THE ASN-2

南雲 千歳(なぐも ちとせ)

プロローグ

1、プロローグ


 これはそう、俺がまだ何も知ら無い高校生から情を知った大人へと脱皮仕掛けていた、そんな頃に起こった話である。 

 事の次第をおおざっぱに解説するならば、全ては、この物語の主人公であり、当時、地方の中堅公立高校に通っていた男子生徒の俺こと成海隆一なるみりゅういちが、あの四月も半ばの春先、最終学年である三年生に進級し立ての頃に遭遇した、とある一つの奇怪な事件から始まっている。

 その当時、諸般の事情からそのおかしな事件の渦中に巻き込まれた俺は、いくつかの偶然と必然の積み重ねの結果、表向きにあらわれている面とは違った世界の裏側の一部を知り、未だ世間には知られていない存在と深く関係するようになった。

 それからと言うもの、俺はなかば不本意ながらも、なかば自分から望み、普段は高校に通う平凡な男子生徒として表の世界に片足を残したまま、もう一方の足を裏の世界に突っ込むんで歩く事になったのである。

 それ以後、左右で道の色が違ったツートーン・ロードの人生を歩き続ける事になって仕舞った。

 くだんの事件を解決する際に垣間見かいまみた現象や事物は幾多にも上るり、その間、色々ときつい事もあったが、あれから何年も経った今の俺の中では、その一つ一つがまるで夜空の星の様な輝きを放ち、いつまでも忘れられない新鮮な光景として、強く記憶されている。


 所で、近頃、ふと疑問に思う事なのだが、あの当時、極めて平々凡々なごく普通の学校生活を送っていたはずの俺が、何故こう言う立場に置かれる身になって仕舞ったのだろうか。

 疑い無く確かに分かっている事としては、あの時、俺個人の努力では抗い様も無い、どうしようも無いほどの巨大な何かが動き出していて、俺はその悪影響を止めようとする組織に白羽の矢を立てられ、微力ながらもその手伝いをするようになり、そしてその役目は、今現在と言っていいこのたった今も、鋭意継続中と言う事だ。

 他にも思う事は色々あるのだが、何をさて置いてもその点だけは、はっきりとしている。


 ──それにしても、だ。

 高校三年の春先に起きたあの最初の事件については、ああ言う結末に至って仕舞う以外に、もっと良い解決の仕方、終わらせ方は無かったのだろうか……?

 あの時、俺と共に問題の根源に直接対処し、事件の解決・終息に尽力した誰かさんに文句を言う訳では無いが、あの騒動においては、皆、色々な物を失った。

 それゆえに、今から考えても、ああ言う結末しか迎える事が出来無かった当時の自分の無力さには、内心忸怩たるものがある。

 その時から随分と後になった今だからこそ、その事を遠い過去の出来事として冷静に捉える事が出来るが、あの事件では、なによりもこの俺自身が、自分の失った物の余りの大きさに、ショックでしばらく鬱になるほど結構なダメージを受けた出来事だったので、あの事件の成り行きを悔やむ部分が大いにあるのであった。

 今となっては全く後の祭りなのだが、色々と検討して見ると、既に揺るぎない過去となって仕舞った現実の結末は、まだ若かった俺に取っては、実に不本意極まりないものであった。

 ああ言った解決より、もう少しはましだと思える様な結果に繋がる何らかの手段、大団円のハッピーエンドとまでは行か無いにしろ、あれより良い形で事件の終わりを迎える方法が、他にあったような気がしてならない。

 ……結局、学内だけで無く世間をも騒がせていた例の騒動は無事に収まり、束の間の平穏を得たものの、解決に協力した俺の方としては、そればかりが心残りである。


 しかし、あの春先の事件に関してそう思う一方で、近頃、それとはまた別の見解と言うか、一種の疑念も抱くようになった。

 もしかすると、事の真相、一点の曇りもないような絶対的な真実としては、こうも考えられるのでは無いだろうか。


 立場を弁えずに忌憚の無い疑問を表明するならば、まずあの当時、学校を騒がせていたあの事件の始めから終わりまでの一連の流れの中には、その端々に偶然と言うにはあまりにも出来過ぎた、悪意ある誰かの作為であるとしか思え無いような節が幾つかある。

 そこで、その点を追求し、よくよく考えて見たのだが──そもそも学校の連中や世間やこの俺自身を含めて、当時、自分の周囲に存在していたあらゆる物事がこう言う風に収束し、次なる段階へとシフトしてその先に展開して行く事は、入念に計画されていた事なのでは無いだろうか。

 あの事件の中心部、渦中に最も近い人物である彼女……つまり、俺のクラスメートであり長年の友人でもある桧藤朋花ひとう ともかが、いつからかその正確な日時は分から無いが、少なくとも一学期が始まる春休み前の段階で、あの尋常ならざる特異的存在と交流し、それに起因して転校生の有栖川ありすがわすみれが春休み明けの始業式と同時に俺の通う学校に移って来た時点で、全て事の始まりと終わりは、誰かがこしらえたシナリオの様に、殆ど運命的に決まっていたのかも知れない。

 要するに、俺やその周りの人々がどう努力しようが──より極端な事を言えば、俺自身があの事件に最後までタッチせず、新学期の始まりを平穏かつ平凡に終えていたとしても、事件の大まかな展開ははなから用意されており、同様の結末を迎えていたのでは無いだろうか?

 しかし、俺がその事件を発端として世界の裏側に深く関わるようになった事さえ、幾つかの偶然が重なった、たまたまに起こった結果にも思える。

 実を言えば、仮にそう考えたとしても、実際に事件の発端から終息まで深く関わったこの俺の視点で見た範囲の事実からは、何の矛盾点も見いだせ無いのである。


 我ながら……いささか穿うがったような見方ではあったが。


 ──いや。

 事の成り行きに疑念を抱いてぶち上げたこの仮説について、これ以上、深く考えるのはよそう。

 現時点に置いても、別段、その仮説の真実性を裏付けるような確固たる証拠がある話でも無いしな。

 第一、人の出会いやら筆記試験の正解率など、偶然の要素を完全に排せる事柄なんて、この世の中には殆ど無いはずだ。

 過去を思い出して色々と悔やんでいたが、ひょっとすると、いま俺がこうして無事に生きているだけでも、十分幸運な結果なのかもしれない。


 さて、これから語って行くのは、俺がまだ何も知ら無い高校生から、情を知った大人に成長する、そんな頃に起こった数えきれない出来事の、大きな塊の一つだ。

 それは、最初から数えて二番目の事件。

 俺が三年生だった当時、春に起きた桧藤朋花の関わる一番最初の事件が終わり、そのしばらく後に起きた別の事件の話である。

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THE ASN-2 南雲 千歳(なぐも ちとせ) @Chitose_Nagumo

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