第二章
IRON ARMS 3RD VOL.
登場人物
ラウラ・マリエール……ネメシス空戦隊員。毎日教練があったほうが体の調子がいいらしい。
ヴィクトリア・ヒンズリー……同。ステイ先では花嫁修行しているらしい。
エリザ・グラハム……同。セロウ曰く、時々父親の影が重なるらしい。
グレイス・カミオン……同。体重の増加が悩みの種らしい。
ロイスを離れて三日目の夜。サウスランド連邦の首都、レオネに向かってグースは航行してる。
シスルさんは自由エハンス政府の建設の話が進展したとかで、艦を離れることとなった。セロウさんは見送りに来てたけど、いつものような夫婦漫才じゃなくて淡泊な言葉だけ。ふたりのなかにも、何か変化があったのだろうか。あったとしても、そんなことあたしにはわかんないけど。
危険空域を避けるため、喜望峰とかいう場所でしばらく停泊してから東に舵を取った。司令が言ってた。ネメシスは危害を加えるために行くわけじゃない。だから慎重にいかないといけないんだと。そんなこと言われたって、この退屈が癒えるわけもない。あたしは演習後の疲れきった艦内で、暇を持て余していた。
「なあヴィク」
「なに」
結局、グースでの部屋割りは変えてもらわなかった。何だかんだ誰かいた方が楽しいし、ヴィクならからかい甲斐もある。
「模擬戦やろうぜ」
「やーよ。教練やったばっかりでしょ。腕なんかこんなに張ってるのよ。あ、こら」
そうやって見せてくるから、つついてやる。ヴィクはどちらかというと痩せ型で、ともすれば筋が見えそうなほどだ。イサベルみたいに痩せたいわけでもなさそうだけど、ならもっと食べればいいのにと思ってしまう。
「まだ余力あるな。パットなんかは動かなくなるまでやるぞ。その方がいい筋肉がつくからな」
「あんなになりたいわけじゃない。私は戦える力さえあれば。ラウラ、だから今日はだめ。ね、今度付き合ってあげるから」
「そう言って、ここのところずっとあしらわれてる気がするんだけど」
そうやってじっと見ていると、すまし顔のヴィクはしっしと手を振る。
「ほれほれ、とにかく私はだめだから。ほか当たりなさい」
模擬戦となるとこれだ。他のことだったらなんだかんだ付き合ってくれるのに。仕方ない。あたしはため息をついて自室を出た。
というわけで、グースの通路を歩いている。そもそも、演習をしたいのには理由があるんだ。いつもはただやりたいだけだけど、これからレオネに降りるとなると、いよいよ交戦も想定される。言い方は悪いけど、あたしらは戦いに行くんだから。生身の戦闘も鍛えられてはいるが、実戦経験はない。白兵戦もシミュレータを使って立ち回りや判断力を磨いたりもした。といっても財団が作ったシューティングゲームなんだけど。どうやら衛星通信で世界中の人と対戦できるみたいで、一時期は世界ランキングの上位にあたしらが名を連ねたりもした。
でも、実戦では自分の身体能力が敵と互角なんてことはない。敵は強いだろう。アイリスという人は、私が立ち会って触れられもしない司令を上回った。彼女のもとにいる兵士も、侮れるはずはない。
考えながら歩いていると、通路の向こうから人が来るのが見えた。
「あ、グレイス。おーい」
「ラウラ、どしたの?」
「模擬戦やろうぜ」
それを聞いて、グレイスはちょっと困ったような表情を浮かべる。その手には分厚い紙の束があった。
「ごめんね。今からオイデのチューニングするから」
「ああ、そういうことなら仕方ねえ。またやろうな」
「うん、今度ね」
頷いたあたしは、手を振ってすれ違うグレイスを見送った。その背中を見ながら、あたしは一歩踏み出せなかった。
ニーアで交戦してから、グレイスは変わった。と言っても説明するのは難しいんだけど、とにかく変わったように見える。優しくてエリザ一筋なのは変わらないんだけど、どこか冷たいような。戦うことに前向きというか、ネメシスとか巨人とかに対する感じが今までと変わった気がするんだ。
でも、だからなんだってこともない。あたしにとってのグレイスが変わるわけじゃないから。
さて。模擬戦だ。事情があるならなおさら、グレイスに負けてられない。あたしはあいつらの戦いが終わるまで戦うんだから。
今日は実は、手甲鉤に合わせてかなり尖ったチューニングをしてる。余分なものを省いて、より速く動けるように仕掛けをした。今すぐ実戦形式で調整したい。
だが、そう簡単に人は捕まらなかった。セロウさんは自室にいるみたいだけど最近声かけづらいし、エリザはいなかった。結局あてもないまま目的地に着いてしまった。
シミュレータ室には、コクピットを模した装置がずらりと並んでいる。普通はふたりとか四人とか偶数で埋まっているものだけど、今日はどういうわけかひとつだけが使用中になっていた。
中からは操縦桿を動かす音のみが聞こえてくる。外部の音は遮断してあるから、呼んでも出てこないだろう。ベンチに腰掛けて待っていると、数分経ってからハッチが開いた。あたしはもうずっとうずうずしてるから、ハッチに手をかけて覗き込む。中には、脱力したエリザの姿があった。
「おい」
「あ、ラウラ。どしたの?」
そう言って笑顔を見せる。その表情は疲れ気味だった。
「ちょっと模擬戦の相手探してたんだ。今からどうだ?」
「ごめん、今はできない。ほか当たって」
断られるのは意外だった。でも模擬戦したいっていつも言ってるエリザがだめだってことは、それなりの理由があるんだろう。そう思って、モニターの方に目を向けた。
「なあ、そういえばエリザ。誰と戦ってたんだ?」
「あ、だめ」
抵抗も気にせずエリザの手を掴み、戦闘ログを開く。それは、サラのデータだった。シミュレータは衛星通信でミューズと繋がってるからリアルタイムの模擬戦ができる。だけどエリザがしているのはそれだけじゃなく、サラの直近の交戦データの閲覧だった。
隠そうとした手前、エリザはばつが悪そうに口を開いた。
「模擬戦は今終わったとこ。あとは行動パターンを出力して、敵として戦ってみて課題を洗い出すことだね」
「どうだ、サラは」
「いい感じ。と言いたいとこなんだけど、壁にぶつかってる。巨人の制御とか判断については文句ない。でも身のこなしに無駄が多くて、取れる行動の幅が狭くなってる。その点はうちの課題でもあるから、なかなかいいアドバイスをあげられてない」
そか。頷きながら、あたしは自分の考えの甘さに気がついた。パットにしてあげられることは、本当にもうないか? あたしらの模擬戦はまだ遊び感覚が抜けてないし、パットの改善点も――あたし自身のも――全然考えられてない。
「すごいな、エリザって。あたしも頑張らないと」
「そんなことない。昔ラウラが言った通り、うちは戦うことから逃げてただけだよ。だから埋め合わせしないと」
そう言って、エリザは笑みを見せる。ああ、そうだ。そうやって重いものを背負えるこいつが、あたしは羨ましかったのかもしれない。パウラに唆されたのは、あたしやニーナのそんな弱さだったのだろう。そしてエリザを傷つけた。エリザが許してくれてもそれは変わらない。だからこそあたしはエリザを支えようとした。
「無理するなよ。あんたはもうひとりじゃないからな」
「うん、ありがと。サラのことは、悔しいけどシスルにお願いする。リンがすごい速さで成長してるように、あいつの持つ技術は本物だから。うちはまず、うちの戦いに勝たないといけない。そうじゃないと、サラに伝えられることもない」
そうか、エリザにもエリザの戦いが待っているんだ。呆然とするあたしをよそに、エリザは続ける。
「もっと強くなんないと、守れない。うちが大事にしたいもの、何も」
「家族のこと、だよな」
エリザは強く頷く。
「兄貴はね、親父を憎んでる。殺さなきゃいけないって。でもうちはそんなのやだ。止めないと。親父も、兄貴も」
「アシュリーという人は、あんたもセロウさんも殺そうとしたんだよな。どうしてそんな」
わからないよ。力なく叫んだエリザは、モニターの方を向き直した。
「親父が、アイリスがなぜうちを攻撃するかなんて。でも、だからこそ、うちは戦えないといけない」
あたしが言葉を失ったまま、数秒の沈黙があった。何か言わないと。そうだ、あたしはエリザの戦いを支えるんじゃなかったか。
でも、あたしの口からは何も出てこなかった。
その後エリザが作業を始めたから、そっとハッチを開けて外に出る。すると、思わぬ人の姿があった。
「ヴィク、どうして」
それを聞いたヴィクはひとつため息をついて、機械の方を見る。
「どうして、じゃないわよ。模擬戦やるんでしょ。相手したげる」
それは、嬉しい申し出のはず。でも口をつきかけた言葉は、私の予想と違うものだった。
「なに? 気が変わったなんて言わせないわよ」
「え、いや、何でもない。なんだよ。やるならもっと早く言ってくれればよかったのに」
「もう、離れなさい」
ヴィクはシミュレータのハッチを開ける。あたしも隣の機械に入った。
模擬戦では地形や作戦内容が選べるが、あたしは単純な交戦が好みだった。あたしの役割は敵の前に立って、それを倒すことだけだから。
ヴィクの戦闘スタイルは、ひたすら守ることだ。これなら勝てるという時になるまで、攻撃の剣を振らない。逆に言えば、常にあたしのペースで戦えるってこと。だからやりやすい相手ではあった。
そうして三分ほどがすぎたか。ヴィクもかなり強くなってきてるけど、まだ私に主導権がある。決して攻めあぐねてるわけじゃない。そうだ、この一振りを盾で受けて、その次はきっと――。
「そこよ」
一瞬の衝撃音とともに機体が回転し、敵は背後にいる。その剣は既に、メレテの心臓を穿っていた。
「そんなばかな、確かに読めてたはず」
「甘いわね。私も強くなってんのよ」
聞きながらうわの空でいると、不意に視界が揺れる。アルケに後ろから蹴られたらしい。
――何よ、一回負けたくらいで。ほらほら、次いくよ。
促されるまま、あたしは仮想戦場から離脱した。そして再び、戦端が開くのを待つ。開始位置に戻って、さあ切り替え。そう気を張ろうとしても、もやもやは消えなかった。
本当ならば、一連のラッシュでヴィクの姿勢は崩せているはずだった。チューニングにより攻めの動きは速くなってるし、常に間合いで優位を取っていた。なのにどうして。
そんなことを考えながら爪を振るっていると、いつのまにかヴィクの剣が目の前まで来ている。その位置は、受けられない。あたしはアルケのふとももを蹴って後ろに逃れようとしたが、そこしかない退路はすでに絶たれてた。
「しまった」
モニターが赤く染まる。何度やっても、結果は変わらなかった。あたしはすぐに次の用意をしようと、機械に入力を始めた。するとエラーメッセージが出る。対戦相手の再設定を要求していた。ヴィクとの回線が切れてる
――やめやめ、身になんないわ。
「おい、まだ全然」
――何度やっても一緒。今日のあんた、攻撃前に迷うから見え見えなのよ。じゃ、私あがるから。
通信が切れる。あたしは決まりきった手順で戦闘データを保存すると、そのまま呆然としてた。どうして、今日はむしろいつもよりいいはずなのに。
そうしてると、ハッチが開く音がした。その顔を見ると気まずくて、変な声が出た。
「あ、お疲れ」
ヴィクは何も言わず、ただ目を見つめてきた。数秒が経ち、沈黙が痛くなったあたしは無理に声を出そうとした。
「そうだ、ヴィクって最近強くなったよな。こんなに厳しい攻めは」
「あんたがだめだめなのよ。教練でもちょっと浮き足立ってたし、しっかりしなさいよ」
詰め寄るヴィクの表情は、その言葉よりは怒気を含んでいなかった。
「ごめん。あたしがしっかりしないといけないのに」
「あと、妙に短絡的なプログラム積んでるわね。それじゃ動力部のガードが下がるから、いい的よ」
あたしは驚いた。ヴィクに見抜かれるとは思わなかったからだ。
ヴィクはため息をついて、シートの裏からあたしの両肩に手を置く。
「戻ろ」
「あ、ああ」
言われるがままあたしは立ち上がり、電源を確認して外に出た。そして通路を歩き始めると、ヴィクはあたしの手を握ってきた。
「おい」
「何、嫌だった?」
「そういうわけじゃないが」
「じゃあいいでしょ」
そのまま手を繋いで歩く。あたしはどうしていいのかわからなかった。あたしに、なんて事ありえないはず。いつもグレイスにからかわれては否定してるし、第一ゾフィがいるし、サラもいる。それじゃあなんで。視線が泳いでるのが自分でもわかった。
ふとヴィクを見ると、目が合った。そのままじっと見つめてくるから、慌てて視線を切った。
「なんだよ」
「あんたってずっとストレートだと思ってたんだけど、意外とそうでもないのかな」
「どういうことだ、今日はやけに思わせぶりだな」
「深い意味はないわ。ささ、明日早いし早く寝よ」
「あ、ああ」
そう言って部屋に戻ろうとすると、電子音が艦内に響き渡る。
――みんな起きて。スクランブルよ。巨人部隊、第三配置。
「ヴィク、これって」
「うん、急ごう」
駆け足になる。シスルさんがいない今、あたしらの戦力は十分じゃない。クメーナの海ではどうにか退けたけど、今日はそうはいかない。格納庫に向かいメレテの姿が見えても、手は繋がれたままだった。
「おい、いい加減に」
ラウラ。ヴィクはあたしの目をじっと見つめてきた。そして数秒の沈黙ののち、手が離される。
「いや、なんでもない。行こ」
あたしはもやもやしたまま、メレテへと乗り込んだ。
「ああもう、今日は調子狂いっぱなしだ」
――いい薬になるんじゃない? 第三配置は私とあんたのペア。あんたがだめだめだと、迷惑被るのは私なんだからね。
誰のせいで調子狂ってると思ってるんだ。ヴィクが何をあたしに伝えたいのかはわからないけど、でもその手はどこか優しさを含んでるような気がした。
動力を起動すれば、久しぶりにメレテの心臓の音が聞こえる。この前の交戦では待機を言い渡されていたから、腕が鳴る。第三配置はエリザとグレイスのペアを主力として私たちふたりで後方支援をする。
――敵の識別が出たわ。ガルロッダ私設海軍。おそらく、ティシポネの差し金よ。敵は指揮官含め十機。実力は未知数、気をつけて。
――
今まで何百何千と発してきた四人の声は、少しだけずれていた。
空へ飛び出すと、海上に浮かぶ空母から巨人が飛び出してくる。日が差してなければろくに見えないような青の機体は、斜めに列をなしてグースに向かってきた。
――ネメシス。貴殿らに恨みはないが、消えてもらう。
――そうはいかない。僕らはすべきことがある。
セロウさんは速度を増し、指揮官の機体に狙いを定める。他の機影は、グレイスによって解析され番号がつけられる。
――アレスはアルファに、あとは正面の敵と対峙しつつ第三配置を作る。
「
――私のことも忘れないでよね。ラウラの援護入ります。
「いらねえさ、そこで見てな」
あたしは鋭く息を吐き、敵に突っ込む。回転して銃撃から胸を隠しつつ、最短距離で爪を食い込ませる。周りの奴らに付け入る隙はない。爪が届いても受けられても、すかさず横のやつを斬るだけ。この速さこそ、あたしが強くなるための鍵。それを実践しているんだ、こんな相手、すぐにでも片付けないと。
航行するグースを守るように位置を変えながら、味方と敵だけの何もない空でただ腕を振るった。逃げも隠れもできない戦場だから、すぐに勝ち負けが決まると思ってた。
おかしい。あたしがそう思ったのは、すでに交戦開始してから十分以上立っていることに気がついた時だ。誰も、一機も落とせていない。敵が強いのか? いや、目の前の相手からは全くと言っていいほどプレッシャーを感じない。ではなぜあたしは。
はっとして左右を見る。エリザも、グレイスも、セロウさんもだ。
――ネメシスの兵は豪傑ばかりと聞いていたが。はん、その程度か。各機、隙を伺うのはやめだ。数に頼めば負ける相手ではない。
馬鹿にしないでよね。共通回線でそう叫んだのはエリザだった。
――うちは、うちらはもっと強くならないといけないんだ。
――エリザの言う通り、私たちはこんな場所で負けちゃいけない。ガンマとデルタは私がやる。
グレイスは更に速度を上げて突撃する。でも、その身のこなしには本来グレイスが持つ正確さがない。だから、どうしても捌ききれなくなる。そうこうしているうちに、味方との距離が離れ始めた。その陣形がめちゃくちゃだってことに、誰も気づいてないのか。あたしがヴィクを見てないように、誰もお互いを見てない。
「グレイス」
――大丈夫、私は大丈夫だから。
そのままぎりぎりで剣戟を繰り返すと、悪寒が走る。振り返ると、艦がすぐ近くにあった。
――頃合いだ。撃て。
指揮官の言葉と同時に、腰に構えていた榴弾砲を構える。あたしは動けなかった。エリザも、グレイスも。セロウさんも。
――しまった、全員下がって。
――おっと、お嬢さんの相手は俺たちだぜ。さあネメシスよ、同志の踏み台となって死ね。
発射音が聞こえる。十の砲弾のうち、あたしらが向かい合ってる五つは落ちたはず、でも残りは。振り向いた私は、通過するものの数が多いことに気づいた。見るとヴィクが受け持っていた二機がフリーで狙いを定めている。
「ヴィク、おい、どうした。ヴィク」
そのまま通過していく砲弾を止めようとしても、目の前の二機がそれを許さない。仮に敵を無視できても、肘の制御プログラムがこの状態では。いや、このぶれた心では弾は当たらないだろう。
じゃあ、どうしたら。あたしは何もできないまま、その砲弾を背中で見送ることしかできなかった。
――ネメシス、これで寄る辺は消えた。貴様らも終わりだ。
爆発音が六つ。ここでグースを失えば、司令を失えばネメシスは終わる。あたしらの戦いも遂げられないまま。こんな場所であたしらは。
力任せに敵を弾き飛ばし、あたしは振り向く。
――無傷だと。馬鹿な。
カタパルトには、見失っていた機影が。
――あんた達なんかに任せらんない。グレイス、指揮もらうよ。
――え、でもそんな配置演習してない。
――文句はあと。セロウさんはアルファ、エリザはガンマ、ラウラはイプシロン、グレイスはゼータ。
「残りはどうすんだ」
知れたこと。ヴィクはデビルズ以来発せられたことのない低い声で言い放った。
――あんた見てなって言ったじゃない。あとは全部、私が見るのよ。大丈夫。見るだけなら私、慣れてるから。
そう言って、両手に持つ銃で残る六機に牽制する。確かに、あたしに向かっていた機体は思わぬ方向からの攻撃に動揺してる。それと同時にあたしも手の力が抜け、視界も明瞭になった。味方との距離もわかる。これならいける。
「サンキュー、ヴィク。目が覚めた」
――みんな、私のこと忘れすぎ。でも、バターカップの戦いまで忘れたとは言わせないわよ。
あたしは無言で頷く。味方と目の前の相手だけに集中、他は気にしないくらいの気持ちで。
そうしてるとすぐに、あたしの横を敵機が通り過ぎる。
――小賢しい、要はあの小うるさい機体からやればいいんだろう。
――艦の守りを薄くするとは、本末転倒というもの。今度こそ本当に終わりにしてやるよ。
それを聞いてもあたしは振り返らない。すべきことを知っているから。極限まで加速し、いちにのさんで爪を突き立てる。相手の動きがよく見えるから、ちょうどいい速さがわかる。そうだ、一瞬の隙を生み出すにはちょっとくらい遅い方がいい。
そして駆動部に深々と突き刺さると同時に、海上へと蹴飛ばす。小さなしぶきが上がる頃には、もう次の獲物に追いついていた。
そうして、瞬く間に八機が撃墜される。あたしは一瞬の間、艦の方を見ていた。
そうか。ヴィクがいるから戦ってこれたんだ。あいつの本領は一対一じゃない。多数を相手取って全部倒すことでもない。ただ、生き残ること、守ること。三班のメンバーは他の班より技量が低かった。ゾフィやハンナに敵兵士と一対一は任せられない。リズでも二人相手は荷が重い。でも班として四人で五人以上の相手を受け持つ必要も出てくる。そんな中で、ヴィクのする仕事は班員が目の前の相手に勝つまで敵を寄せ付けないことだったんだ。
ヴィクが一手に引きつけている一瞬、あたしらにはそれで十分だし、そこから追いついてヴィクを取り巻く敵を一網打尽にもできる。だからって、予告なしは大胆すぎとはおもうけど。
ともあれ、残り二機だ。帰ってくれるだろう。あたしはそう思って、ヴィクたちの十個の先にある敵を見た。
――ここで斃れるわけにはいかぬ。同志のため、ひとりでも多く道連れにしていく。
そのままヴィクとグレイスに取りつく。艦にはたどり着けないから自爆、そこまでするっていうのか。
――グレイス、今行く。
――だめ、そんなことしたらエリザも。
――行くったら行くの。待ってて。
でも、剣で斬るのと違って自爆は一瞬だ。猶予がない。ヴィクとグレイスが選ばれたのも悪い。この二人は防御に重きを置いているから、突き放すのがやや苦手だ。
ヴィクは落ち着いて腕を伸ばし、距離を空ける。
――ラウラ、大丈夫。今のあんたなら。
「え、それってどういう」
言いながら理解した。そうだ、やれる。
「エリザ。あたしがいじくったプログラム、まさか残ってないよな」
それを問うと、エリザは何かに気が付いたように、グレイスの方へ向かう。あたしも、同時に飛び出した。
――もうないよ。サラに取られちゃった。
ネーメとメレテは動かしてるこっちが驚くほどの速さで敵を両断する。自爆装置の回路が動力部に届かなければいいんだ。そして四つの鉄くずは海に落ちていく。あとは空母が拾ってくれるだろう。
――敵影なし。全機帰投よ。みんなお疲れ様。
司令の声に応じ、艦に戻っていく。格納庫で機体を降りると、そこにはヴィクがいた。
「おつかれ、今日どうした。あんなにかっこいいなんてヴィクじゃない」
そう言うと、こつんと拳を乗せられる。
「私はね、味方が強いときはなんもしないのよ。できもしないし。でもね、味方が頼りないときほど仕事が増えるの。ゾフィなんていた日には、絶対生き残ろうって思うでしょ?」
「ごめん。あたし、今日は全然周りが見えてなかった。自分が強くならなきゃって、それだけで」
「何もあんただけで戦うわけじゃないんだしさ。でもあんたにはしっかり助けてもらったよ。あの速度はあんたにしか出せないからね」
驚いた。あたしがこの速さを使いこなせることもお見通しだったんだ。
そのまま話してると、エリザの姿が見えた。駆け寄ってきて、ヴィクの胸に飛び込む。
「ごめんヴィク、今日は迷惑かけた」
「いいって。でも、私たちがいることも忘れないでね。グレイスはどう?」
ヴィクがそう聞くと、エリザは浮かない顔でオイデの方を向く。
「わからない。でも、うちより重症みたい」
艦内放送が聞こえる。その声は、いつものような明るさがなかった。
――搭乗員はブリッジに集合。十分後に、必ず来てね。
開かないハッチに、動き出した足は止まった。
「ちょっと行ってくる」
「おい、エリザ」
あたしに代わってエリザを止めたのはヴィクだった。
「先行きなさいよ。今のあんたが何を言ってあげるっていうのよ。たまにはさ、任せてくれてもいいんじゃない」
そう言って、ヴィクはオイデへと向かう。あたしらは目を合わせ、格納庫を後にした。
ブリッジには、ものすごい剣幕の司令がいた。いや、表情はいつも通りなんだけど纏っている雰囲気が恐怖そのものだった。
「ヴィクちゃんはグレイスちゃんを呼びに、ってところかしら。遅刻は自習室よ」
「自習室なんてあったんだ」
「エリザちゃん。あなたもよくないわ。保有者の目よりも、そのふたつの目でちゃんと物事を見ないと」
エリザは何も言わない。きっと、それが答えなんだろう。
グレイスたちが来たのは、十分を少し過ぎたところだった。
「すみません、遅くなりました」
「わかっているわね」
「私だけにしてください。ヴィクはただ、私を呼んでくれただけで」
静かになさい。司令の声は低く、厳しさを孕んでいた。
「遅刻なんか知ったことじゃないの。確かに、ネメシスはあなたたちの戦いを支えるためのもの。でもね。ネメシスとしての戦いを忘れるなら、それはアドラスティアと同じ。うちにはいらないわ。グレイス、あなたは当分戦わせない」
作戦面の話はなかった。ブリッジクルーのひとりに合図をし、グレイスとヴィクが歩いていく。通り一遍の言葉を終えると、司令はもう何も口にしなかった。
それから二日、ガリエス上空は危険地帯のはずなのに敵襲は一度もなかった。あたしらの間に会話はなく、意味もなく窓を見ることも増えた。その景色が青から赤銅色に染まるとき、あたしはひとつの決意を固めなきゃいけないことを知った。戦うんだ。
レオネには、協力者がいるとだけ聞いてる。なんでも、大陸中に細く長いパイプを伸ばして、人知れず活動しているんだとか。
ともかく、レオネでネメシスがこれから成すべきことはあたしら自身の戦いじゃない。ネメシスの、大義による戦いなんだ。
そう思うと、自然と手が動いた。キーを叩きながら、小難しい構文をと睨めっこしながら、何となく自分がわかってきた。司令に許可をもらい、自習室へと向かう。
「えー、外出の時間だ。出てきなさい」
「外ならさっき出ましたよ」
ドアを開ける。いかつい軍帽を目深にかぶり、見下ろすと驚いたような顔が見える。
「出てきなさい。司令からの命令だ」
「何のご用でしょうか」
「何って、ちょっとゲームに付き合ってよ。今日は負ける気がしないんだ」
結局、自習室行きなのはあたしらも同じ。そして、自習にも休みがいるでしょ。そして、それを聞いたヴィクは神妙な顔で立ちあがった。
「私も、負けないから」
それを聞くと、もう笑みがこぼれてしまう。
通路に出ると、自然と手を差し出していた。ヴィクは変な顔でこっちを見た。
「え、どゆこと」
「ヴィクが超がつく不器用だって、忘れてたわ。ありがと、おかげで目が覚めた」
ヴィクは吹き出して、ついには笑い始めた。あたしはむっとしかけたけど、すぐに意味が分かった。
「何言ってんの。ラウラのくせに」
そっけない動作で、ヴィクはその手を取った。
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