【短編】ハルとアタム

鍋野ぽとふ

第1話 水色の朝、虹色のナミダ

 朝。今日も真っ白な空が眩しい。

 この星、コーロ星の二十二月はとても寒い。服は夜が明けるたびに他人のような冷たさになるし、朝食は温めてもすぐに冷めてしまう。

 まだ寝ているおばさんが起きないように手早く朝の支度を終えて、家を出る。

 まだ低い場所にある水色のタイヨウを背に、僕は仕事場へと歩いた。仕事場は丘の上にある。階段には雪が積もっていた。


 今日は仕事納め。仕事場は教会だ。外壁にはめられたステンドグラスが光を反射させて、色鮮やかに雪を染めている。と、後ろから軽快な足音が聞こえてきた。

「よう、ハル! 今日もよろしくな!」

「おはよう、アタム。相変わらず元気だね」

「おうよ、こんな仕事、元気じゃねぇとやってられねえからな」

 からからと明るい声でアタムは笑う。アタムは僕と同い年の快活な青年で、僕の"バディ"だ。

「確かに」

 僕も少し笑う。教会の扉は重く、ギイイと開いて僕らを迎える。


 そして雨前六時。教会には水色の朝日が満ちる。司祭――仕事場のボスだ――が静かに右手を上げる。仕事開始の合図だ。アタムが、普段が嘘のように憂いを帯びた表情をする。

 早く終わらせてあげよう。右手に念を込める。と、いつものように使い慣れたナイフが現れた。そのナイフを強く握りこみ、彼の腹部へつき立てる。

「くっ……、はぁ……」

 アタムの表情が歪む。僕は胸を締め付けられるような痛みに耐えながら、彼の目元へ試験管を近づけた。固く閉ざされたアタムの眼球から、虹色のナミダが頬をつたう。視界が滲む。二人の体温で僕のメガネが曇ってきた。

 十分は経っただろうか、ナミダが五ミリリットルほど採れたところで、僕は右手の力を緩めた。アダムの腹部に刺さっていたナイフが霧散する。胸の痛みが少しずつ引いていく。

「っ……はあー、終わった……」

「アタム、静かになさい」

 アタムのため息に司祭が厳しく注意をする。司祭は耳が良い。

 僕は試験管を軽く振ってナミダを確認した後、司祭に渡した。

「……確かに、受け取りました。ハル、アタム。これが今月の給料です」

「ありがとうございます」

「おぉ、あざーす!」

「アタム、静かに」

「では、司祭。お先に失礼します」

「はい、よいお年を」


 これが僕らの仕事だ。

 アタムのような人間……いわゆる「イズミ」から収穫できるナミダは多種多様なエネルギーの素となる。高温で燃焼するナミダ、電流を帯びるナミダ、雲を生み出すナミダ……元々ナミダはイズミから、イズミの手によって収穫されていた。しかし近年、僕ら「ナダヨミ」の手で収穫する方が、純度の高いナミダが穫れることがわかった。それからは、このようにナダヨミとイズミが協力してナミダを収穫するようになった。

 ナミダの収穫は双方に痛みを伴う。純度の高いナミダを収穫するには、ナダヨミの能力により具現化されたナイフで腹部を刺す必要がある。また、イズミの防衛能力によって、ナダヨミの胸部にも痛みが走る。

 この痛みは最悪の場合双方の死につながるため、朝の清浄な光が集まる教会の礼拝堂でしか行えない。お互いを傷つけ合うのだから、信頼関係も必要だ。


 教会と麓の街をつなぐ階段を下りながら、アタムが振り返る。

「ハル、今日、うち寄ってけよ」

「いいけど、なに?」

「話があるんだ」

 アタムの目は僕を見つつ、遠い星を見るように光った。

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