第五十六話 長い年月から

「ルベンダー」


 仕事仲間のメイドに呼ばれ、振り返る。赤い髪はさらに伸び、そして白い肌が美しさを際立っている。くすっと笑うようにして返事をした。


「どうした?」

「ジオさんが書庫の整理手伝ってほしいって呼んでたよ」

「ああ、分かった。すぐ行く」


 ルベンダは落ち着いたようにジオがいる場所へ行き始めた。

 その後ろ姿に少し惚れ惚れしていると、別のメイドが近寄ってくる。


「……ルベンダさらに綺麗になったよねー」

「ああ、同じ女だけど見惚れるわ~」


 そのままルベンダについて色々と話し始める。しばらく楽しそうにしていたが、急に後ろから両手を叩くような音が聞こえてきた。その音にぎくっとする。


「ほらあんたたち、早く仕事を再開させなさい!」

「「ご、ごめんなさい」」


 そそくさと逃げ出すように言った後輩たちを見て、シャナンは溜息をついた。あれから四年経っても、ルベンダの人気は落ちない。いや、むしろ上がったといっていい。少しは大人になったせいか落ち着きというものを得て、それが逆に大人っぽく見せるのだ。お転婆だと言われていた彼女が懐かしい。すると拍手のようなものが傍から聞こえた。音のする方を見れば、自分の夫がにこやかな笑みを浮かべている。


「いやぁ、すっかり指導者って感じだな」

「……なにそれ。スガタだって昇格したんでしょ?」

「ははっ、俺もいつまでも下の方にいるのはな。シャナンのためにも、そして、この子のためにも……」


 そう言ってそっとシャナンのお腹に手を当てる。まだ少しお腹が大きくなっただけだが、愛おしそうな顔をしていた。シャナンはそれだけで嬉しかった。


「子供、男の子か女の子かどちらかしらね」

「俺は女の子がいいな」

「? どうして?」

「シャナンに似て美人だったらいいなって。性格もシャナンみたいにしっかりしていてそれで強くて頭良くて」

「…………ちょっと、スガタの子でもあるのに全部があたしに似るわけないでしょ?」


 すると少しへこんだような顔をされた。


「だって俺に似たら可哀相だろ。方向音痴だし不幸体質だし」

「その欠点は最近直ってきたじゃない」


 こちらは呆れたような顔になる。


 実際シャナンと恋人になって結婚してからは、スガタは不幸体質らしき場面に遭っていない。方向音痴も、いい加減道に慣れたのか、通ったことのある場所は平気になった。それでも昔のせいで少しスガタは過敏になっていた。何度も慰めているが、心配そうな顔は直らない。だがスガタはひらめいたように言った。


「それも、きっとシャナンのおかげだ」

「え?」


 するとスガタが微笑んだ。

 昔から変わらない笑顔は、いつ見ても素敵だと思う。


「シャナンが俺に幸せを運んでくれたんだよ」

「なっ。それは、あたしも同じよ…………」

「え?」

「スガタがいないともうあたしは生きていけない。あなたがいたから、あたしはここまで来れたの」

「シャナン……」


 互いに照れたようにした後、きゅっと抱きしめあった。

 その微笑ましい姿に、他のメイドや騎士たちは陰ながら見ていた。







「こっち終わりましたー」

「了解! じゃあ休憩しよう」


 クリックは皆を集めて休憩するように指示をする。

 経営するお店がだいぶ波に乗り始め、今では従業員を雇うほど余裕が出てきた。仕事が一段落し、額の汗を拭う。すると橙の瞳の少女が笑ってタオルを差し出してくれた。


「どうぞ」

「あ、ああ。ありがとうニスト」


 ニストは他の従業員にもタオルや飲み物を渡していた。


 短かかった髪も今では肩につくくらいあり、少し女らしくなっている。元々可愛い顔立ちだったが、少し磨きがかかったみたいだ。正直どきっとしてないこともない。クリックも飲みながらちらっとニストを見ていると、他の従業員たちがにやにやしながら近づいてきた。


「ニストさん、最近余計に可愛らしくなりましたよね~」

「旦那は興味ないんですか? 俺ならすぐに自分の物にするけどなぁ」

「……お前ら黙っとけっ!」


 一発拳骨を食らわすと静かになる。


 ニストはあの日以来、店の手伝いを毎日のようにしてくれた。

 自分の仕事もあるのに、「助け合いは大事ですよ!」と持ち前のセンスの良さを出してくれた。それに、この店は城下にとってもとても大事だと、言ってくれた。あれほど嬉しいことはない。以前痛む気持

ちについて親友に相談しようとしたが、時間的にも内容的にも相談できなかった。


 だが別れる前に、向こうから言ってくれた。


『自分の気持ちよりまず先に、お前は店のことを考えろ』

『え……』

『それが邪魔してるんだよ、お前の気持ちを。それが落ち着いてからニスト殿のことを考えればいい。半端な気持ちのままだと、相手にとっても失礼なだけだ』

『それは……』

『じゃあ、またな。お前との再会も楽しみにしてるぞ。クリック』


 そう言って彼は旅立ってしまった。


 大分落ち着いてきたし、気持ちの面でも整理はできてきた。

 こっちだってもう二十三だ。だがいつ切り出すかタイミングが掴めないというか。それにものすごく今さらな気がして、どうしていいか分からなくなる。


(俺も馬鹿だよなぁー……)


 こんなにも想ってくれた人が身近にいたのに、それに応えてやれなかったなんて。がっくり首を落としていると、急にニストが慌てたような声を出した。


「こ、困ります」


 声のする方を見ると、いかにもまだ新米の騎士がニストの手を握っていた。

 嫌がっているが、相手は逃さないようにしている。


「そんなこと言わないでくださいっ。俺はずっと前からあなたに好意を寄せていたんです! 寄宿舎で優しくしていただいた恩は忘れていません。周りから何度も諦めろと忠告は受けましたが、それでもこの気持ちは止められないんです!」


 随分積極的な告白の仕方だ。


 これは若いことも関係しているだろうなぁと呑気に思いながらも、ちらっとニストの方を見ていた。だがニストは、あんまり浮かれたような顔はしていなかった。


「……それでも私は、今は仕事を優先させたいんです。申し訳ありませんが、お引き取り」

「他に好きな方でもいらっしゃるんですか?」


 食いつかれ、一瞬ニストは反論できなくなる。

 新米の騎士は、しつこく聞いた。


「教えてください! 教えてくださるまで僕は帰りません」

「ちょ、そんな勝手に……!」

「待てよ」


 いつの間にか口から言葉が出たようだ。

 無意識だったが致し方なく思い、クリックは二人に近寄った。すると騎士は少し悔しそうな顔をする。


「あなたは……。聞いてますよ、城下の番人であるクリック殿ですね」

「おおっ、名が知れ渡ってるとは光栄だな」


 後ろで「いよっ! 旦那世界一!」と調子の良い従業員の声が聞こえてきた。

 クリックはニストを自分の方に引き寄せ、そして相手を睨んだ。


「嫌がってるだろ。今日の所は帰れ」

「あなたに言われる筋合いはありませんよ」

「何?」

「! ちょ、止めてっ!」


 ニストが何か止めようとしたが、騎士は早口でまくし立てた。


「あなたがいるせいでニストさんはここが離れられないんです。すぐに気がないことを伝えればいいものを、ニストさんは優しいが為にあなたの犠牲になってる!」


 きゅっとニストが目を閉じる。


 確かに事実だ。相手からは何度も断られているのにも関わらず、未だにこうして店に通ったりしている。でも、それでもニストは諦められなかった。何度も助けられているうちに、そして祝福の相手がクリックだと知るうちに、自分の相手はこの人以外には考えられないと思ってしまったのだ。それがクリックの迷惑になっていると分かっているものの、それでも……諦められなかった。


 すると、クリックはしれっと言い返した。


「じゃあ気があるって言えば?」

「…………え」

「なっ!」


 クリックはにやっと笑った。こんなところで告白の予定はなかったが、なったものは仕方ない。というわけでクリックは想いをぶちまけることにした。


「俺はもう四年前からニストのこと好きだぞ? 自覚するのは遅かったけどな。それに店も今より小さくて経済的に厳しかった。このままじゃ彼女を迎い入れることができないと思った。店のこととニストのこと。俺は器用じゃないから両方得ることはできない。そして俺は店を優先させた。親父の大事な宝だ。投げやりでもちゃんと継ぐと決めたからな。そしてようやく店も落ち着いた。ありがたいことにニストはまだここにいてくれている。もう彼女がいないと店は成り立たない。俺の嫁になって一緒に経営してもらいたい」

「クリックさん……」


 そこまで考えていたとは知らず、目を見開いて顔を見てしまう。


 一気に喋ったが、今さらになってちょっと気恥ずかしくなり、クリックは少し視線を外していた。何だかいいムードになる感じがしたところで、慌てて騎士が邪魔をしようと口を開く。


「ちょ、ちょっとあなたたち僕の存在をっ」

「へいへい。邪魔者は始末しようかいね?」

「せっかく旦那とニストさんの空間だ。すぐ出てってもらえねえとなぁ」


 何度も手拳を鳴らす従業員に、騎士の選択肢はなかった。すぐに叫びながらその場を駆け出す。そしてすすすと残りの者もそこから離れた。ニストとクリックは、二人きりにされる。


「「…………」」


 どう声をかけようか迷ったが、ニストから口を開いた。


「あ、あの、さっきの話は本当ですか?」

「……嘘でもあんなに口は回らないよ」

「嬉しかった、です」

「…………」


 また無言になったが、互いに少し顔が赤くなる。

 だがここは男だ、と今度はクリックから話し出す。


「ニスト、遅くなった」

「え?」

「お前の気持ち、なんとなくは知ってたんだ。でも俺、店の方が気になって。……さっきの奴の言い分は当たってるよ」

「いいえ。それを言うなら私もです。私も未練がましくここにいて……いつ、追い出されるかと思ってましたから」

「そんなこと、ない」

「でも……」

「そんなことはない! ……それに、もう俺たち想いは通じあったんだよな?」

「え。あ、きゃっ」


 クリックはニストを抱っこした。


 いきなりの行為に驚き、じたばた暴れるが慣れたのか大人しくされるがままになる。


「あ、あの」

「で、返事は?」

「はい?」

「俺の嫁になってくれるか?」

「……は、はい」


 クリックは思わず笑った。

 素直に嬉しい気持ちが顔に出ると、ニストも笑う。


 そして従業員たちも影で互いに抱き合ったりハイタッチしたりしていた。そのまま互いの顔を近づけようとしたが、クリックの目の前の先に自分の父親の姿を見つけてしまった。


 なぜか乙女のように顔をときめかせている。そして今から自分がしようとする行為もばっちり見るつもりだろう。それはさすがに我慢できず、クリックは怒鳴った。


「親父っ!」

「おめでとう儂の息子よ! おめでとうニストさ~ん!」


 なぜか両手に小さい旗を持ってぶんぶん振り回している。

 そのおちゃめな行為には、さすがにクリックもニストも苦笑せざるを得なかった。







 ジオからの仕事を終え、ルベンダは寄宿舎の傍にある大きな木の下に立つ。

 風が頬を撫で、心地いい。その場を見回しても、四年前に別れた騎士との思い出が蘇る。


 始めはここだ。木の上から落ちたらキャッチしてくれた。お店まで馬で行こうとしたら後をつけられ、そして怪我をして自分を馬で運んで帰ってくれた。春のお祭りでは皆で回って楽しい思い出が作れた。洋館では面白い姿が見られたし、一緒に大仕事もしたし、お祭りでは心の奥にあった気持ちを話してくれたり、家族に会うこともあった。そして一番衝撃的だったのはあの舞台だろうか。最後まで終わったものの、あの場で色んな暴露をしてくれたものだ。それでも、互いの気持ちを素直に伝えあい、そして四年の月日が流れても、こうして自分は土の上に立っている。


 少しは大人になり、自分も落ち着くようになった。


 友人らは皆それぞれ幸せになったし、今では踊り子の知名度も上がっている。王城に呼ばれて踊る事も増え、母に劣らない踊り子になれた。一気に幸せをもらっては割に合わない。そう言った意味では、大事な存在に会えない日々があって良かったかもしれない。待った分だけ、きっと会えた時喜びは二倍以上になるのだから。


 そう思っていると、ふいに風に運ばれて声が聞こえてきた。


「ルベンダ」


 思わず辺りを見回すが、誰もそこにはいない。

 空耳だろうか。そうだとすると少し恥ずかしい。まるで自分が寂しがっているようだ、と自嘲してしまう。だはやはりその声は聞こえてきた。


「ルベンダ」


 今度はもっと遠くまで目をやることにした。二度も幻聴などありえない。必死に探していると、ふいに体を後ろから引き寄せられる。そして耳元で呟かれた。


「ただいま」


 その声が聞けただけでも、もう涙腺が潤みそうになる。

 だがルベンダは堪えて振り返り、一段と背が高くなって大人になった最愛の人に笑いかけた。


「おかえり、ティルズ」

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赤の舞姫と氷の騎士 葉月透李 @touri39

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