ろく。







「おら、とっとと変身を解除しろ! コイツの顔をズタズタにしてほしいのか!?」


 完全無欠に悪役の台詞を口にして、ナゴミは気を失ったままのしょうの頬に、拾った刃物をヒタヒタと触れさせた。


「やめろーっ! しょうお姉ちゃんにひどいことするなああああっ!」

「うるせえ知るかボケ早くしろオラ」

「だから~! この夢想玩具はあたしたちのじゃなくて、委員会から借りたものなの!」

「あとでちゃんと返さなきゃいけないから、今渡せって言われても僕たちだって困る」

「ンなモンあたしにゃ関係ねえだろうが! コイツがどうなってもいいのか? あァ?」


「大ちゃん、どうするん? しょうお姉ちゃん、助けへんの?」

「助けたい」

「じゃあ、お前らの夢想玩具と交換だ」

「それはできない。みんなが困る」

「へぇ、コイツがどうなってもいいのかよ。まずは目からいっとくか?」

「……天國にちょっとでも怪我させたら本気で怒るぞ。絶対に許さないからな」


 少年の視線が怒気を孕む。それで怯むことはなかったが、ナゴミは内心で舌打ちした。


 子供の国を大きくしていくには、夢想玩具がどうしてもたくさん必要なのだ。これさえあれば怖いものなんか何一つ無い、どんな敵だって追い返せる。危険な相手がいるとすれば、自分たちと同じように夢想玩具を使う者――夢想童子くらいだろう。


 だから手近なところで、まずは子供の国を攻撃してきた連中の夢想玩具を奪おうとしたのだ。苦労して倒したこの女で、ついさっき学んだ人質の有効活用法を試しながら。

 途中まではうまくいった。少し脅かすだけで、あれほど暴れていた敵の夢想童子たちが簡単におとなしくなった。あとは夢想玩具を差し出させておしまい――のはずだった。


 しかし彼らは、イインカイから借りたものだから渡せない……と言い出したのである。イインカイとはいったいなんだ? そこにはもっとたくさん夢想玩具があるのか?


 議論はその一点で堂々巡りしていた。この女を傷つけることは許さない、だが夢想玩具は渡せない、しかしこの女を傷つけることは……これでは話がまったく進まない。


 と。


「ナゴミィーッ!」


 名を呼ばれる。振り返る。寿が自分に何かを差し向けて――





「わぷっ!?」


 消火器の噴射を浴びてナゴミが怯む。その隙にしょうを奪って抱えて、寿はそのまま脱兎の勢いで彼らから距離を取った。


「あ、ご飯係!」

「何やってんだよこんなところで」


 ナゴミの傍らで事の次第を眺めていた子供の国の面々が、怪訝そうに尋ねてくる。距離を取って振り返って胸を張って、寿は力強く宣言した。


「天國しょうは俺がもらったぁあーっ!」

「「えっ」」

「悔しかったらかかってこい! ケチョンケチョンのギッタンギッタンにしてやらあ!」


 言うだけ言ってしょうを担いで走り出す。後ろを見ている余裕は無い。


「けほっ、けほ……あーそーかい、そんなにあっちが大事かい。上等だ!」


 ナゴミが乗って来た。乗って来られなくても困るが、乗って来られるのもそれはそれで非常に由々しき問題がある……夢想童子ってどうやって倒せばいいんだ!?

 瓦礫の山と化した街を駆ける――再び変身したナゴミに、一瞬で回り込まれる!


「捕まえ――」

「うりゃーっ!」


 蓋を外した胡椒のビンを投げつける。油断と疲労か、まともに食らってくれた。


「ハシュッ!? なんだこ、れハシュッ!」

「はっはっは! あばよ!」


 弾が尽きた。次はどうしよう。なんとか、なんとかナゴミを止めなければ。


 と。


「お義兄いいいいいちゃああああああん!」

智実アップル!?」


 一台のトラックが並走してくる。荷台に智実アップルが乗っている(いいのか?)。速度を落として助手席側の扉を開けて、運転手が乗れとばかりに手招きをしてきた。


 あれこれ考える余裕は無い。まずしょうを放り込み、ついで自分も飛び乗る。


「乗った? 乗ったわね? 行くわよぉ!」

「先輩!?」


 ガソリンエンジンが駆動する。トラックが加速する。景色が水平に遠ざかっていく。

 通りを抜けて角を曲がって、小道に入って裏路地を進む。街中だというのに人気がさっぱり感じられない――どうやらかなり広範囲で避難しているらしい。


「先輩運転できたんですか!?」

「できるわけないでしょおおおお!? 父さんの見様見真似よ、こんなの!」

「ってか、鍵は!?」

「ついさっき“直結のやり方”ってインターネットのページ読んだの!」

「完璧に犯罪じゃないっスか!」

「うるさい、誰のせいだと思ってるのよ! 見て見ぬふりでもしろっていうの!?」

「待てぇコラ! ひぃいさぁしぃい~っ!」


 悪寒が全身を貫く。しょうを抱きかかえながら頭を沈めて身を屈める。同様に夢も身を沈め――直後、二人の首のあった位置で運転席が水平に輪切りにされた。


「さ、殺気を感じた。分かるもんなんだな、人間ってすげえ」

「夢想童子って戦闘機より速いのよ!? 車で逃げるとか無理よ、どうするのよォオ!」

「乗れって言ったの先輩じゃないっスか!?」

「走るよりはマシだと思ったんだもん!」

「今度こそトドメだああああ!」


 ナゴミが正面から突っ込んでくる。ご丁寧に脳が時間を引き延ばして見せてくれる。

 あ、ダメだこれ。今度こそ――と。


「お義兄ちゃんをイジめるなああああ!」


 荷台から智実アップルが飛び出していく。そのまま壮絶な空中戦へ。ナゴミと智実アップルでは実力に差がありそうだが、しょうとの一戦で疲労困憊なのか、一進一退の攻防を繰り広げている。


「あああ智実アップルちゃん。ただでさえ天使のあなたが今は女神に見えるわ」

「これからは足を向けて眠れねえな、向けて寝たこともねえけど」

「というか、それで、どうするのよ? いつまでも逃げ続けても仕方無いし」

「ナゴミを倒す。倒して、この騒ぎを終わらせる」

「どうやって?」

「なんか、方法を、考える! このままじゃアイツは世界の敵になっちまう。うまく言えねえが……多分、サンジェルマンの言ってたような世界はそういうことの先にあるんだ」


 手を握り締める。歯を食い縛る。空を凝視する。やれるものならやってみろ、と言わんばかりのサンジェルマンの顔が、一瞬見えた気がした。


「……お、今のはちょっとグッと来たね。君もイイ顔するようになったじゃない」

「いつでも惚れてくれて構わないっスよ?」

しょうちゃんと、智実アップルちゃんと……あとナゴミちゃんに刺されたくないからやめとく。あ、こういうのあるけど使う?」


 運転席の足下から、ヒョイと大きな拡声器など取り出す。


「なんでこんなモンが……」

「車の持ち主に聞いてプリーズ☆」


 ここはありがたく使わせてもらうことにする。スイッチを入れて、空中で智実アップルと激闘を繰り広げているナゴミに呼びかける。


『ナゴミ! 聞こえるか、ナゴミ~!』

「聞こえてるよ! ブッ殺してやるからウロチョロす……」

「強化変身! ドラゴンモード!」

「あああああ! なんだコイツもう、うざってえな!」


『なんでそっちの声が聞こえるのかは、夢想童子すげえってことで納得しよう! 今からお前に降伏勧告をする! 大人しく武装解除して子供の国も解散しろ!』

「はぁ!? 何ふざけたこと言ってんだ! 頭でも打ったのかよ?」

『断言してやる! あんなモン続けたって、誰も幸せになんかなれやしねえ! もちろんお前もだ! これしかねえとか思い込んでんじゃねえ、もっといろんなものを見ろ!』


「うるせえ、何も知らないくせに! あたしには子供の国が必要なんだ!」

『俺の半分も生きてねえガキが生意気言ってんじゃねえ! このままじゃ、お前は世界の敵になっちまうんだぞ! 俺と来い! 世界の敵じゃなくて、世界の友達になれ!』

「ワケ分かんねえことを抜かすなぁーっ!」


 しがみついている智実アップルを引き剥がしてブン投げてくる。トラックのフロント部分に激突――エンジン部分が大破!


「やばくないっスか!? やばくないっスか、これ!?」

「安心して寿ことぶきくん! 人生時には諦めも肝心よ! 私は悪運が強いから!」

「どこが安心できるんスかああああ!?」

「まとめて死ねええええええええええッ!」


 絵具の翼を広げる。怒りの絵具弾が降る、降り注ぐ。路面が弾ける電柱が砕ける信号機が折れる。夢が咄嗟にハンドルを切る。ギリギリで回避――代わりに民家に突っ込む。


「「シートベルト忘れたああああああ!?」」


 ちなみにチャイルドシートも忘れている。

 門を突破してお庭に突入。トラックが横転して転げ出す。しょうを庇って転げ回って、何か柔らかいものに顔が埋まる。この感触は夢の胸。出会った時のことを思い出す――と。


「ぶはっ!」


 体中があちこち痛い。辺りを見回す。今時珍しい和風な平屋。御隠居とか暮らしておられそうな手入れ感。それでもって、塀の上に立ち尽くすナゴミ。


「終わりだああああ!」


 突っ込んでくる。咄嗟に掴む。盾にする。鉤爪が止まる。ナゴミの顔が驚愕に染まる。

 だってそれは生き物だから、夢想童子には壊せない。ありがとう盆栽。


 欲するは数秒の隙。与えられし一瞬の時。一手。何か、何か……。

 自分に惚れてる(幼)女を止める方法。


「――ッ!」


 掴みかかる。抱き寄せる。唇を奪う。首筋に手を添える。


「…………っ!?」


 ナゴミが硬直する。まったく動かない。目を白黒させている。


「……うわぁ」

「あーっ!?」


 夢と智実アップルの声。無事らしい。たっぷり二十秒ほどそうして唇を離す。

 意識を失ったナゴミが、くったりと自分の胸元に倒れてきた。変身も解除されている。


「何をしたのよ?」

「頸動脈、押さえたっス」

「あ~……なるほど、そういうこと。ところで寿ことぶきくん、屋根の上」


 言われてそちらを見てみれば、そこにいつからいたのやら、夢想童子が勢ぞろい。


「ちゅ、ちゅーしてた……」

「濃厚だったわ……」

しょうをもらったって言ってなかったっけ?」

「二股?」

「ご飯係って情熱的だったんじゃな」

「え、これどうするの?」

「王様負けちゃったけど……」


 どうやらもう一仕事やらなければならないらしい。よっこらせ、と立ち上がると、夢がタイミングよく拡声器をパスしてくれた。


『整列~~~~~~~~ッ!』


 思いっ切りがなり立てる。夢想童子たちがビクッと反応した。


『おら、何チンタラしてんだ! 整列ったら整列だ、急げ! 飯作ってやんねえぞ!』


 子供の国の面々が慌てて列を作り、顔を見合わせて戸惑っていた虹色童子隊もおずおずとそれに続く。素直でよろしい。


「え~、ナゴミは俺が愛の力で倒しました。よって子供の国は今日でおしまいです」

「「え~!?」」

「うるせえ、文句があるんだったらテメエで作りやがれ! ただし人に迷惑かけんな! はい、じゃあ夢想玩具も回収します! 変身を解除するように」


 テキパキ話を進める。ブツブツ言いながらも子供たちが従う。回収した夢想玩具を民家から拝借したビニール袋に詰めて、虹色童子隊に渡した。


「これからどこでチョコレートを食せばいいのじゃ……」

「家に帰んなきゃダメかなぁ」

「帰りたくないなぁ」

「ちょっとずつ片付けていくしかねえだろ。で、だ」


 元子供の国の夢想童子、現どこにでもいる普通の子供な面々の前に立つ。


「約束だ! オムライスを作ってやるぞ!」

「オムライス!」

「そうだ、おなか空いた!」

「聞いたことのない食べ物じゃが、美味いのか?」

「ご飯係! オレ二人分食べたい!」

「夕飯には今が旬のタケノコご飯などを希望したい」


 わいわい、と盛り上がる。それを見ていた虹色童子隊の夢想童子たちが、寿にとことこと近づいてきた。


「ねぇねぇ、二股さん」

「不名誉な名で呼ぶんじゃねえ。なんだ?」

「オレたちもおなか空いてるんだけど……」

「オムライス、作ってもらえる?」


 ……訂正。こっちも、どこにでもいる普通の子供だ。


「ケンカしねえなら、作ってやるぞ」

「分かった、しない!」

「あたし、ケチャップでハートマーク描けるわよ!」


 とりあえず、横転していたトラックだけは片付けて。


「ここまで来たら迷惑の掛け倒しだ。この家の台所を借りるとすっか」

「君もずいぶん図太い人になったねぇ」


 どこにでもいる普通の子供たちに、約束のオムライスを食べさせるため、寿は食材との戦争を開始したのだった。



   ○   ○   ○



 門は全壊、庭はぐしゃぐしゃ。長年愛情を込めて育てたであろう盆栽もほぼ全滅。名前も知らないナントカさんのおうちは、見るも無残な有り様になっていた。


 視線を上げれば、半壊したスカイツリーが目に留まる。夢想童子たちの激闘の余波で、あの一帯はほとんど焦土と化してしまった。元に戻すのにいったいどれだけの金と時間とマンパワーが必要になるのか見当もつかないし、ぶっちゃけ考えるのも恐ろしい。


 しょうとナゴミは意識を失ったままだ。自分の見立てでは双方ともに外傷は無さそうだが、虐待の記憶を植えつけられたしょうは大丈夫なのだろうか。トラウマにならないか、もしそうなってしまっていたなら目覚めた後で以前のように笑えるのだろうか。

 ナゴミはナゴミでどうなるのか。子供とはいえこれだけのことをやらかしたのだ。法で罰せられるのか、社会的なペナルティはどうなるか。彼女にはもう未来は無いのか?


 結局のところ問題は無数に存在していて、その中の一つを“なんとかした”に過ぎないのだ。大変なのはこれからで、解決したとはとても言えない。前途多難にも程がある。


 それでも、ついさっきまで敵と味方に分かれて超常の激闘を繰り広げていた子供たちが今では仲良くオムライスを頬張っているこの光景は、ちょっとした奇跡といってもいいのではないか――夢にはそう思えるのだった。


「どうせその辺にいるんでしょ? 出てきなさいよ」


 無事だった庭石に腰掛けて、美味しそうにオムライスを頬張る子供たちを眺めつつそう呟く。ほとんど間を置かず、横合いから男の声が返ってきた。


「まだ何か用かね? そろそろ姿を消す良い頃合いだと思っていたのだが」


 声の主を視線で探せば――ご丁寧にも家の外側、他の者からは死角になっていて、自分にだけはギリギリ見えるその位置で、電柱に背を預けている白人男性の後ろ姿が見えた。


「一応お礼を言っておこうと思ってね。庭に突っ込んだ時、何かしてくれたでしょ。変身してた智実アップルちゃんはともかく、私と寿ことぶきくんとしょうちゃんが全員無傷ってのはありえないし」

「礼を言われるようなことではない。何しろ僕は腐肉を吐瀉物で煮締めたようなゲス野郎だからね」

「ひょっとして、根に持ってる?」


 クスクス笑い、視線を家の中へ巡らせる。お代わりを要求する子供たちに、寿が「俺の分が無くなる! ちくしょう、何人分だ!?」なんて怒鳴り散らしながら卵を溶いていた。


「彼、できると思う? あなたに言ったことを」

「断言しよう。不可能だ。世界の流れを止められる個人など存在しない」

「でも、あなたは“そうなったらおもしろいなー”と思ったわけでしょ? だから私たちに少しだけ手を貸した」

「否定はできないな。そんな奇跡を見られるとしたら、当分退屈することもないだろう」

「当分ねぇ……業の深い超越者だこと」


 背が高くて、目付きが悪くて、幼女にモテて、誰かの幸せのために一生懸命。人の手で止められるはずもない世界の潮流に、人生を懸けて挑むと宣言した馬鹿で阿呆な愚か者。

 そしてどうやら、自分は彼から惚れられているらしい。なんだかこれから、いろいろと忙しくなりそうな予感がした。


「あ、そうそう。一つ質問していい? どうしても分からないことがあるんだけど」

「何かね?」

「あなたを呼び出す儀式、なんであれ梅干しだったのよ? 条件を甘くすると偶然それをクリアしちゃう人が出てくるから、ってのは分かるけど、さすがに三個もとなると……」

「好きなんだよ、梅干し。この世界の中世を旅した時も常に持ち歩いていた」


「……もしかして、あなたの伝説に出てくる不老長生の丸薬って」

「梅干しのことだとも。健康食品であることは事実だから、あながち間違いではないな」

「そっかそっか、なるほどね。じゃ、十年後にまた会いましょ」

「十年後も彼の側にいる気かね」

「さぁ? でも二度と会わないみたいな言い方するより、こっちのが楽しいじゃない」

「その意見には同意しておこう。では、また……十年後に」


 サンジェルマンの姿が消えていく。肩越しにこちらを振り返った彼は、最後に少しだけ笑っていたように見えた。

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