そのなな。 それでもかわらない、なにか

えぴろーぐ



「被害総額の試算が出たらしいな」

「もう目を通した。まったく、気の遠くなるような数字だよ」

「こんなことが何度も続けば、本気で日本が傾きかねん。早急に手を打たねば」

「元通りにしようとするから金がかかるのではないか? ここは発想を逆転して……」

「そんなことより夢想童子だ。あの子たちをなんとかしないと同様の事件が続くぞ」

「規制委員会の権限を強化しよう。国家危機レベルの姿勢で臨むべきだ」

「待て、あれだけの力だ。ただ腐らせておくのは惜しい、何かに使えないだろうか」

「それは私も考えた。彼らの能力なら、ミサイルだって撃ち落とせるはずだ」

「最強の兵器だな。“運用できない”という欠点に目をつぶれば」

「……本当にそうだろうか。夢想童子の戦闘力に注目している国は少なくないと聞くぞ」

「兵器転用を考える者が現れる可能性は十分あると考えておくべきだろうな」

「いずれにしても、新しい仕組みは必要だ。早速準備しよう」

「これで日本は変わる……変わるしかない、変わらざるを得ない」

「だろうね。そしてそれは、間違いなく世界に波及していく」

「ここから十年が歴史の分岐点かもしれん。願わくば良い方向に舵を切りたいものだ」



   ○   ○   ○



 東京デスティニーランド。日本どころか、世界レベルで有名なテーマパークである。

 いつか彼女を連れて東京に遊びに……そう考えていた寿にとって、最大の目標であったといって過言ではない。ゴールデンウィークの終わりにここに立っていることは、望外の喜びとしておくべきなのかもしれない。


 問題なのは――


「なんで俺の右手と左手にガキんちょがくっついてんですかね」

「そりゃあ君、今日は東京スカイツリー奪回作戦に参加した夢想童子たちの慰問会であるわけだからして? むしろメインはしょうちゃんと智実アップルちゃんなわけですよ」

「お義兄ちゃんアイス食べた~い」

「ひーちゃん、あれに乗ってみませんか?」

「別方向に一度に引っ張るな! 引き裂く気か!」


 何が悲しくて本命の女を差し置いてガキの面倒を押し付けられねばならないのか。夢も来るというので参加してみたが、この仕打ちは何事か。この世に神はいないのか?

 Cカップ未満は女性と認めない主義の寿にすれば、泣くに泣けない状況なのだった。


 子供の国事件。そう名付けられたあの一連の騒ぎから、一週間ほどが経過していた。

 表向きには解決したものの、様々な問題が山積みになったままだった。スカイツリーの修復、地域一帯の復興、子供の国に参加した子供たちの処遇……特にナゴミに関しては、今どこにいるのかさえ寿には知らされていなかった。


智実アップルちゃん、はいア~ン……美味しい?」

「うん、美味しい!」

「良かったね~。ハァハァ幼女の笑顔が眩しすぎてヤバい」


 夢に智実アップルの世話をお願いして、しょうと観覧車に乗りに行く。寿は寿で、そういった様々なことを気にしながらも、この一週間を何かと慌ただしく過ごしていた。


「はい、チケットを拝見致します」


 スタッフの青年に笑顔で声をかけられて、しょうが微かに顔を強張らせる。繋いだ手に力が込められるのを感じて、寿はそれを握り返しながら二人分のチケットを提示した。


 ゴンドラに乗り込み、観覧車が動き出す。しょうはどこかほっとした様子で息を吐いた。


「なぁしょう、大丈夫か? こういう場所に来るのはまだ早かったんじゃ……」


「平気、です。少しずつでも慣れていった方がいいって、お医者さんも言ってましたし」


 ナゴミから虐待の記憶を植えつけられたしょうは、一頃は精神が不安定になっていた。成人男性を異様なほどに怖がり、自分の父親とも話すことができないほどだった。

 それが実体験ではないことを時間の経過と共に次第に本人が理解していき、だいぶ回復してきてはいる。それでも大人の男と話す時には極端に緊張している……見れば分かる。


 本当は今日ここに来るのも危ぶまれたほどだ。それでもこうして外出することができたのはしょう自身の努力と勇気と……周囲の支えがあったからだろう。


「ひーちゃんとひーちゃんのおじさんとおばさんには、本当にお世話になりました。ありがとうございます」

「気にすんな、困った時はお互い様だ。ウチの親父はなんだかしなびてたけどな」


 この一週間、例外的にしょうが怖がらなかった身近な男性が二人いる。一人は寿、もう一人は寿の父親の幸である。金髪碧眼で見るからに白人であったため、記憶の中の虐待男――黒目黒髪のその男とは明らかに別のものだと認識されたらしい。

 身も心も日本人になったと自負していた幸は、しょうに“日本人じゃない”と思われたことが妙にショックだったらしく、相当打ちひしがれていた。厨房でしくしく泣いたり、それを見たしょうが慌てて白髪染めを買ってきたり、どちらが参っていたのか分からない。


 ともあれそういった事情もあり、しょうはここ数日の間は寿の家で寝泊まりしていた。娘が二人も増えた! ……と恵は喜んでいたが、あれも半分くらいはしょうに気を遣わせず、かつ元気づけるための芝居だったのだろう。残りの半分は本気だったような気もするが。


「無理はするなよ。気分が悪くなったらすぐに俺に言え。本調子じゃない時に少しくらい誰かに甘えたって、誰も文句は言わない。俺が言わせない。いいな?」

「……はい。やっぱり、ひーちゃんは優しいです」


 やや頬を強張らせながらも、しょうが微笑む。それを見て、寿は少しだけ胸が軽くなった。

 しょうは懸命に前を向こうとしている。周りがしっかり支えてやれば、きっと立ち直ることができる――そう感じさせる、以前の彼女のそれを思わせる、花のような笑みだった。


 観覧車を降りて、夢たちとの合流場所へと向かう途中、見知った顔触れと鉢合わせる。


「みんな……」

「あ、しょう! 大丈夫なの? ずっと心配して……あれ、二股さんも一緒?」

「おいコラ不名誉な呼び方はやめろ!」


 虹色童子隊――子供の国事件で、しょうと共に戦っていた夢想童子たちだ。

 戦友同士の絆があるのだろう。慌ただしくしょうに駆け寄り、口々に気遣ってくる。


 待ち合わせの売店はすぐ目の前だ。夢たちはまだ来ていないらしい。


「友達なんだろ? 少し話でもしてこいよ。俺、先に売店で待ってるから」


 しょうにそう告げて移動する。売店でコーラとドーナツを購入し、近くの長椅子に腰掛けて戦友たちと楽しげに語らうしょうを見る。最初に声をかけてきた女の子が、寿を指差して何か言っている……果たしてどんな話をしているのやら。


 そちらに目を向けながら、横においたドーナツを取ろうとして、伸ばしたその手が空を切る。はて俺のドーナツはどこにいったか、と視線をそちらに移すと、びっくりな人物がそこにいた。


「ん、むぐむぐ……これ美味しいな! 寿は美味い食い物をたくさん知ってるんだなぁ」

「ナゴミ……? お前いつの間に、っていうかどこから!?」

「どこって、あの後変な家に連れてかれて、そこで子供の国で戦った連中が、今日ここに集まるって話を聞いて、ならお前もいるかと思って隙を衝いて出てきた」

「隙を衝いて出てきた、って……」


 どの程度のものか分からないが、なんらかの監視下にあったということだろうか。攻撃したり盗みを働いたり抜け出したり、不穏当な才能には恵まれまくった少女である。


「世界の敵になるな、世界の友達になれ――そういったよな? だったら、どうやったら世界の友達ってのになれるのかを教えろよ。わ、なんだこれ口の中チクチクする!」


 ドーナツばかりかコーラまで寿に無許可で堪能しながら、ナゴミがニッと笑みを作る。偉そうに語ったそんな言葉を、危うくただの言葉で終わらせてしまうところだった。


「そう、だな。まずは手近なところで、しょう智実アップルと友達に……」

「面倒だ。というわけで、一緒に来い」

「えっ」


 ナゴミが懐から夢想玩具を取り出す。どこで手に入れたのかと呆然とそれを眺める寿の前で、彼女は夢想童子へと変身した。


「じゃ、行こうぜ」


 腕をガシッと掴まれ、そのままグイグイと――


「待て! ちょっと待て、お前これじゃただの拉致監禁じゃねえか!?」

「なんか問題があんのか?」

「大アリだボケ! 完全に犯罪だろうが!」

「ンだよ、いちいち細かいヤツだなー。そんなんじゃ女にモテねえぞ」

「大きなお世話だ! どうせお前らみてえなチンチクリンにしかモテねえよ!」

「ひーちゃん、何やって……あーっ!?」


 騒ぎに気づいたかしょうがこちらを振り返り、頓狂な声を上げる。一番会わせてはいけない人物と合わせてしまった。頭を抱える。


「あ、あなたは! どうしてここに!?」

「寿を連れ去りに来た」

「お前もうちょっと言い方がだな、っていうか俺に拒否権は無いのか!?」

「ダメです! ひーちゃんはずっとわたしと一緒にいるんです! 結婚の約束だってしたんですから!」

「けっ、知るかそんなの。あたしなんか寿とちゅーしたんだぞ、ちゅー」

「うぬぬぬぬ……ひーちゃん! わたしにもちゅーしてください! ズルイです!」

「なんでそうなる!?」

「いや、お待たせお待たせ。レジが混んでて……おおっ、修羅場ktkr☆」

「ねぇねぇ、“しゅらば”ってなぁに?」

「ん? 同じ人を好きになっちゃった子たちが、どれくらい好きか競い合うことかな~」

智実アップルに変なこと教えないでくださいよ頼むから!」


 お土産の袋を手にした夢と智実アップルが現れる。さらにややこしいことになってきた!


「ひーちゃんはわたしと結婚するんです!」

「うるせえ、あたしと幸せになるんだ!」

「相変わらずモテモテだねぇ、寿ことぶきくん」

「喜んでるように見えるんスか!?」

「……? お義兄ちゃんと結婚するの、アップルだよ? この間そう約束したもん」

「「えっ」」

「夢の中で!」

「無罪っスよね? これ無罪っスよね!?」

「十年後の修羅場は逆に確定したかなー♪」

「とにかくひーちゃんは渡しません!」

「お義兄ちゃんはアップルと一緒なのー!」

「ねぇ大ちゃん、あれ夢想童子ちゃうん?」

「大変だ、委員会に急いで連絡! とにかくこっちも変身しないと手も足も……」

「オッケー、お姉さんに任せなさい☆ とりあえず近くにいるしょうちゃん智実アップルちゃん、二つしかないけどハイどーぞ♪」


 お土産の袋から夢が夢想玩具を取り出し、しょう智実アップルに投げ渡す。仰天して彼女を見る。


「実はついさっきそこでお土産の玩具を購入したら、智実アップルちゃんが開けちゃってね?」

「せめて先輩が管理しといてくださいよ!?」

「「変身!」」


 二人が早速変身する。夢想童子が出現したことに気づき、人々が慌てて避難していく。しょうとナゴミと智実アップルが、寿を中心にジリジリと牽制を始める。


 泣きたい気分で、寿は夢を見た。


「先輩、助けてください……」

「世界の変革を食い止めようって男が、そんな弱気でどうするの? ハァハァ幼女の修羅場とか何コレすげえレア写真」

「おもしろがってるっスよね!? それ絶対おもしろがってるっスよね!?」


 そんな寿の絶叫は、もちろんこの場の誰の耳にも届いていないのであった。



                         終

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