第3話 小さな町の大きなドラゴン

 その日の夕暮れ、町ではパン屋のチビ助が家を出て行って帰ってこないと大騒ぎでした。町中探してもいないとなると、町の外で何かあったのではないか、それこそドラゴンに――。


 パン屋の夫婦は不安でいっぱいです。チビ助が行きそうなところは全部探しましたが、見つかりません。困り果てて早く無事に帰ってくることを祈るばかりです。


 そしてそろそろ日が沈もうという時、空に黒い影が現れました。ドラゴンです。

 とうとうドラゴンが町を襲いに来たと、人々は慌ててあちこちにかくれました。

 ドラゴンは、小さな町の上をぐるぐる飛び回ると、町で一番大きな広場に着地しました。


 恐る恐る人々がドラゴンの様子をうかがっていると、なんと背中から小さな人影が降りてきたではありませんか。


 そう、チビ助です。薄暗い夕日の中でも、みんなはっきりとわかりました。


 パン屋の旦那さんは慌てて息子に駆け寄りました。


「チビ助! お前……」


「ただいま、お父さん」


 何事もなかったかのように、チビ助は笑顔です。いいえ、むしろとてもいいことがあったかのように嬉しそうに笑ってます。


「あのね、僕の新しい友だちの、ドラゴンさんだよ」


 紹介されたドラゴンは照れくさそうに、それでもしっかり首を縦に振ってお辞儀をしました。


「ねぇ、みんな聞いて欲しいんだ。今日からドラゴンさんは僕の友達なわけで、えーっと、この街で一緒に暮らしたいんだ。友だちだからさ。」


 チビ助はそう言いましたが、遠巻きに様子をうかがっている街の人や、パン屋の旦那さんは、とても不安そうでした。


 でも実は、ドラゴンが一番不安なのでした。今までさんざん好き勝手やって人間たちを怖がらせてきたのですから、無理もないことなのです。


 その時、チビ助よりも幼い女の子が恐る恐る一匹と一人に近づいてきました。


「あの、ドラゴンさん。口から火を吹くってほんと?」


 女の子はどうやら恐怖や不安よりも好奇心が強かったようです。

 でも、今の不安でいっぱいなドラゴンさんにはその一言で十分でした。得意気にエヘンと腰に前足を器用に当てました。


「もちろんだ! 見てろよ」


 お空に首を伸ばして天に向かって口から、火を高く吹き上げました。


「すごい! すごい! きれいだわぁ!」


「そうか? これだけじゃないぞ、こんなことだって出来るんだぞ」


 目を輝かせて女の子に褒めてもらったドラゴンは、嬉しくなってさらにお空に向かって火を吹きました。今度はリズミカルに鼻の穴からこぶりな火の玉を吹いて、まるで鼻歌を歌っているかのように右左の鼻の穴から1つずつ吹いたりしました。そして最後にもう一度、口から火の玉を吹いて終わりました。それは思わず誰もが見とれてしまうはどきれいな炎でした。


「うわぁ、まるでお祭りの花火みたい!」


「そ、そうか?」


 まだまだ人間にほめられることに慣れていないドラゴンは、照れてしまいました。


「あ、ドラゴンさん、照れてる」


 また別の子どもが近づきながら言いました。


「ドラゴンさんは、どのくらい早く飛べるの?」


 さらに別の子どもが言いました。

 いつのまにやら、ドラゴンはこの町の子どもたちの人気者になっていました。ドラゴンだって嫌な気はしませんでした。むしろ、とても嬉しかったのです。


 そんなちょっと微笑ましい光景を目にして、大人たちもいつの間にか笑顔です。おそらく誰もドラゴンを追い出そうなんて思ってないはずです。


「ねぇ、ドラゴンさんもこの町で一緒に暮らしていいよね?」


 チビ助はもう一度、大きな声を出して言いました。


「もちろん! もちろん!」


 町中の子どもも、大人もそう声を張り上げました。

 とても長く生きてきたドラゴンにとってこんなに嬉しい出来事は初めてでした。


「あれ? ドラゴンさん、もしかして嬉しくて泣いている?」


 にっこり笑ってチビ助はドラゴンを見上げながら言いました。


「そんなわけないだろ」


 強がってそうドラゴンは言いましたが薄暗い夕暮れの日差しの中で、たしかに誰が見ても嬉しくて涙をこぼしているのがはっきりとわかりました。


「チビ助、これで明日から毎日、あのジャムパンを食べさせてくれるだろな?」


「もちろんだよ」


 この日から、ドラゴンは立派なこの小さな町の住人になりました。

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