうとしている。それも、自分たちを押し包むようにしてだ。

部下に動揺が走るを感じた。それをかき消すように雪叡を駆けさせる。

馬は一頭でも前を駆けるものが、あれば一切の恐れなくその馬についてくる。

馬群の足音から、動揺が消え去った。

それを確認して、騎馬隊を反転させる。

加納隊はまだまとまりきれてはいない。

だが、その動きには微かに誘いだと思われるものもあった。

最初から、一撃で敵陣を二つに断ち割るつもりだった。

自ら分かれてくれたのは、その手間が省けただけのことだ。

そう思い込む。思い込むことで、迷いを断ち切る。

駆ける。風が頬を切る。景色が横に流れていく。剣を取り、雄たけびを上げながら敵陣に突っ込んでいく。

ぶつかった。一騎、二騎と兵を打ち倒していく。どこを向いても、敵の兵の姿に満ちている。

自分に向けて、剣が突き出されていくのが見えた。

敵も、その剣も、全て打ち払い、雪叡と共に駆けていく。

目の前に、青と緑の色が広がった。胸が、すっと空いていくのがわかった。

その余韻に浸ることなく、もう一度、馬群を反転させる。

加納隊を、四つに断ち割る。

手応えは、あった。だが、それでもなお加納隊は乱れ切っていない。

そのあたりの手腕は、流石だった。駆けながら、まとまり、体勢を立て直そうとしている。

昔から、部下をまとめるのはうまい男だった。だが、その乱れが収まっていく中心に自分がいる。

それを山本に教えていることには気づいていない。そのあたりは加納の若さだった。

「突っ込むぞ。」

それだけ伝える。あとは自分が先頭に立てば部下はついてくる。

加納隊の先にある、丘が気になる。あそこに昇られて、逆落としを駆けられるのが厄介だった。

勢いを増しながら、まとまりの中心に向けて突っ込んでいく。

走りながら、馬群を横に広げる。もう断ち切る必要はない。一気に、押しつぶす。

まとまりつつあった、二百騎が突出してくる。

剣をこちらに向けている将がいる。加納だ。

「馬鹿が」

思わず、そう呟いていた。

加納の顔が、確認できる距離まで近づいた。取れる、そう確信した。

そこで、調練終了を知らせる銅鑼が鳴った。





調練の講評が終わった。

山本はすぐに自分の隊へと戻っていった。

海野は、既に別の隊の調練を見ている。

斥候からの報告では、まだ他の軍は確認できていないということだ。

まだ初日だから当然かもしれないが、それでも斥候を出さないわけにはいかない。

幸い、部下たちは緊張感を持って働いてくれている。

わかっても、細かいことを言わずに居られないのは自分の性質だった。

海野には一言、「策を弄しすぎたな」とだけ言われた。

旗下の兵を変幻に操り、山本を迷わせるつもりだった。

だが、山本は迷わず、逆にこちらが惑わされた。

決断をとる時は迷わず、ただ同時に失敗した時のことも頭の片隅に入れておく。

それだけでいいと何度も言われてはいるが、それがなかなかできない。

どうしても、頭の中が白くなってしまう瞬間がある。

自分らしい動きが出来たのは、最初の突撃をかわした時と、山本に部隊を断ち割られてから、それを立て直そうとしているときだけだった。

あの時、まだ山本隊とは距離があった。逆落としをかけることも、出来た。

だが、それは部下の五百騎を足止めに使っていればだ。

咄嗟に、その判断をすることはできなかった。

斥候が戻ってきた。やはり敵の影は見えない。

部下には不安になっている顔を見せてはならない。それも何度も教えられたことだ。

今自分はそれを実践できているだろうか。そんなことをどうしても考えてしまう。

斥候からの報告では、相変わらず敵軍は見えない。

軍営は、張り詰めた空気で満ちている。

10年に一度、世界の覇者を決めるため、各国が一万の騎馬隊を出して争う戦い。

その初日なのだから、それも当然だ。

調練を続けながら、進軍を続ける。

各隊ごとの手合わせが終わったようで、全体の調練に入った。





全軍を疾駆させる。

駆けながら、陣を為す。雁行陣から、魚鱗。魚鱗から鶴翼へと。疾駆しながら陣形を次々と変えていく。

動きは、悪くない。と海野は思った。

しかし、一万の騎馬隊となると、自分の手足に如く、という域にまでに至らせることはできなかった。

それが不満だった。

麾下の三千ならば、それは適う。

どこまでも自由に、巨大な一匹の獣として原野を駆けることが出来た。

同数の兵が相手なら、誰を相手にとろうと負けるはしなかった。

自分の指揮下に入っている以上、闘うことはないが、あの山本を相手にしたとしても勝つ自信はある。

だが、それ以上になると体に重しをつけられたかのように、動きが鈍くなるがわかった。

五千、六千と数が増えるごとに、その重しは大きくなっている。

調練を積むことで、それが確かに軽くなってきている手ごたえは感じている。

しかし、枷がなくなったと感じることはついには出来なかった。

無論、三千と一万が同じ動きをする必要がないことはわかっている。

大軍には、大軍に適した。動かし方がある。

それをわかっているが自分が指揮する軍が自分の理想通りの動きができないことが、ただ軍人と

して不満だった。

5年間、この戦いのために、軍を鍛え続けてきた。

新兵に最初にやらせるのは、脚のみを使って馬を操らせることだった。

両腕を体に縛り付け、槍を持たせる。そして馬を走らせる。

当然、新兵は馬から落ちるが、何度も走らせる。

走っていてもどこか恐れの見える者は、叩き落とす。

それを繰り返す内に、新兵の眼から恐れが消える。

武器を持たせるのは、そこからだった。

片腕を縛り付け、槍を持たせる。

そして新兵と同数の兵をぶつからせる。そして、新兵は何度もたたき落とされる。

最初は、新兵の眼には闘志の色が濃く出る。

繰り返す内に、闘志よりも、憎しみが強くなる。一番死にやすいのが、この時期だ。

再び憎しみが消えた頃に、馬が自分の意思を読み取ろうとしていることに気付く。

馬が、指示を与える前に、自分の駆けたい場所へ駆けだす瞬間がある。

それが騎兵としての始まりだった。

そこからは、ひたすらに調練だった。

実戦形式で、ぶつかり合うこともある。

族の討伐に、賊よりも少ない数で向かわせることはざらだった。

兵糧を持たせず、百日間ひたすら行軍をさせることもした。

野ざらしになりながら、木の実や虫をくってひたすらに駆けた。

死人の出ない日はなかった。必ず、動きの悪い兵から死なせていった。

そうすること全体の動きがよくなっていく。

そうして鍛えた兵の中から1万の兵を選び、それを千騎ずつの十の部隊に分けた。

その内の三つを自分の麾下とし、五つを大隊長として長野が束ねている。

残りの2つは、遊撃隊とし、山本と矢沢にそれぞれを率いさせることにした。

獲物は、槍、弓、大斧などそれぞれの隊ごとにまとめている。

山が遠くに見える。

そこまで、起伏のある丘がいくつも連なっている。

伏兵、逆落とし、誘い込み、取れる戦術はいくらでも浮かんでくる。

魅力的であり、危険な場所でもあった。

ここで仕掛けてくるのは、自分と同じく己の軍略に自信のあるものだろう。

何も考えずに戦を仕掛けてくる者など、この戦いにはいないのだ。

疾駆を止め、馬を休ませる。

戦中とはいえ、調練をしないわけにはいかない。馬は一日でも走らせなければ、動きを戻すのに一月はかかる。

とはいえ、調練で馬を潰すわけにはいかない。その当たりの呼吸は、前の戦で習わせてもらった。

斥候が戻ってきた。あたりに敵はいない。

「初日はこんなところですかね。」

副官の久瀬が、言った。

この男には、こういうところがある。

「油断をするな。初日から敗者が出た例は、いくらでもある。俺たちがそうならないとは、限らないのだ。」

兵の士気にゆるみを感じると、それに同調するような言葉を吐く。

そして、それを諫める言葉を、俺から引き出そうとする。

「は、申し訳ありません。」

兵を気遣っているのか、俺の威厳を高めようとしているのか、わからない。

ただ、久瀬のこういうところを、海野は嫌いではなかった。




1万の軍勢を発見したのはここに来てから三日目のことだった。

総隊長であるハリスはその報を聞くと、三千の兵を率いて消えた。

副官であるケニーが受けた命令は、残った七千を率いてその一万とぶつかれということだけだった。

ハリスの命令はいつもそうだった。いつ、どこで、どのようにしてぶつかれという細かいことは言わない。

大雑把な指示だけを与え、あとは自分でどうするかを考えろと言わんばかりだ。

初めの頃はそのことを不満に思ったこともあったが、今はもうそれは消えている。

戦が、生き物であることをハリスは知っているのだ。

細かい計略は、一つが狂えばすべてが狂う。大まかな方針を立てて、それにそれない範囲で現場で判断をする。

あとは決断を遅らせなければいい。

そのやり方が、ハリスには合っているようだし、自分にも合っていることを気づかされた。

「向こうも、気づいていますかね。」

カミュだった。上級将校の中では、最も年嵩だろう。

今のハリス軍に所属している者は、ハリス以外の全員が、一度はこの男の下で調練を受けている。

副官である、ケニーもそうだ。

そのせいか、どうにもこの男と相対する時は気遅れしてしまう。

それを気づかせないように心がけてはいる。カミュも気づいている素振りは見せない。

だが、カミュは自分の弱さを察しているだろうと、ケニーは思っていた。

自分が調練を受けているころからそうだったし、そうでなければ、ハリス軍の調練担当は務まらない。

「少なくとも、私はその前提で動くつもりでいる。」

カミュがケニーに声をかけてくるのは、今が頃合いだとみているからだった。

それはケニーも同じだった。

斥候の報告を聞く限り、敵は堅陣だった。攻めづらい地形を選んでもいる。

これ以上待っても、隙が生じることはないだろう。

「カミュ」

声を出す。

カミュが、短く返事をした。

剣を天に掲げる。剣を、前に振りかざす。

兵の鬨の声が聞こえ、同時に群れが動き出した。

軍の動く気配は、ハリスもどこかで感じているだろう。

ぶつかり合いになれば、より濃く伝わる。

駆けながら、ジェシーが率いる槍騎兵を前に出す。

駆ける。土塊が、顔にかかる。それすらも、心地よかった。

軍の生活が、好きだった。

上から命令をされることも、部下に命令を下すことも、好きだった。

命令が絶対であるという価値観が肌に合っていた。

戦場が好きだった。

敵と、味方しかいない。その分かり易さは救いだった。

陣。近づいてきた。白い布に、黒で海と書かれてた旗。

斥候の報告にあった軍だ。

速度を上げる。勢いを増しながら、部隊を小さくまとめる。

一度大きくぶつかる。緒戦に小さく勝ち、流れを拾う。

海の旗が動いた。

動き出した瞬間、軍だったものは巨大な一匹の獣になった。

先行した槍騎兵が獣にぶつかる。

食い散らかされはしなかった。だが、槍が獣に突き立つこともなかった。

力を逸らされている。何故かはわからないが、そのことだけは理解ができた。

獣が弧を描きながら、右翼に噛みついてくる。

馬の嘶きが聞こえる。兵が倒れる姿が遠くに見えた。

反転。駆け出す。海の旗もこちらに向かってきている。

軍勢は、まだ獣のままだった。

ぶつかった。

踏みつぶされる。そう、感じた。

尋常ではない、圧力。少しでも力を緩めれば一気に踏みつぶされる。そう感じた。

吠えていた。

そうすることで、出し切ることのできる力があるとケリーは思っていた。

無理やりに、前に出た。隊を翻す。

海の旗も、離れていく。

手のひらに、冷たいものが落ちた。それで自分が冷汗をかいていることに気付いた。

もう一度、あの軍とぶつかる。そう思うだけで、足元が震えているのがわかる。

脚を締め付ける。震えは、止まらない。

命令だ。あの軍とぶつかるというのが、俺の受けた命令だ。

頭の中で、そう呟いた。

軍人は、命令に従うものだ。

そういう生き方が、好きだった。

そういう生き方に、憧れた。

海の旗を睨む。震えは止まっていた。

三度目。ぶつかった。

先ほどよりも圧力が強くなっている。

押されている。前線の兵を入れ替える。

勢いは、止められない。

踏みつぶされるの遅らせる。それだけで精一杯だった。

肩に痛みが走った。異様に力が入っている。

無意味に食いしばっていることはわかっている。

だが、それでも力を緩める気にはなれなかった。どこかが緩めば、一瞬で持っていかれる。

馬が倒れていくのが見える。兵が、落ちていくのも見える。

流れる血すら、鮮明に見えた。

肩の痛みが強くなる。吼えている。喉に、裂けるような痛みが走ったことで気づいた。

真っ直ぐ、押し返そうとする。少しずつ押されている。

死が近づいているのが、わかる。

調練でも、それは何度もあった。

実戦で、死を押し返すために、調練を積んできた。

兵を入れ替える。次は、自分自身で突っ込んでいく。

ぶつかる。

「押し返せ」

叫ぶ。槍を弾く。それでも、届かない。

土煙。

右方から、近づいてきている。

圧力が、不意に弱まった。

獣が、軍に戻った。

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