第6話 穴の奥から出てきたものは…

 そんなある日、ガチッとシャベルに強い衝撃が走った。周りの土を取り除いてみると、岩の頭ががのぞいていた。さすがに、もうまっすぐには掘り進めない。悟史は岩を掘り出そうと、必死にその周りを掘り進めた。


 しかし岩は、どこまでまわりの土を取り除いても、いつまでも横に広がっていった。そのときのことである。悟史は我が目を疑った。岩の表面に何か字が書いてあるのだ。


(石野健二、十一歳、大正六年十月三日)


 石野健二は、亡くなった祖父の名前だ。しばらくぼうっとしていた悟史は、はっと我に帰った。


(おじいちゃんは、ここまで掘った。僕と同じ歳で、そしてきっと同じ思いで!)


 悟史は訳が分からない感動にその身が打ち震えた。そして祖父の文字のさらに横の方まで掘り進めていった。


 やがて岩は横に広がるのをやめ、少しづつ深く掘り進められるようになった。そこで悟史は力尽きた。


(この岩は、僕とおじいちゃん以外の誰にも見られてはいけない)


 悟史はそう直感した。そして、埋め戻す前に、太い炭の塊で、何度も何度もなぞりながら、岩に文字を書きこんだ。


(石野悟史、十一歳、昭和四十五年十月三日)


 穴は、おばあちゃんが呼んできた神主様のお払いを済ませた後、完全に埋められた。その跡には、地面に小さな浅い窪みがペコンと残った。


(僕が岩に書いた文字を見つける子孫は、いつ現れるのだろうか? 岩の底までたどり着き、果たしてその下まで堀り進めることができるのだろうか?)


 そう思うだけで、悟史の小さな胸は激しく高鳴るのであった。


 後年、学者になった石野悟史は、回想録を残している。なんのために、という目的もないものに情熱を傾けることは、なんとも楽しいことだと。体中から異様なエネルギーが湧き上がり、もう抑えることができなくなるのだと。

 地質学における彼の功績は、結果的に大いに社会に貢献した。


 家が人手に渡った後も、庭先の緑色の門の近くには、草むらの中に今でもひっそりと浅い窪みが残っている。

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穴の話 海辺野夏雲 @umibeno

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