第2話 空の娘

巡る四季世を、樹の香に乗せて。

緩む風、速む風、遠くへ。


いつも隣にいたはずの、あなたへ。


わたしたちというものは、ずっとひとつだった。どこからがあなたで、どこまでがわたしなのか、考えることもなく、ゆるゆる、ゆるゆる、まどろむ時間。

空であるわたし。海であるあなた。わたしたちは隔たりなく、ひとつだった。


しかし世界は進まなければいけない。命を育む源にならなければならない。そういうものなのだ。

空は空へ、海は海へ。ひとつだったわたしたちはいつしか役割を与えられ、ひとつだったことも忘れて空の娘と海の少年になった。

否やもなく離されたから、あなたの、いえ、彼の、名前も知らない。

空の化身としての姿を手に入れたわたしは、しかし声の使い方を知らない。



俺たちはずっとひとつだった。緩やかに漂っていた。ただ俺はあいつよりはしっかりしていたつもりだ。

空の娘がむかし、海と離すな離れまいと泣いた涙は雨となり、海に静かに降り注いだ。空は雨が降るほどに澄み、海は雨が降るほどに塩辛くなった。おそらくそんなことも忘れてしまっているのだろう。

あいつの悲しみは雨となって届くのに、俺の言葉が空に届くことはない。どれだけ海が荒れようとも、空に響くことはない。

あんなに雨が降っているのに、あんなに側にいたというのに、俺に出来ることは何も無い。



会いたいと思うのは生きるものの考えなのだろうか、いいえ、空も思うのだ。もう一度だけでも、声だけでも、とどいたならと。ざぶざぶと揺れて、今日も海は楽しそう。



楽しくて揺れているわけでもない、せめて空の姿を映したいと思ってみても、波の立つ身ではそれも叶わない。湖が少し羨ましい。

意味もなく荒れて、最近産まれた海鳥に怒られた。



鳥はいいわね、空も海も越えて飛んでいく。声の使い方もなんて上手いんだろう、かなしみ、いたみ、よろこびもいたわりも、声で伝えることが出来る。

かあお、と真似をしたらものすごい風が吹いて、さいきんうまれた海鳥に怒られた。



そうか、鳥か。空と海を渡る鳥。お前、空に届け物をしないか。

お前とは何かだと、お前こそ海に向かって、いいえ、お願いします。

海の心は海のように、広い。



最近さむさやあつさができたと言って、鳥がすみよい場所へ移動するようになった。あなたたちも行ってしまうのね、みんな、行ってしまう。

違うのかしら。あれは、

ああ、



空の娘に届いただろうか。海から海鳥へ、海鳥が渡り鳥へと伝えた言葉は。



渡り鳥たちが緩やかに集まって、さまざまに形を変えながら飛んでいく。わたししか分からない、海からのことば。ひとつ、ふたつ、時には数え切れないほどに空を横切って、わたしに泣くなと伝えながら。



また雨が降っている。空の娘が泣いている。次の渡りの季節になったら何を伝えようか。



次の渡りのきせつになったら、思いだして、春と秋の長い雨はかなしいからではなく、声が使えないわたしの言葉なのだと。



巡る四季世に言葉を乗せて、鳥は伝え、空はざわめく。

一年に二度、海から渡る言葉は空を彩り、長く雨を残して、そして虹が


虹が、ほんのつかの間の時間、海に喜びを伝えている。

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歌う風の森 花ほたる @kagimori123

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