アヤコとユキエ


 これでアヤコとユキエはずっと一緒、そうだと思っていた。

 それが間違いだと気づくのは、高校生になってからだった。



「アヤコ、ちょっと聞いてくれる?」

「何ー?」

 学校からの帰り道、ユキエが切り出したのは、同じクラスの男子の話だった。

「アキラくんがどしたの」

「うん……ねえアヤコ誰にも言わないでね」

「えっ何」

 その時のユキエは、ほっぺたが真っ赤だった。その目は少し潤んでるようにさえ見えて、私はなんとなく、綺麗だなぁ、と思いながら見ていた。

 だけど、次の瞬間。

「私、アキラくんと付き合うことになって、さ」

 衝撃だった。恋愛というものが存在することはもちろんわかっていたけれど、まさかユキエが誰かに、誰かと、恋……恋をするなんて、今まで考えてもみなかったことだった。

「……アヤコ?」

「あ、うん、ちょっとビックリしただけ」

 なんとなくユキエは私といられたらそれでいいんだろうなんて思っていたけれど、ふと我に返ってみたらそれはひどく傲慢な考えだ。

「うん……誰にもまだ、内緒だよ? 言うのは親友のアヤコだけだから」

「も、もちろん」

「ありがとう! アヤコも好きな人いたら言ってね、私サポートするから」

「……うん」



 家に帰って、もやもやするままお風呂に入った。私の身体はすっかり女の子のそれで、胸もクラスの平均的なサイズより大きいかもしれない。長い髪を洗うのはちょっと手間だけど、ユキエがさらさらだと褒めてくれるので手入れは怠らない。

「あー、あ」

 私はユキエといたくて女の子になったけど、ユキエは他の誰かとも一緒にいたいのか。いや、友達という意味なら全然わかるんだけど……恋人……。

「ユキエが遠くに行っちゃってるみたいな気持ち」

 ヤキモチやいてるのかな。でも、でも親友って言われてるのに。友達の中では、一番、なのに。



「私、ユキエが好きなのかな」

 ベッドに腰掛け、冗談のつもりでそうつぶやいた途端。すべてのピースがはまる感覚が全身を貫いたような……そんな、感じがした。



 子供が性別の選択前に恋を知るケースが、ごくまれにあるらしいと何かで読んだことがある。そうなるとだいたい、恋をした相手と逆の性別を選ぶとうまくいくらしい。私がそれだとしたら、

「バカじゃん私……なんでアヤトにしとかなかったの」

 ずっと気づかなかった。ずっとユキエが好きだったこと、ユキエに恋をしていたことに。

 十歳になったユキエが、初めて女の子になって現れたとき、私は肩に触れるのをためらった。それくらい、ユキエは可愛かった。

 今の私を、ユキエは美人だと褒めてくれるけど。でも、でもそれでも、私はアキラくんには勝てない。だったらこんな容姿意味ない。長い髪も長いまつげも、膨らんだ胸も細い手足も、全部意味なんかない。

 このままハサミで髪を切ってしまおうかなんて、そんな考えが頭をよぎる。でも、そんなことしたって男にはなれないと思ったら、机の上に伸ばしかけた手もぱたりと膝の上に落ちた。

「ほんっとバカ……どうすんのこれ……ほんと……」

 涙がぼたぼた落ちて、お気に入りのパジャマを濡らす。漏れ出てくる嗚咽は高くて、声変わりなんかしてない女の声だった。



 アヤコとユキエはずっと一緒、確かにそれはそうかもしれない。

 でも、望んだ形じゃないと気づいてしまったから、失敗したなって思うの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アヤのあやまち 涙墨りぜ @dokuraz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る