第2話 辛い季節

  冬が辛くなったのは3年ほど前からだった。

 はじめはグルメ評論家だった。彼らがこぞって「都内の水道は辛い」と主張し始めたのである。評論家というのはいつの時代も口うるさいものだ。「まずい」なら分からないこともないが、「辛い」とはなんなのか。多くの人からは呆れて相手にされず、残りは水道水を飲むのをやめた。家庭用ウォーターサーバーの売り上げは少し良かったらしい。こしあんとつぶあんにさほどの差を見いだせない私も、特に気にするような事はなかった。ともあれ多くの人にとって初めての冬は、いつもより少し寒いだけのなんの変哲もない冬だった。

 しかし次の冬は違った。11月はまだ違和感がある程度だった。しかし12月ともなると米が、パンが、牛乳が、全ての日常品が辛くなった。辛さは冬が深まるにつれて増していった。クリスマスにはスイーツですらピリリとした辛さをもつようになった。これが意外と堪えるのだ。ケーキを食べるときに辛味を予期する人はなかなかいない。一時の幸せを期待した口の中に、ハリネズミの如き刺激が駆け抜ける。当然その場は険悪な空気が流れる。幾つものカップルがそのまま別れることになったそうな。(本当だろうか)

 そして今年である。辛い。何もかもが辛い。水は辛い。空気が辛い。目で辛い。鼻の奥から口にかけて全てで辛い。深呼吸などできたものでない。

 辛味予防マスクは飛ぶように売れ、どの週刊誌も辛味対策の特集を打っている。政府も調査に乗り出したようだが「不要不急の外出を避けてください」「長期的な健康被害については未確認です」と毎日アナウンスするだけでほとんど役に立たない。公害ではないかと噂はされているが、辛さをばらまく公害とは一体何なのだろうか。冬がこんなにも辛くなった理由は誰にも分かっていない。


 一方こんな動きもある。

 この不思議な辛さには幾つかの要因があるらしく、それらが複雑に絡んだ結果、各地の水が全く異なる辛さを持つようになった。特に東京の水道水は群を抜いた辛さを誇り、全国の辛いもの好きの皆さんによって東京の水道水はヒット商品となった。特に痺れるような辛さが売りらしい。グルメ評論家も侮れないものである。

 さて私はと言うと、中野のボロアパートに住むしがないフリーターである。まだ甘さが残ると言われる沖縄かどこかの深層水を買う金などない。しかし生粋の甘いもの好きである私は、同時に辛いものが大の苦手であった。何が言いたいかといえば水が飲めなくなったのだ。

 それでも喉は渇く。辛いが仕方ない、生きるとはそういうものだ。辛いのが夏でなくてよかったと思いながら、私はコップの水を一気に飲み干した。辛い。

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物静かな女 木目細 @kimekoma

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