第7話

 練習が終わると自然と倉沢の家に行きたくなった。別にゲームがしたいわけでも、ゲームに興じる倉沢を見たいわけでもないが、腹のそこに溜まったものを吐き出したいという気持ちが抑えきれなかったのだ。

「おう」

 例によって倉沢家に上がりこみ、倉沢の部屋に入ると短い挨拶で出迎えられた。挨拶をするということは、機嫌が良いらしい。練習終わりで疲れている様子も見せず、戦場を走る兵士を操ることに没頭している。

「勝ってごきげんか。クラよ」

 相対する二継は機嫌が悪い。負けたから当然だ。

「何しに来たんだ。お前」

「負け惜しみを言いに来たんだよ」

 倉沢のベッドに座ると、いつもの景色になる。倉沢がゲームに興じ、二継がそれを見ながらしゃべり掛ける。

「早藤は意外とよくやった。練習すればいいところまで行く」

「そうだな」

「采配のミスとは思わないさ。お前がボールしか見てないことは知ってるから、わざと伊藤とかとぶつかる様に誘導して点を稼いだ。あの状況では、最善だったと思う」

 二継は自分の戦略を振り返る。そして、倉沢の弱点を指摘しているつもりだった。だが、テレビの前であぐらをかくこの男は心ここにあらずという風だ。

「似たような手を、俺達がブロックのときにもやってやろうと思った。高良にささやき戦術とかな。だけどやめた。なあ、教えてくれよ。なんで今日のお前、あんなにマジだったの?」

「お前と本気で勝負できると思ったからだ」

 こちらを振り向かずに答えた声に、二継は呆気にとられた。そして聞き返す。

「俺と? 早藤でなくて」

「早藤は良いプレイヤーだが、まだまだだ。それよりも、俺はお前とやりたかった」

 二継は思い返す。そういえば、倉沢にトスを上げ始めてから、倉沢とネットを挟んで対峙したことなどあっただろうか。

「お前の上げたボールを俺が打つ。それは十分に楽しい。だけど、お前が敵になると、別の興奮するような感情が湧き上がる」

 この男にそんな思いがあったなど、二継は知らなかった。返す言葉が思い浮かばず、しばらく押し黙った。そして、意を決して二継は自分の思いを口にする。

「俺さ、高校ではバレーやめようと思ってたんだよ」

 それを聞いて、倉沢の兵士の動きが止まった。そして敵兵に打たれ、地面に倒れこむ。

「俺がプレイヤーとして不十分なことに、初めてお前のプレーを見て分かっちまったんだ。だから、セッターとして、クラを活かす。そして倉沢修二という存在を、全国区にする。無名校を一人の力でここまで導いた選手として。そうすれば、強豪高校なんかから推薦が来て、お前がより高いステージに上がれる。それが俺の目標だった。それでいいと思った。そしてそれが終われば、バレーをやめる気でいた」

 二継は淡々と続ける。兵士はまだ、立ち上がらない。

「だが、気が変わったよ。お前がそんなに俺を買ってくれているなら、やめないよ。高校じゃ、お前を倒すのは俺だ。俺が上げたボールで、お前のチームを負かす。いや、お前を負かす。首を洗って待ってろ」

 倒れている兵士がコートにうずくまった早藤と重なった。無力を悟り力なく倒れる人間。何故あのとき早藤に声を掛けたのか。柄にもないことをしたのは、自分と早藤が重なったからだ。

 兵士がすくりと立ち上がり、銃を構えた。まだ死んでいない。まだ戦える。有象無象の敵兵は、倒れれば徐々に身体が透けていき、最後は消え去る。だがこの兵士は立ち上がった。

「消えていない。なら、戦わないと」

「え?」

「その兵士だよ。銃撃されても、ゲームオーバーなら消えるけど、まだ戦えるなら消えないだろ。消えていない。なら、戦わないと」

 そしてようやく倉沢は振り向く。鉄面皮が笑って言った。

「そうだ。お前は消えてないから、戦わないとな。章」

 滅多に呼ばない下の名前で、倉沢は二継を呼んだ。この顔を、忘れないでいようと思った。コートで、戦場で歪ませるのは自分だと強く決意して、二継章矢は部屋を後にした。

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