【禍の角】―――元旦の戦い

クファンジャル_CF

【亜光速かるた】

というわけで元旦である。

「何が元旦である、か」

そこ。地の文に突っ込まないでいただきたい。

「やかましい。元々この話は私の一人称だっただろ」

そういえば。

「で、何がどうなってるんだこれは」

そこは褐色の地平だった。

複雑怪奇に入り組んだ金属によって構成される、どこまでも続く平面。いや。

それはよく見れば緩やかに湾曲しており、遥か先で真上にねじ曲がっている。視線を上に向ければ、同様に湾曲した巨大な大地―――そう呼ぶのが適切かはさておき―――がいくつも、伸びている。

その存在を外側から見れば、球形になった金属製の骸骨、という印象を受けるだろう。

機械だった。それも、直径二百キロもの巨大さを誇る機動要塞であった。

「お正月にはこれで遊ぶのが習わしなんでしょう?」

疑問に答えたのは、眼前で何故か正座している機械生命体―――光背がつっかえるので、わざわざ床に物質透過させている―――である。

仮面のようなレーダーアンテナを備え、両肩を持たず、女性的なボディラインを白い皮膜とプロテクターで守り、そして背面の巨大な光背から合計六基の蛇腹状アームを備えた身長35mの知性機械。

個体名"未来"

対面するのは、やはりなぜか正座させられた、深紅の巨人―――角禍。

こちらは小ぶりな頭部の全面にはダイヤモンド型のフェイスカバー。後頭部からは身長よりも長い蛇腹状の尾が生え、まるで髪のよう。両腰のサブアームは折り畳んでいると正座できないために展開している。

そして。

両者の間に開いた空間には、無数の板状の物体が整列させられていた。

その表面には流麗な文体で、短い詩―――短歌が刻まれている。

百人一首だった。35mサイズの機械生命体に合わせた。

「……なんでかるたをやらにゃならんのだ」

「できないの?」

「いやできるけどな」

そういう問題でもない。

などと思いつつ、角禍はこの状況に何で陥ってるのか頭を悩ませた。

元旦なので博人の家へ遊びに行ったら未来たちに、ここへ連行されたのである。この、木星の影に停泊している巨大宇宙戦艦に。

昔―――1万と1600年ほど前、派手に破壊した機動要塞をぐるりと眺め。

「しっかしここ、前に来た時と変わらねーな。予算ないのか?」

「まさか。

中身は結構改造してあるわ」

「そっか。

で、私は博人に会いに来たんだが」

「お父さんならそこの展望室からこっち見てるわよ」

目をやると、確かに床―――というか実際は外壁だが―――の一角から覗く透明な区画の奥で、少年の姿をした男がこちらへ手を振っていた。片手に持っている器に入っている乳白色の液体は、おそらく甘酒か。ソファに座ってこちらを見ている。

「というわけで、再戦よ」

「再戦?―――あー。要するに前、ここでやり合った時の決着をつけるってわけか?」

ようやく角禍にも得心がいった。

眼前の機械生命体は元来戦争用であり、穏やかそうに見えても闘争心は人一倍旺盛だ。

この機会に、前の戦争の時の決着をつける気なのだろう。

その手段がかるたというのもどうなんだという気はするが。

「ええ。

じゃあ始めちゃってもいいかしら?」

「まぁいいか」

たまにはこういう平和なのもよいのだろう。

そんな事を思い―――そして戦いが始まった。


『なが―――』

タイマーに従い流れ出した短歌に反応。無慣性状態へシフト。量子論的な原子の"追い越し"がはじまり、腰のサブアームが伸長。光速の99.98%で動いたそれは、かるたを的確に確保。

「はぁぁっ!!」

『乱れてけさはものをこそ思へ―――』

突撃型ユニットと突撃型指揮個体。その総合性能はほぼ互角だ。少なくとも先の大戦、その終戦時には。

それはすなわち、亜光速近接戦闘能力を備えている、という事でもある。

電波通信では、1mの距離の差でも大きなハンデになりかねないため、両者は時計を同期させたうえで、事前にランダム入力された詠み手の音声をインストール。同タイミングで流すという手段で百人一首の公平性を確保していた。

一連の攻防で角禍がとった札は4。

対して、未来がとった札は0枚。

「ハンデが必要じゃないか?」

「いらないわ。次は本気で行くから」

冷静に考えてみれば、地球で1万年以上過ごし、日本暮らしも長い角禍はこの手のゲームの経験も豊富である(分身体での話だが)

対して未来にはこういった経験があまりないのだろう。明らかに押されていた。

このまま順調に推移すれば角禍が勝つ。そのはずだ。

なのに―――

―――嫌な予感がする。

などと悩む間にも、次の句が流れ始めた。

『なつ―――』「はいっ!」

札を取ったのは未来のアーム。

「な……」

見えなかった。亜光速の動きを光速で見て取るのだから元からリアルタイムで見れるわけではないのだが、それを差し引いても―――見えない。

「一枚、もらうわね?」

「…あ、ああ」

一体何が?

角禍のそんな疑問を押し流すように、次の句が―――


戦いは終盤に差し掛かっていた。

もはや残っている札もほとんどない。

未来は時折ミスをするものの、角禍の成績を常に上回り続けた。

次に札を取られれば、角禍の敗北が確定する。

―――く。どうする?どうすれば勝てる?

角禍の内心を知ってか知らずか、未来はその仮面のような顔を傾けた。

「今降参するなら許してあげてもいいのよ?」

「誰が降参など」

どうやってこちらの動きを上回っている?光速を越えているとでも―――

そこではたと気づいた。

眼前の機械生命体の異名は"空間使い"

空間を操り、アームの通過する空間をわずかに短くしていたのではないか?

―――いや、だが、それなら最初の時点でセンサーにひっかかるはず。

分からない。角禍には、どんな手品を使われているのか分からなかった。

だが他に思いつかない。まさか超光速挙動を実現したわけでもあるまいし。

「ふむ―――」

やってみるか。

角禍は腹をくくった。背面にある二基の超光速機関。その中枢である詭弁ドライヴを活性化させる。

通常、これは無意味な行為だ。詭弁ドライヴは空間をいじるが、同じく詭弁ドライヴを用いて空間を正常な状態に戻す方が遥かに容易なのだ。距離を圧縮しようとしてもたやすく妨害されてしまう。

だが目的は空間の圧縮ではない。

『あき―――』

角禍の後頭部の尾が動き出す。敵手の腕が動く。伸びる。空間が歪む様子はない―――知覚できなくなる。その瞬間、詭弁ドライヴを駆動。空間を正常化。

未来の腕が失速―――しない!

アームは札をとり、そして尾は虚しくその上を通り過ぎた。

敗北であった。

「……」

別に悔しくないわけではないが、それよりも。

「どうやった?」

「あら。気付いてたと思うけど。超光速・・・よ」

「……マヂか」

「ええ。ひと固まりの光は、その中で光子が光子を追い越すことがあるのは知ってるでしょう?すなわち全体として光速を越えない限りは超光速を実現できるの。

うちの最新技術よ」

「……問題になるのは重心か?」

「あら、そこまで見抜いたのね。内密にお願いね?」

「ま、面白いものを見れたからな」

一万年以上隠棲している間に、外では随分テクノロジーレベルが上昇したようだ。

もはや己はロートル。やはり地球に引きこもっていた方がいいな。そう思う角禍であった。


なお、この後地球に戻ると、なぜか博人の母からお年玉をもらった。角禍も未来も。

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