第2話 町の外の大きなドラゴン
ここで少しこの王国のドラゴンについて、お話することにしましょう。
不死身とも言われているドラゴンは、人間なんかよりもはるかに大きく、火を吹きます。たいていのドラゴンは、海のはるか向こうの大きな人間のいない島に暮らしています。人間とはあまり関わりたがらないのです。それがドラゴンというものです。
だから、この王国のドラゴンは変わり者と言ってもいいのです。
昔、それこそチビ助のおじいさんが生まれるよりも前から、この王国にやってきて、あちらこちらの人里近い山や谷に住みつくのです。そして前にも言いましたが、金銀財宝や食べ物を人間から奪ってしまうのです。
そんなドラゴンが近くにやってきたのですから、町中が大騒ぎになるのもうなずけます。
ところで今、ドラゴンは少し困っています。
それは、寝床に決めたほら穴があまり居心地が良くないのです。かといって、来たばかりで他の土地を探すのもなんだか気にさわります。ドラゴンは少しイライラしていました。
「ふん。つまらん!」
お空に向かって八つ当たりすると、ボワッと小さな火の玉が、鼻息とともに吐き出されました。
小さな火の玉を少し離れた場所から見ていた小さな人影がありました。
チビ助です。チビ助はドラゴンに会いに家を出たのでした。
太陽も高く登り、もうすぐお昼という時間になって、ようやくチビ助はドラゴンのもとにたどり着きました。ずっと歩いてきたので、本当はとても疲れていましたが、そんなとこはドラゴンの姿を目にしたら吹き飛んでしまいました。
ドラゴンの体は黒く、目は金色。今は翼をたたんでいますが、それでもその首を伸ばせば、三階建の家の屋根よりも大きい体を持っていました。
チビ助は勇気を出してドラゴンに話しかけました。
「ねぇ、ドラゴンさん!」
ドラゴンはその声を聞いて、キョロキョロと声の主を探しますが、なかなか見つかりません。
「ねぇ! ドラゴンさんってばぁ!」
また声がしました。ですが、姿は見当たりません。
チビ助は頭の上をキョロキョロを探しまわるドラゴンに、ようやく自分が小さいから気が付かないのだと気が付きました。そこで、近くにあった大きな切り株の上に立って、もう一度声をかけました。
「ドラゴンさん! 右足の前の切り株の上を見て!」
ようやくドラゴンはチビ助を見つけることが出来ました。
「ふん、なんだ子どもか」
「うん、そうだよ。僕はアルフレッドって言うの。でもみんな、僕のことをアルフレッドって呼ばないの」
「では、なんて呼ばれているんだ?」
自分に話しかけてくる小さな子どもに興味を持ったドラゴンは、首を曲げてチビ助にたずねたのです。
大きなドラゴンが自分に興味を持ってくれたので、チビ助は嬉しくなりました。
「あのねのね、僕は小さいから、小さいのとか、ちびとか、チビ助とか呼ばれるの。でも、チビ助って呼ばれるのが一番多いかな」
確かにチビ助は、ドラゴンから見ても小さいように見えました。
「では、チビ助とやらは、俺になんの用があってきたんだ?」
ドラゴンもチビ助と呼ぶことに決めたようです。
「実はね、町のみんなが……」
ぐうぅぅぅぅぅぅぅ
話し始めたチビ助のおなかの虫が、それはもうドラゴンにも聞こえるほど盛大な音を立てたのです。チビ助は恥ずかしくなって思わず、おなかをおさえてしまいました。無理もないことです。
けれども、ドラゴンはそんなチビ助の仕草がよほど面白かったのでしょう、声を出して笑いました。むっとしたチビ助は言いました。
「仕方がないじゃないか。朝から歩きっぱなしで、もうお昼だよ。本当ならお昼ごはんを食べていたっておかしくないんだよ」
「ほぉ、お昼ごはんか」
そう言って少し怖い目をして、チビ助を食べてしまうぞと言わんばかりに、にらみつけました。大抵の人間、それこそ大の大人だってきっと逃げ出したことでしょう。
チビ助は逃げませんでした。それどころか、笑顔になってドラゴンを見上げました。
「よかった。ドラゴンさんもおなか空いているんだね」
「あ、ああ」
想像もしなかったチビ助の言葉に、ドラゴンは思わずうなずいてしまったのです。あっけにとられているドラゴンにチビ助はますます笑顔になります。
「じゃあ、お昼にしよう!」
「は?」
ますますドラゴンは、わけがわからなくなりました。普通は尻尾を巻いて逃げ出すか、腰を抜かしてもおかしくないはずです。なのに、この子どもは笑顔になって、それもお昼を食べようと誘ってきます。不死身で何百年以上生きてきたドラゴンですら、初めての出来事でした。
そんなドラゴンを知ってか知らずか、チビ助は背中に背負っていた大きな包みをおろしました。
「僕の家はパン屋なんだよ。ジャムパンが一番美味しくてね、町中の人が美味しいって買ってくれるの。そんなジャムパンをドラゴンさんにも食べて欲しいんだ。だから、とびきり大きなジャムパンを作ってきたんだ」
大きな包みを広げると、中には確かに大きな大きなジャムパンが入っていました。
笑顔で差し出されたジャムパンを見てドラゴンは、戸惑いました。笑顔で人間から何かを差し出されたことなんて一度もなかったからです。怯えていたり、泣いていたり、怖がられていることが当たり前でした。
ドラゴンには、そのジャムパンをどうしたらいいのかわからなかったのです。
でも、そんなに悪い気はしません。むしろ、ちょっぴり嬉しいような恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになりました。
「……たべていいのか?」
「うん! もちろんだよ、そのために作ってきたんだから」
ドラゴンはゆっくりとパンを掴むと、チビ助とパンを交互に見比べました。あいかわらずチビ助は笑顔です。
「ふん!」
突然、ドラゴンが鼻を鳴らしたので、チビ助はびっくりしました。気に入ってもらえなかったと思いました。
ドラゴンはジャムパンを少しちぎるとチビ助に差し出したのです。
「ほら、チビ助も腹減ってんだろ?」
「え、あ、ありがとう!」
チビ助がパンを受け取ると、ドラゴンは照れ隠しなのか、ちょっとそっぽ向いてむしゃむしゃとジャムパンを食べました。
「……美味いな」
ぼそっとドラゴンが思わずそう言うと、ぱっとチビ助は顔を上げました。
「ほんと? 美味しかった? もう一度言って、ねぇ、お願い」
チビ助があまりにも嬉しそうにはしゃぐので、ドラゴンも少し嬉しくなりました。
「美味いなんてもんじゃない。俺はこんなうまいもの食べたのは初めてだ」
「よかったぁ、ドラゴンさんに褒めてもらっちゃった」
「俺に褒められただけでそんなに喜ぶことはないだろう。町中の人間が褒めてくれているんだから。そう自分で言っただろ?」
心の底から喜んでいるチビ助に、ドラゴンは心底不思議がっているようでした。
「うん、言ったよ。だけどね、ドラゴンさんに褒めてもらえたことが一番嬉しいんだ。うまく説明できないけど、仲良しになれたっていうか、友だちになったみたいな感じで」
「友だち?」
「そう、友だち。僕のことをチビ助って呼んでくれて、ドラゴンさんに食べてもらおうとしたパンを分けてくれて、それでパンを美味しいって言ってくれた。僕にとって、それだけで友だちになれたような気がするんだ」
「……」
「あ、ごめんなさい、ドラゴンさん。ドラゴンさんはとこんなちっぽけな友だちなんていらないよね」
ドラゴンは黙ったまま何も言いませんでした。
だんだんチビ助は不安になりました。ドラゴンに失礼な事を言ってしまったのではないかと。もう一度チビ助が謝ろうとした時、ドラゴンはようやく口を開きました。
「悪くないな、それも。またこのうまいパンが食べれるなら」
照れくさそうな、それでも嬉しそうなドラゴンの言葉に、チビ助はぱっと顔を輝かせました。
「もちろん!」
ドラゴンも、笑いました。
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