第4話 この宇宙にあるたくさんの美しいもの

「おはよっ、ハル!」

「おはよう、アタム」

 今日は仕事始めだ。おばさんとの年越しは無言そのものだったから、アタムの笑顔が眩しい。

「お、朝なのに月が見えるぞ」

 アタムが空を見上げる。つられて見上げると、淡いピンク色の月が浮かんでいた。

 アタムの方を見る。たまらずその左腕をつかむ。

「うわっ、どうしたんだよハル。珍しいな」

 確かにこんな気持ちは初めてだった。アタムが行ってしまうと、もう戻ってこない気がした。


 雨前五時半。礼拝堂に光が満ちる。

 アタムの頬が影と光に塗り分けられる。

「ハル」

「わっ、司祭」

 いきなり話しかけられて大声を出してしまった。慌てて小声で挨拶する。

「おはようございます」

「おはよう。……仕事と昼食を済ませたら、アタムと一緒に司祭室に来てください」

 わかりました、と返事をする前に司祭は行ってしまった。

「アタム、仕事後に僕と一緒に司祭室に来てって」

「おう、了解。仕事、がんばろうぜ」


「……はあー、ハル、気合い入れすぎ」

「ごめんって」

 今日は二人とも調子が良かったのか、たくさんのナミダが収穫できた。あまりにもよく穫れるので、アタムが「ごめん、ハル……そ、そろそろギブ……」と吐息を漏らすまで無我夢中でナイフを握り続けてしまった。

 アタムの目はまだ充血している。僕も目がかゆい。


 司祭室は教会の最上階にあり、街を一望できる。

 ノックをする。

「失礼します」

「失礼しまーす」

「待ちわびましたよ、ハル。アタム」

「スンマセン、仕事で頑張りすぎちゃって……」

「ふふ、良いことだわ」

 司祭がやわらかく笑う。今日は晴れていて、雲ひとつない真っ白な空が街を包んでいた。

「さて、アタム。先日お話してくれた、宇宙旅行の件。大司教から許可が出ました。仕事のことは忘れて、楽しみなさい」

「はい! ありがとうございます!」

 アタムが元気良く全身で返事をする。こういう時、アタムの赤い髪はとびきり眩しくきらめく。

「そして、ハル。アタムのパートナーとして、あなたへの許可も出ていますが、どうしますか?」

「え、あ……」

 すぐには言葉が出なかった。アタムがこっちを見る。

「……一緒に行きたいとは、思います……。けれど、ナダヨミの僕とイズミのアタムが一緒に旅をして帰ってきた時の周りからの目を考えると、怖いんです。僕はともかく、アタムにどんな言葉や悪意が浴びせられるか……」

「ハル、そんなこと気にしなくてもッ……」

「アタム、少しいいかしら」

 声を荒げたアタムを、司祭が制止する。そしてゆっくり立ち上がると、僕とアタムを窓の方へと手招きした。

「……わたしはこの部屋から、長い間街を眺めてきました。毎日どこかしらでナダヨミとイズミの争いが起こるのを見ては、辛い気持ちになりました」

 司祭が小声で「わたし、目も良いのよ」と微笑む。

「けれど、ハル。この街には、ナダヨミとイズミが分かり合い、協力しあうための希望もあります。例えば、あなたとアタムのような」

 いきなり名前を呼ばれて、アタムの頬がかあッと赤くなった。

「ハルとアタム。あなた達が宇宙の旅で見てきたたくさんの美しいものを、この街の、この星の人々に届けてほしい。それがきっと、ナダヨミとイズミが共に生きていくためのシンボルになります。わたしも司祭としてがんばるわ。あなた達がこの星に帰ってきた時に、笑顔でいられるように」

 司祭室から見える夕暮れの街に、家の明かりが一つ一つ灯っていった。

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