第18話 祝福と呪い

目の前は真っ暗な闇だ。


その中をぼんやりと歩いている。


どこまで行っても暗闇だ、目的地もないのに歩いている。


ふと気が付くと目の前に人影がある。


見たことのある人影だ。


だがその人影は体ははっきりとしているのに、首から上は闇が濃くなっていて判然としない。


先ほどまで歩いていたのに今度は体が石になってしまったかのように動かない。


人影はどんどん近づいてくる。


どんどんと。


どんどんと。


そうして影は手を伸ばせば触れる距離にいる。


それなのに影の首から上はやっぱり見えない。


どうすれば見えるのだろう、見たくないのに見たくてしょうがない。


すると影は言葉をつむぐ


愛してる


あいしてる


アイシテル


何度も何度も何度も。


僕は耳をふさぎ、首を振るキキタクナイ。


しかし愛の囁きは止まることはない



僕の意識は突如覚醒する。

息は荒く、心臓のは早く高鳴っている。


「ふぅ・・・。」


深呼吸し改めて周りを見る、そこは白い天井に白い壁、鉄格子の入った窓からは光が降り注いでいる。

僕は今、白く清潔なベットの上に病衣を着て寝ている。


今いる部屋は6人部屋の真ん中で、他のベットにも4人の入院患者がいる。

あるものはひたすらにクレヨンのようなもので絵を描いている。

あるものは部屋の隅を見てぶつぶつと独り言をいっている。

あるものはベットの周りを歩き回り。

あるものは目を見開いたまま、じっと横になっている。


そうここは精神病患者の隔離病棟で、そこに僕も入院している。

僕が妄言を言ったり、自殺未遂をしたためだ。


そうこうしていると看護師の巡回の時間になったようだ。

扉を開けて入ってきたのは見知った入院当初からお世話になっている木村という女性の看護師だ。

彼女は丸顔で薄い赤の眼鏡をかけ長い髪をヘヤピンで後ろに留めている。

彼女はいつもの手順どおりに時計回りに入院患者に話しかけてみたり、観察したり、などして変わった様子がないか見ていく。


「山本君調子はどう?何か変わったことはない?」


木村さんは僕に対して笑顔で話しかけてくる、その笑顔が僕は苦手だ。


「特に・・・ありません。」

「そう、でも以前よりなんだか元気になってる気がするわ。よかった。」


そういうと諸々の経過観察を行ったのち、そのまま部屋を出ていった。

そう以前の僕はそれはひどいものだった。

宮園さんがあんな最期を遂げてしまったあと僕は錯乱し混乱しよくわからないことをずっと叫んでいたらしい。

らしいというのは僕は宮園さんが爆発したとき以来の記憶がすごく曖昧だ。

その後この病院に入院して、なんとか少しづつ正気を取り戻してから刑事さんに聞いた話はこうだった。


犬が吠えているのを聞いた近隣の住民が、僕が黒木に殴られているところを目撃し警察に通報したらしいのだが、宮園家は代々市会議員や国会議員を出している家系で警察は介入するのに二の足を踏んでいたらしい。

時間が少し経ち通報の事を知った宮園さんの両親は、自らで契約している警備会社に連絡し中の状況を確かめさせるために動かし。

警備員は家の中の状況が異常なことや、家族の関係者ではない黒木を発見し拘束。

黒木は拘束するときに暴れたため気絶、そのために事情を聴くために起こすのにも時間がかかり、その後、事情を知った警備員は地下室へと入り、首のない遺体と、発狂している僕を見つけたらしい。


捜索願が出されていた僕は衰弱と精神が不安定になっているために警察病院へと移送。

最初は一般病棟で治療を受けていたが、僕が錯乱しているのと、すぐに自傷行為を行うということで精神病棟に移されて今に至る。


僕は小さく自嘲の笑みを浮かべる。

少し前まで自分は毎日が平凡で何も変わらない、平和といっていい生活を送ってきた。

なのに今は人を何人も間接的にも殺し、しかもそれは裁かれることは決してない。

殺人鬼ならこんなにいいことはないと考えるかもしれない、でも僕はただの凡人だ。

気を抜くと罪悪感で胸を掻き毟りたくなる。


これは誰のせいなのだろう?

そうだこれは考えるまでもない、祝福と呪いを僕に与えた神と悪魔のせいだろう。

だから僕は髪と悪魔が憎い、とても憎い。

だがそれは天に唾を吐くようなものだ。

やっても意味がないことだし、結局は自分に返ってきてしまうことだ

だけど、それじゃあ僕はどうしたらいいのだろう、何を恨めばいいのだろうか。


「そんなに悩むことはないさ、気楽にしてなよ。考えても意味のないことってのは意外と多いもんさ。」


聞きなれた声がどこからともなく聞こえてくる。

僕はハッとして辺りを見回した。

そこにはそこには楽しそうに笑みを浮かべた白と黒の悪魔、ルージュの姿があった。


「ルージュ、・・・さん?」

「ああ、ルージュさんだよ。君が入院していると知ってね、見舞いと借りを返してもらいに来たよ。」


陽気に笑っている彼女は今この病室には異質な存在でしかない。

こんな人物が突然現れればナースコールが押されてるかもしれない、そんなことを考え周りを見渡しそんなことはありえないと気付く。

ここは精神病棟で、その入院患者の多くは心が壊れてしまったか、自分の心に閉じこもっているだから周りを気にするものなど誰一人としていない。

そんなことを知ってか知らずか、彼女は周りのことなど気にせずに話し続ける。


「そんなにこちらの事を睨まないでくれよ、僕だって睨まれたら嫌なんだよ。」

「・・・。」

「そうか君もいろいろあってここに入院したんだものな、いやぁ悪い悪い空気読めてなかったね。」

「それで・・・何の用なんですか?」

「そうだったね、すぐ脱線しそうになるのは悪い癖だよ。でも本題に入る前に話したいことがあってね。」


そういいながら、彼女は病室の中を我が物顔で踊るようにスキップしながら歩いている。

そんな明るく楽しい様子に僕はいら立ちが募っていく。


「いったいなんなんですか?!」

「いやなに君の事をうちの上司がほめていたんだよ、彼はいい実験体だった。こんなに面白い展開にできる人間もなかなかいないってね。」

「じっ・・・けん・・・たい?」

「そうか君にはそこから話さないといけないんだったね。」


そういいながら彼女は、大げさに肩をすくめている。


「呪いと祝福の事は話したと思うんだけどね、ゴメンあの内容は半分ぐらい嘘を言ったんだ。」

「う・・そ?それってどういう?」


呪いとは爆破の呪いの事で、祝福とは異性に好意をもたれる祝福だといったはずだ。

それが嘘とはどういうことだ?

考えるだけで思い出すだけで吐きそうになるあの出来事は本当の出来事だったはずだ。

体に寒気が走り、鳥肌が立ってくるのがわかる。


「呪いは爆破、祝福は好意といったけどあれは逆なんだ。」

「逆?」

「異性に好意を持たれる呪い、相手を爆破する祝福といった感じにね。」

「??!!」


それじゃああんな人を殺すようなものを神が僕に送ってよこしたというのか?

そんな、そんなこと・・。


「まあ驚くのも無理ないかもしれないけどね、君たちの考えでは神ってのは根底にあるのが善で自分たちを助けてくれる存在だと思っているみたいだけど、実際にいるのは世界を維持するためのシステムとしての神がいるだけだからね。」

「・・・・。」

「それで僕が嘘ついたのはもう一つ、神に祈っても無駄だって事。まあ広い意味じゃ間違ってないんだけど今回のような事があるから祈っても無駄ってことはないんだよね。」

「じゃあ・・・じゃあ・・神様に祈ったら助けてくれるかもしれないんですか?」

「う~~ん、個人の願いでは無理だろうね。でも何万、何億の人が願ったならシステムに介入するだけの力にはなるだろうね。」

「僕の・・・爆破する祝福も・・・・そうだってことなんですか?」


そういうと彼女はかなり驚いたようにこちらをじっと見つめてくる。

その後嬉しそうに笑顔になる、まるで出来の悪い子供を見るような顔で。


「君がこんなに早く理解してくれると思わなかったよ。嬉しい誤算だね。そうその通り、君の爆破する祝福は他の人間たちの願いによってシステムが例外的に作ったものだ。」

「でも・・でも・・どうして僕なんですか?僕じゃなくても他にいっぱいいるじゃないですか!!」

「これは推測だけど、君は『リア充爆発しろ!』って思ったことはないかい?」

「わかりません、でも一度ぐらいは考えたことはあるかもしれません。」

「それだね、その『リア充爆発しろ!』というキーワードを言ったり考えたりした人間から無作為に抽選した結果じゃないかな?」

「そ・・そん・・・な。」


そんなのはどうしようもない、歩いていたら雷に打たれるようなものだしかも人ごみの中で。

僕のそんな気持ちを察したのか、ルージュの声は少し優しくなる。


「まあ人生どうにもならないことはあるものさ、それで追い打ちをかけるようでなんだけど、今度は異性から好意をもたれる呪いこれについてなんだが・・・。」


ここで初めてルージュは言葉を濁すようにためらっている。


「話してください、これ以上もうショックを受けることはないと思います。」

「そうかい?そう言ってくれると助かるよ。それで好意を持たれる呪いの事だけど、はっきり言ってこれは神が君に祝福を与えたことを知ったクソ上司が面白そうだからと後付けしただけに過ぎないんだ。」

「そう・・ですか。」

「うん・・悪いねうちの上司は最低の奴なんだよ。それじゃ説明は終わりにしよう、こっからが本題だよ。」

「わかりました・・・。」


途端にルージュの表情がすべて消えてしまっているのに気付き、先ほどまでの明るい表情からの変化で室温まで変化したような、背筋が寒くなるような気持ちを覚える。




「君には死んでもらうということに決まったんだ。」


「え・・・・・・?」


頭の中がルージュの言ったことに追いついていない、死んでもらう?何かの聞き間違いだろうか?死?僕を殺すってことなのか?


「あの・・・・、言っている意味が・・・よく分からないんですが。」

「わからないのも無理はない、君の存在はもう必要ないしこれ以上存在すれば邪魔になるということに決まった。だから君の廃棄処分が決まった。」


先ほどまでのルージュの面影はどこにもなく、口調もかなり冷たく無機質だった。


「廃・・棄・・処分?なにいってるんですか?冗談をいってるんですか?」

「いや、これは決定事項だ覆すことはできない。」

「いや・・いやだ・・・どうして僕が・・・僕ばっかり・・・なんでだ。」


僕は恐怖からルージュから逃げようとするも体は何かに縛られているように動かない。

首だけは動かせる僕は首だけを懸命に振る。

周りから見れば叫びながら、首だけを振っている奇怪にな姿に見えるだろう。


そうしている間にもルージュは、こちらの様子を楽しむようにゆっくりと近づいてくる。


「なんで・・なんでなんだよ・・ルージュさん・・あんなに親切にしてくれたのになんで・・・。」

「あれは親切ではないよ、ただ業務上必要だと思ったことをしただけだ。」


そういったルージュはベットのふちに座り、僕の顔の方に左手を伸ばしてくる。


「どうして僕はいらなくなったんですか・・・何でもします…役に立つようにします・・・だから。」

「そういうことではないんだ、呪いと祝福を持った人間が長くいるとバグだと思ったシステムが原因から消しに来るんだ。君は存在しているだけで危険なんだ。」


そしてルージュは優しく、壊れやすいものに触れる様に右ほほに触れている。

僕は今この瞬間にも死の危険が迫っているというのに、彼女の顔を見とれてしまう。

彼女の顔はいつもの様に、いやいつも以上の蠱惑的とも言える笑顔を浮かべている。


「いやだ・・いやだ・・いあだ・・・いあだいあだ。」


そう僕は言うものの、体はもう動かなく気持ちもすでに生きることを諦めていた。


「君はなかなか面白い人だったよ、一応これで貸し借りなしだよありがとう。君はよく頑張ってたと思うよ。よくわからない力を勝手に授けられて、でももういいんだよ。」


そういいながら触れている彼女の手は冷たいが、触れ方はとてもやさしい。


「・・・・・・・。」





                  「それじゃあ、お休み。」


そう告げた優しい声を聞くか聞かないかの瞬間に僕の意識は白い闇の中に飲まれていくように感じた。






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10カウント!~リア充爆発する~ ほうこう @houkou407

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