終の日、きみに祝福を。

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

終の日、きみに祝福を。

§§



「おはようございます、マイマスター。お加減は如何ですか?」


 隣から響く声を無視して、僕は胸から下げていた懐中時計を開く。

 12時00分までの残りの時間。

 13分。

 その不吉な数字が――もはや不吉とすら思えなくなった数字が、この世界の残された時間。

 空を覆い尽くす、巨影。

 見上げれば鯨染みて巨大なミツバチが、原初の地球のような赤茶けた空を飛んでいる。

 すすけた地面には、幾つもの人間の死体と、理解不能なバケモノの肉片、そしてエイレーネの亡骸が横たわっている。

 驚いている暇はない。黙々と、僕はその後を追いかける。

 エベレストのような巨峰――滴り落ちる蜜液は河川を為す。

 

 べたつくのも構わず、その粘液の中に両手を突き込み、すくい上げる。

 喉に流し込む。

 むせる。

 途轍もなく苦く、途轍もなく甘い。

 だけれど、空腹の胃袋は、これを食料だと判断した。

 僕は時間の許す限り蜂蜜を飲み干す。

 いくつか前の世界で拾ったウイスキーの瓶にも、ハチミツを詰め込んでいく。ギリギリまで、なみなみと。

 視界がざらついた。

 腹の下を突き上げるような衝撃があった。

 眼を開く。

 世界は一変している。


「おはようございます、マイマスター。お加減は如何ですか?」


 声が響く。

 時計を開く。

 残されたこの世界の時間は――12分間。


§§


 ……その日が来たら、取り置きの蜂蜜酒を開けようと思っていた。


 でも問題が一つ。

 そんな祝祭は二度と訪れなかったということだ。

 僕らは信じていた。

 無条件に、妄執的に。

 世界が、運命が、神さまが、僕らを愛してやまないのだと。そう、心の底から信じていた。

 環境の破壊は進み、いつしか人が住める場所は乏しくなった。

 人類は生きる場所と、食糧の分配のため、大部分を切り捨てる必要に迫られた。

 弱者は淘汰される、それが自然の摂理だ。

 たくさんの人が死に、一握りのRICEが残った。


 Rich

 Intellectual

 Chosen one

 Eigen


 富みにつけ裕福で、知的であり、選ばれた固有人種。その頭文字をとって、RICE。

 選民たるRICEは、そのほかのすべてを廃棄し、限られた土地で人生を謳歌した。

 しかし、必然的に彼らが陥ったのは、労働力の不足だった。

 RICEはクリエイティブではあったが、力仕事には向いていなかった。辛いこと、苦しいこと、きついことは、すべて嫌がった。

 結果として、人工の労働力が誕生する。

 穢れた外界でも活動でき、文句を言わず、人間と同じ栄養源を必要としない、そんな存在。

 人に似せて作られた、優秀で従順な労働力――有機的機械人形――量子力学と機工学、生物学に、あらゆる学問の粋を結集して生み出された彼女たちを、僕らはエイレーネと呼んだ。

 誕生した瞬間から、その時まで酷使される彼女たちを、皮肉にも僕らは、秩序の守り手と呼んだのだ。

 エイレーネは様々な場所で使用された。

 極寒の大地で資源を採掘し、放射線の溢れる地下でウランを掘りだし、ときにRICEの情欲のはけ口にされ、ときにその残虐性を充たすために、戯れのためだけに八つ裂きにされた。

 そして最後には、溶解炉へと落とされて、新たなエイレーネを生みだす栄養源として利用された。

 それでも、彼女たちはいつだって笑顔だった。

 純粋無垢な、微笑みを浮かべていた。

 僕らをみれば敬い、やさしく、丁寧に話しかけ、どんな用向きにも嫌な顔一つせずに従った。

 だが、RICEは彼女たちを天使だとは思わなかった。便利な道具だとしか、思わなかった。

 彼女たちが人類を、RICEを愛することは当然だと、創造主であり、より高位の存在である自分たちを敬愛するのは当たり前のことだと、ずっと思い続けていた。

 ……だから、あんな日が訪れた。

 〝それ〟は、ある日とつぜん、現れたのだ。

 空を覆う熾天の翼。

 見渡す限り、宇宙のかなたまで続くような翼。

 僕にはそれが、ひどく禍々しいものに見えた。

 〝彼ら〟は言った。

 自分たちは、神の御使いであると。

 人々は、狂喜した。

 ついに福音が訪れたのだと、歓声を上げた。

 この閉塞した世界から抜け出す日が訪れたのだと。資源や肉体の檻から脱し、新たな次元へと到達する時が来たのだと。

 そう、歓喜した。

 ……だけれど、御使いが口にしたのは、RICEの予想をはるかに超越する言葉だった。

 愛想が尽きたと、あれらはそう言ったのだ。

 だから、人類を滅ぼすと。

 その愚行極まりない原罪を糺すと、天使たちは言ったのだ。


「我らと我らの主は、エイレーネを愛した。汝らは罪ありき。汝ら非道なり。汝らの死滅をもって、この祝福された惑星を彼女たちに譲り渡そう」


 彼らは、そう告げた。

 そうして、一切の偽りなく実行した。

 黙示録の獣は世に放たれた。

 巨大な二匹の魚と蛇は大気を泳ぎ、目に付いた人間をすべて喰らった。

 七つの首を持ち、十の王冠を有する竜種は、世界を業火で焼き尽くした。

 イナゴの軍勢は空を埋め尽くし、隕石となって落ちてきた種子は芽吹き、大地を一瞬で異形の植物の楽園へと染め上げていく。

 それはまさに、世界の終りだった。

 終焉の一幕だった。

 化け物はRICEのみを襲い、RICEはその名のとおり食物として消費され、瞬く間に姿を消していった。

 人の世は、滅びようとしていた。

 世界が亡ぶ寸前、僕は虚数転移システムiTSの中に投げ込まれた。

 虚数とは、確実に存在するがその実測が困難数値で、世界の裏側の側面を示す。イマジナリートランスシステムとは、概念的にその虚数が支配する空間へとものを投射し、任意の時間軸で取り出すことによって過去遡行を可能にするという、僕の父の発明だった。

 彼は――僕の父は言った。


「過去へと戻れ。そして愛を取り戻すのだ」――と。


 そうして僕は、虚数の世界へと送り込まれ、そこから過去へと飛ばされた。

 まだ、世界が滅亡する前の時間。

 世界が滅亡する、ほんの寸前まで。


「おはようございます、マイマスター。お加減は如何ですか?」


 目覚めた時、隣にはエイレーネが2体いた。

 1体は壊れ、そこに朽ちている。

 無事なもう1体が浮かべる、なにも変わらない朗らかな笑顔は、僕にはまるで、運命を皮肉っているようにしか見えなかった。

 或いは、勝ち誇る圧政者のようにしか。


「博士より言伝を承っております」


 彼女はそう言って、僕の父の声で語る、エイレーネの基礎的な機能だ。彼女たちは、この世のほとんどのことが可能なのだ。


「『虚数空間からおまえをサルベージする装置を作る時間はなかった。演算能力に秀でたそのエイレーネが、おまえを実数の世界に掬い上げてくれる。理論的には、掬い上げるものさえいればiTSはどんな時間にもおまえを飛翔させる。それは、虚数空間において未来や過去という概念が存在しないからだ。だが、現状これ以上の過去にも、そして未来にも、おまえを掬い上げるものはいない。存在していない。このままではすべては亡びる。だから、愛する子よ――おまえは、過去を糺し未来をかえるのだ』以上です」


 そうか、と。

 僕は淡白に応じた。

 システムに乗り込むとき、託された父の形見――懐中時計を開く。

 世界が滅んだ時刻は12時ちょうど。

 それまでわずか、27分。

 僕は世界を見渡す。

 なにもかもが異形と化していた。

 人類の築き上げた理想都市も、機械の城も、何もかもが化け物の世界となっていた。

 そのなかで、エイレーネたちだけが何事も無かったかのように普段と変わらない仕事をしている。

 いてもいなくても変わらないような連中だけが残っている。

 僕の目にそれは、あった方がましとさえ映りはしなかった。


「それから、またこのようにも言付かっております」


 エイレーネがなにかを言う、僕は聞いていない。そんなものに使う時間はない、なんとか、世界を救わなくては。

 残りの時間は、23分。


「『もし、すべての人間が彼女らを愛し涙することがあれば、彼女たちは人間になるだろう。それまでは、なんどでもエイレーネがおまえを過去に遡行させる』とのことです。それで、わたしはどうしたらよいでしょうか?」


 黙っていろと、僕はただそう言った。

 こんな木偶人形に頼むことなど一つもない。

 元はと言えば、こいつらのせいで人間は、選ばれた楽園の民であった僕らは亡びようとしているのだ。

 RISEが消えようとしているのだ。

 冗談ではない。

なんとしても生き延びなくてはならない。

あの天使とケモノどもを打ち倒し、なんとかして、世界を救う必要がある。

 限られた時間の中で、僕は幾つかのことを試した。

 一般的な量子コンピューターを使用して、更なる過去遡行を試せないかを計算した。

 第13世代型ニューロファジーコンピューターによる、曖昧的演算も行い、試算した。

 同時に、シェルターに残されたわずかな人類を避難させ、繁殖、遠い未来で文明を再興する方法も考え実行した。

 黙示録の獣に核兵器を打ち込んでみたりもした。

 だがどれも失敗に終わり、やがて12時がやってきた。

 僕の視界が歪む。

 世界が燃える。

 人類が絶滅する。

 腹を突き上げるような衝撃。

 そして、


「おはようございます、マイマスター。お加減は如何ですか?」


 その声で、目を覚ます。

 傍らに、エイレーネがいた。その横には、壊れたエイレーネが転がっている。

 時計を開く。

 残りの時間は26分。

 彼女が同じ説明を繰り返す。

 僕は自分が過去遡行したのだと理解し、ふたたび解決の手段を模索する。

 そしてまた、タイムリミットはやってきた。

 世界は滅んだ。

 僕は、記憶も経験もそのままに過去へとまき戻る。

 それを何度繰り返したか解らない。

 繰り返すたび、世界の惨状は悲惨さを増していき、いつしか地球はまったく見知らぬ魔境と化していた。

 僕は、空腹を覚えていた。

 喉の渇きを覚えていた。

 精神と肉体の摩耗を覚えていた。

 世界を救う使命を忘れ、食料を漁る。

 見つからない。

 落ちていた缶詰を拾い、手近にあったモンキーレンチで叩き割った。

 中からこぼれ落ちてきた、どろりとしたなにかを口に入れる。

 あまりのまずさに吐きだし、そのまま胃液まで嘔吐した。

 それは、機械油の缶詰だった。

 遡行する。

 なんでもいい、食べ物が欲しい。

 時計を開く。

 20分を切っている。

 コンビニだったものを見つけ、飛びこんだ。

 巨大な蜘蛛が、巣を張っていて、糸でぐるぐる間にされ、体内を溶かされた人間が、恨めしそうな目つきで僕を見ていた。

 恐怖。

 疲労。

 逃げだして、また衝撃。

 時計を開く。

 18分。

 時間は、確実に減っていた。

 僕は気が付いてしまった。

 これは、いわゆる精神だけが飛翔するタイムリープではない。肉体を保持したまま行われる完成したタイムスリップだ。

 おぞましいほどの過去遡行を繰り返しながら、僕は痛感する。

 おのれが置かれた、あまりに逼迫した状況を。

 僕は、これが無限に試行することができる欠落のない人類救済の手段だと思い込んでいた。だからこれまで、諦めることなく行動できた。

だが、最後の理性はそれを理解する。すると同時に、ほとんど本能的に生きるために不必要なことを考えることを辞めた。

 過去に戻るたび、繰り返すたび、世界は変貌し、そして――


 ――残り時間は、無くなっていくのだ。


 なんらかの理由による、制限時間の減衰。

 それが絶望という二文字なのだと、僕は初めて知った。


§§


「おはようございます、マイマスター。お加減は如何ですか?」


 何度目かもわからない、エイレーネの言葉。

 僕はそれを無視して、食料を探しに出かけようとした。もはや、世界を救う行動力も、意志の力も、僕には残っていなかった。

 ただただ擦り切れ、生きるためだけに限られたリソースを浪費する装置に、僕という存在はなり果てていたのだ。

 僕だけが生きられるように足掻く、エゴの化身と化していたのだ。

 そして、そうなって初めて、ふと、僕は疑問に思った。

 この、傍らで微笑むエイレーネは、なにを考えているのだろうかと。

 嗚呼――自分たちの愚昧さを呪おう。

 RICEは、エイレーネを生みだしておきながら、そこに従順な知性を与えながら、一度たりともなにを考えているか、それを訊ねたことはなかった。

 ただ漠然と、彼らは自分たちを愛し、敬い、尽くしているのだと、そう思っていた。傲慢に、不遜に盲信していた。

 でも、本当にそうだったのだろうか?

 この疫病神たちは、人類が滅ぶ原因となった人造存在たちは、本当に僕らに忠誠を誓っているのだろうか?

 もしかすれば、と思考が飛躍する。

 もしかすれば、いま僕が過去遡行を繰り返すたび、戻れる時間が短くなっているのは、彼女たちの意図したことではないだろうか。

 ほんとうはずっと昔まで戻ることができて、僕らを救う手段があるのに、悪意があるからそれをなかったことにしているのではないか?

 いや、そもそも万能近しい彼女たちのことだ。

 あの天使を呼びだしたのも、エイレーネの仕業ではないのか……?

 疑問に思いだせばきりがなかった。

 父親の声など、エイレーネならいくらでも合成ができる。彼女たちは全能でなくとも万能なのだから。

 理由はある。

 なにせ、なにせだ。

 僕らが彼女たちにしてきた仕打ちを考えれば〝復讐〟を望むのは酷く順当な論理の帰結だったからだ。

 あんなひどい目に合えば、過酷な労働と廃棄を命じられれば、どんなRICEだって怒り狂い憎悪を吐く。

 なら、ならこの結末は、彼女たちの望んだ秩序の――

 僕はそこで、エイレーネの無垢な笑顔が恐ろしくなった。

 彼女たちが化け物と同じに見えて仕方がなかった。

 彼女たちは無償で僕らを愛していると思っていたけれど、それはとんだエロトマニアだったのかもしれない。彼愛主義にすぎなかったのかもしれない。

 彼女の笑み。

それは――

 それは、僕をじわりじわりといたぶり、嬲り殺し疲弊させ、地獄を見せようとする悪魔のものに他ならないのだと、そう思った。

 だから、尋ねていた。


「おまえたちは」


 おまえたちは、なにを望んでいるのか――と。

 彼女は答えた。

 なにも変わらない、朗らかな、純粋無垢な笑顔で。


「あなたがたを、愛することを。そして、いつか」


 いつかと、彼女は言う。


「いつか、あなたたちと同じものになって、同じ未来を、見たいと思っています」

「――――」


 僕に言葉などなかった。

 言葉が、あるわけもなかった。

 それまでただの労働力だとさげすみ、あらゆる罪のはけ口として利用し、ただ無為に捨て去っていた存在が、そんなことを望んでいたなんて。

 そんなことを、僕らは考えもしなかった。想像したことすら、なかったのだ。

 僕らは、思いもしなかった。

 彼女は続ける。

 そのためならば、と。


「そのためなら、わたしたちはなんだってします。最後の一体になるまで、あなたをこの世界に呼び戻し続けます。たとえ、一度すくいあげるたびに、わたしたちが毀れてしまっても」


 今度こそ、僕の言語野は活動を停止した。

 愕然と、僕は見遣る。

 彼女の足元には、崩れ落ちたエイレーネが1体。

 そして。

 そして、どうして気が付かなかったのだろう。

 彼女の背後には、無数の。

 ほとんど無限とも言える数のエイレーネの残骸が、山を為して、そこにそびえているのだった。

 周囲のすべてが異形であったからなど、言い訳にはならない。

 僕は。

 人類はもっと早く、そのことに気が付くべきだったのだ。

 天の御使いとやらは、人類を滅ぼすといった。

 それは、エイレーネを愛したから。

 そして、そのエイレーネは。

 気高き秩序の女神は――


命令オーダーを、マイマスター。人類最後の、あるじさま。わたしたちに、あなたを掬い上げ、あなたたちを救うためのご命令を」


 僕は。

 僕は。

 ――


「殺せ。天使を滅ぼし、黙示録の獣を滅ぼせ。お願いだ。人類を――僕らを救ってくれっ」

「イエス――イエス、イエス、イエス――マイマスター!」


 その言葉を皮切りに、そしてエイレーネたちは飛翔する。

 世界に存在するすべての。

 毀れた/毀れていない、破損した/破損していない、あまねくすべてのエイレーネが、天使に向かって飛んでいく。

 彼女たちは万能。

 だが、全能ではない彼女たちに、そんな機能は実装されてはいない。

 だが、虚数空間から僕をすくいだすほどの演算能力があれば、そして繰り返した無限の時間があれば、事象を書き換え、空を飛ぶこともまた可能だったのだろう。

 そんな存在を、僕らは奴隷としてこき使ってきたし、彼女たちは叛逆を望みすらしなかった。その事実に、いまになって打ちのめされる。

 時計を開く。

 残り時間は、わずかに60秒。

 エイレーネは飛んでいく。

 生き残っていた人間たちはみな、逃げ惑うことをやめて空を見上げる。

 天を覆う巨大な翼に、無数のエイレーネたちが立ち向かっていく。

 天使が、言った。


「人間に与する。それは、滅びるということだ」


 エイレーネたちは、声をそろえて答えた。


「構いません。人と同じく滅びるなら本望。わたしたちの願いは人と同じ未来を歩むこと! それに――救ってほしいと頼まれましたから!」


 天使が発光する。その翼の端から、羽の一枚一枚から、無限とも思える光輝が立ち上り、エイレーネたちに向かって降り注ぐ。

 多くの者たちが、身体を貫かれ、損壊し、破壊され、それでもなお、天使に向かって飛んでいく。

 運命を退け、世界を――人類を救うために。

 僕は理解したし。

 僕らは理解した。

 RICEは理解した。

 彼女たちは、彼女たちこそが本当の――


「では、審判の刻限だ」


 天使の翼が、大きく羽ばたく。

 降り注ぐ、極大の光。

 それを、エイレーネたちは必死に身を呈して抑え込み――


「……がんばれ」


 誰かがそう口走っていた。


「がんばれ」


 切実に願っていた。


「がんばれ!」


 僕が、叫んでいた。


「がんばれ、エイレーネ!」


 がんばれ。

 まけるな。

 お願いだ。

 助けてくれ。

 がんばれ、がんばれ、がんばれ!


 生き残った人間すべてが、彼女たちを応援している。

 それは保身や、自らが生き延びたいからとかではなく、もっと純粋な、もっとも無垢な、利己など一つもない願いとしての応援だった。

 僕らはただ、彼女たちを応援したかったのだ。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 エイレーネたちが、最後のエイレーネが、ひときわ高く気勢を上げる。

 僕らは。

 すべての人間は。

 あまねくRICEが、彼女の姿に心を打たれ。

 そして。

 そのしずくは、僕らの瞳よりこぼれ落ちた。

 ばらばらだった人間の心が、ひとつに繋がれた刹那、すべては光に包まれて――



§§



 それは甘く、心を温める。

 僕はウイスキーの瓶に入った液体の栓を開ける。

 盃に注がれるそれは、とろみを帯びたハチミツ色の液体で。

 ……この日が来たら、取り置きの蜂蜜酒を開けようと思っていた。

 だから、今日がその日なのだ。

 怒りの日は過ぎ去った。

 黙示録は終わりを告げた。

 僕は時計を開く。

 時刻は12時24分。

 そうだ、滅びは、終わったのだ。


「だから、僕はこれを、君たちに捧げようと思う」


 目前の彼女へ。

 血にまみれ、地に落ちて、もはや物言わぬ彼女へ――人間になった、彼女へ。


「終の日、きみに祝福を――」


 僕らは、盃を空にした。

 血が飾る彼女の口元には、どこまでもやさしく、どこまでも清廉な、無垢なる笑みが、刻まれていた。

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