第5話 穴にかける壮大な夢

 そんな日が続いたある夜のことである。悟史は、夢の中で穴の続きを掘っていた。


 強い雨が降ってきたので、家の中に飛び込んだ。穴の中には、瞬く間に水溜りができた。穴は随分深くなったので、雨が小降りになってももう水が吸い込まれてしまうことはない。


 やがて悟史が見ている目の前で、一匹のアマガエルが現れて、穴の水溜りに飛び込んだ。アマガエルはすいすいと泳いでは、穴の水溜りを泳ぎ渡り、反対側の岸に這い上がったところで目が覚めた。


 悟史はひらめいた。穴をもっともっと深く掘ろう。雨上がりには、大きな水溜りができるだろう。それはやがておたまじゃくしが泳ぐ池となり、魚が住む湖となり、いずれは大きな海になるだろう。


 翌日も悟史は穴を掘り進めた。もう、手鍬ではとても穴の底までとどかない。そこで学校から大きなシャベルを借りてきた。あきれ果てた両親や祖母は、ついに何も言わなくなった。


「子供だから、そのうち飽きてやめるだろう」


 しかし悟史は止めなかった。いや、一日一日、真剣さが増してきた。掘るほどに表情が変わる穴、何かが出てくるかもしれないという期待と不安、やがては海になるかもしれないという壮大な夢。一生かけて一つの穴を掘り続けた人など、これまで人類の中で誰もいなかっただろう。悟史は、自分がその最初の一人になろうと決心していた。


 毎日どろだらけになりながらも、ただひたすらに堀り進めた。一度だって、なんのために穴を掘るのかなんて考えたことはない。人に何を言われようとも、両親がどんなに心配しようとも、祖母が妙ちくりんなお払いをはじめようとも、悟史にはもう何も気にならなかった。偉業の価値が分からない人の批評など、眼中になかったのである。


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