第4話 お別れ

 ドラゴンが町にやって来てからというのの、小さな町はさらに賑やかになりました。ドラゴンの住む町として、街の外から観光客がたくさんやってきたのです。もう、ドラゴンのことを悪いドラゴンだなんていう人は、誰もいなくなったのです。


 すっかり人気ものになったドラゴンですが、一番の友だちはやはりチビ助でした。


 何年、何十年が過ぎ、もうチビ助のことをチビ助と呼ぶ人はいなくなりました。ドラゴンをのぞいては。ドラゴンにとって、チビ助はずっとチビ助のままなのです。


 結婚もして、パン屋の跡を継いで、子どもも生まれて、本当に満ち足りた人生を送っていました。


 パン屋の一番人気はあいかわらず、ジャムパンです。ドラゴンの大好物ということもあって、売り切れる日もあるくらいです。




 ある日のことです。


 チビ助はすっかりおじいさんになっていました。この間、ひ孫が生まれたばかりです。パン屋の仕事も自分の息子たちにまかせています。


 それでも、ドラゴンが食べるジャムパンは毎日作っていました。

 いつもの様にジャムパンを持って町外れの、ドラゴンが住んでいる場所へ行きました。


「おはよう、ドラゴンさん」


「チビ助、おはよう」


 ドラゴンはジャムパンを受け取ると、早速食べ始めました。チビ助はドラゴンの隣に腰掛けて、微笑みながらドラゴンが食べ終わるのを待っていました。いつもと変わらない、ほんの小さな幸せな時間でした。


「ドラゴンさん、実はとても大切な話があるんだ」


「なんだ? なんでも言ってくれ、友だちだろう?」


「……そうだね」


 チビ助は少し思いつめたような顔をして、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めました。


「実は、もうジャムパンを持ってこれないんだ」


 ドラゴンはびっくりして、目をまんまるにしてチビ助を見つめました。


「どうしてだ! 俺のことが嫌いになったのか?」


「ちがうよ」


「なにか、怒らせるようなことをしたのか? パン屋で困ったことがあったのか? それとも……」


「全部違うよ。僕はドラゴンさんのことは嫌いになんかならないし、怒ったってそんなことは些細な事だよ。僕はドラゴンさんが大好きなんだから。困ったこともないよ。ただね……」


 とても言いづらそうなチビ助でしたが、思い切って言いました。


「お別れしなくちゃいけないんだ」


 思いもよらない言葉にドラゴンはしばらくのあいだ、言葉が出てきませんでした。


「俺をおいてどこに行くんだ。どこか行くなら、一緒に行こう! 俺の自慢の翼で運んでやるから、世界中のどこにだって行けるんだ。だから、一緒に行こう」


「ありがとう、ドラゴンさん。すごく嬉しいし、僕も一緒にどこにだって行きたい。でもね、僕はもうおじいさんなんだよ。もうお迎えがくるんだ」


「お迎え?」


 チビ助は少し泣きそうに、それでも穏やかに言いました。


「そう、お迎え。ぼくは、天国に行かなきゃいけないんだ」


 ようやく、チビ助の言っていることがドラゴンにも伝わりました。不死身のドラゴンには当たり前ではなかったのですが、人間がいつかは死ぬという事実を突きつけられたのです。なんて言ったらいいのかわからず、ただただ打ちのめされているしかドラゴンにはできませんでした。


「ごめんね、ドラゴンさん。悲しい思いをさせてしまうけど、この町は小さいけど、いい人たちばかりだから大丈夫だよね」


 ドラゴンはうなだれたままです。


「もっともっと、一緒にいたかった。僕はドラゴンさんが大好きだから」


「俺もだ。俺もチビ助が大好きだ」


「だから、僕のことを忘れないで欲しいんだ」


「忘れるものか、友だちだろう?」


「そう、友だちだからね」


 そう言って、チビ助はドラゴンを抱きしめました。


「ずーっと、友だちだったし、これからも友だちだよ」


 大きな1匹と小さな1人は、その日の夕暮れまで一緒にとりとめのない話をして、チビ助は家に帰って行きました。


 まるで、初めてドラゴンがチビ助を乗せてこの町にやってきたあの日の夕暮れのようです。




 その日の夜、眠ったままチビ助は天国へと旅立っていったのです。

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