初夢

@kuronekoya

2017X'masアンソロジー

 こうして並べてみるとしみじみ感慨深いものがある。

 平積みした本のタイトルは、『2017X'masアンソロジー』。

 もちろん私の手書きPOP付きだ。


 店長と文芸担当に(一部省略して)事情を話して、あと角川の営業担当にも同じ話をしてウチの店にしては多めの指定配本をもぎ取って、新刊台の片隅に平積みさせてもらったのだ。


 今は2018年の12月初旬。

 今日は出版レーベルの編集担当の人が声をかけてくれて、非公式ではあるが出版記念パーティーをするのだ、居酒屋で。

 この年の瀬に、遠くは北海道や長崎、アメリカから来てくれる人もいるという。



 思えば一昨年の今頃は大変だった。

 外部サイトからの批判、企画が空中分解しそうにもなった。

 それでも、ギリギリのタイミングで運営から、GOサインが出て「ユーザー企画」という枠が出来た。


 以後はもうこれを読んでいる皆さんご承知のとおりだ。

 あちこちでユーザー企画が立ち上がり、ランキングに反映させない仕様では運営側も困ってしまうくらいの勢いになり、ランキングの集計方法やトップページの仕様変更をしたりしなければならないくらい「ユーザー企画」は盛り上がっている。


 そのきっかけとなったのが例の「クリスマス企画」だとすれば、感慨深いのもひとしおだ。

 そして「2017X'mas」のユーザー企画も盛況に終わり、今年の初めにアンソロジーの出版を打診するメールが運営から届いた。



 午後になって、妙にレジの方を見るお客様がいることに気がついた。

 ひとりやふたりではない。

 中にはキャリーバッグを引っ張っている女性もいた。

 万引きならコミックかライトノベルのあたりにいるものだし、キャリーバッグではなくトートバッグとかを肩に下げているものだろう。

 しかし今日気になる人はなぜか文芸書のあたりで多く見かけるのだ。


 一応、事務所にいるスタッフに挙動不審者が複数いることを伝えておいた。


 棚整理を終えて、レジカウンターに入った。

 そしてまた違和感。


 妙に『2017X'masアンソロジー』を販売する回数が多かった。

 いや、いくらなんでもそこまで売れるものでもないだろう、と思っていると『バムとケロ』や今月文庫化されたばかりの『桜風堂ものがたり』を一緒に買っていかれる方もいた。


 さっきキャリーバッグを引いていた女性も『2017'Xmasアンソロジー』を買ってくれた。

 不審者でなくてよかったけど、なんかこっちのことをジロジロ見ながらニヤニヤしているのはどういうことだ?



 定時になり、まだ店に残っているスタッフや遅番者に「この前から宣言していたとおり、今日は定時で帰ります!」と挨拶して会場の居酒屋に向かった。

 もちろん帰りに私も『2017X'masアンソロジー』を一冊買った。

 もしかして、売り切れてしまうかも? 

 店の週間ランキングベスト10に入っちゃうかも? 

 と気になったけれど、追加発注するかは今日の閉店までの売れ行きを見て、明日判断すればいいだろう。

 なんか脳内で本店の仕入係長の「相変わらず黒猫屋さんはツメが甘いですねぇ」という声が聞こえた気がするけれど、今日は時間優先だ、プライベートの。



 会場につくと座敷席の下座に見覚えのある顔があった。

 出版社に転職した元同僚。

 その会社が角川の子会社になり、営業部門でずいぶん出世したとは聞いていたけれど、彼が駆けつけてきてくれた。


「久しぶり!」と握手を交わす。

 ついでに、口頭で追加注文をちゃっかりお願いする。



 そして会場を見渡せば……

 さっきのキャリーバッグの女性や、午後に気になっていたレジの方を見ていた人、私が『2017X'masアンソロジー』を販売した人たちがいる。


 そういうことだったのか……

 胸が熱くなる。


「さあ、これで全員揃いましたよ、。乾杯の音頭、取っていただけますね」

 と何度もメールのやり取りをした編集担当氏が言う。


 頭が真っ白になり、考えていた言葉はどこかへ行ってしまう。


 そして私の口から出た言葉は……


「みなさん、こんばんわ、そして『はじめまして!』」



 fin

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